はじめに
隊 員
青年海外協力隊
協力隊参加の意義
海外協力活動

教 室
現場勤務型
本庁、試験所型
ポランティア
実践者
青年
立場と品位
実りと国益
あとがき

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1998〜2000 Shoichi Ban
All Rights Reserved.

   ボランティア・スピリット 伴 正一 講談社 1978.3.30

 
 
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 3 協力隊参加の意義
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 協力隊の主人公が隊員であることの意味は、いままでのところでおおむね説明できたと思う。そこで、そのことを前提にしながら、理念の面でいくつかの視線を協力隊に当ててみたい。その一つが、主人公たる隊員にとって、協力隊参加がどういう意義を持っているのか、ということである。

 隊員は、青春の貴重な二年を海外での協力活動に捧げる。その間の必要経費は国の支援を仰ぐけれども、それによって経済的に得るところはない。あるとすれば、国から支給される現地生活費に多少のゆとりがあって、帰路一、二の国を廻って来られる程度である。勤めていた会社を退職したり、休職で行っても同期のものから遅れてしまうことなどを計算したら、こんなに割の合わないことはない。協力隊参加によって得るところありとすれば精神面での収穫以外には考えられない。「ただで海外旅行」などという考え方は、日本人全体が貧しかった時代のことである。

 二年フルタイムの奉仕

 では、精神面で協力隊参加の意義をどう考えるのか。「精神面でも、収穫のあるなしは間題にしなくていい、人のために役立てばそれだけで満足だ」とすっきり割り切るのも一つの考え方である。しかし、そこまで徹底するということは、いくら純粋だといっても容易ではない。老人ホームでの奉仕活動に週末を使う程度なら、かえってそういった気持ちの整理の仕方のほうがさっぱりしていていいだろうが、海外での奉仕活動の場合そうかんたんにはいかない。海外にいる間が二年、それに四力月の事前訓練期間などを入れると二年半近く、本業を離脱しなくてはならない。言葉のうえでは同じ〃奉仕〃だが、いかにもやることが大がかりだ。

 ビルマのウ・タントさんが国連事務総長であったころ、

「私は、いつの日か、ふつうの青年男女が――また彼らの親たちも雇用主たちも――遠い外国で、あるいは自分の国の遅れた地域において、一年か二年の間、開発のために働くことを、人間形成のうえで当撚のこととみるようになることを待望している」

という有名な言葉を残している。だが、その〃いつの日か〃がやってくるのは、まだ日本ではいつのことか見当さえ立たない。

 とっぴな言い方ではあるが、むしろ、徴兵制というものがあった昔のほうが、ウ・タント思想は理解されやすかったであろう。「国を守る」ということが、「奉仕」として受けいれられ、二年の奉仕(兵役)を、本人も〃親たちも〃〃雇用主たちも〃当然のこととみていた時代なら、「国を守るため」を「開発のため」に置き替えるだけで、ウ・タント思想は比較的すんなりと理解できたであろうからである。げんに欧米諸国では、外国での長期奉仕活動がそれほど変わった行動にうつらない。それは徴兵制というものがげんに存在し、あるいは、つい最近まで存在した、という背景があるからだと思われる。想像するに、平和部隊のアメリカ人にとってのわかりやすさは、「ミリタリー・コー」とか、「マリン・コー」(海兵隊)という耳なれた言葉になぞらえて、「ピース・コー」とよんだことに起因していると思う。青年海外協力隊が大衆受けというか〃一般わかり〃しないのには、どうも、深く遠い社会的背景(現代日本人の意識構造)があるように思われるのである。

 ともあれ、今の日本の通念で、二年フルタイムの奉仕ということは、すぐには納得してもらえない型破りの行動である。国内でボランティアということがかなりよくいわれているのに、一年、二年という長期フルタイムの奉仕活動(若い医師が無医村や離島で奉仕することなど)が世論の中で、ほとんど、取りあげられていないという事実がそれを物語っている。日本列島の上でなら、マラリアがあるわけでもなく、日本語で話が通じないところもない。息抜きに家に帰って、親の顔を見ることもできる…。海外での奉仕に較べれば、同じ二年でも、冒険要素はぐっと少ない。決心はつきやすいはずなのに。

 長期フルタイムの奉仕活動が、国内にはなくて海外向けにだけ存在し、小規模ながら息づいている要因は何なのか。ここで視点をふたたび、そもそもの出発点であった「精神面での収穫」という課題に戻さねばならない。

 自分を試したい

 投入する歳月が長くなるほど「純粋奉仕」の気持ちで持ちこたえることがむずかしくなる。志願者の動機も、したがって、単純にヒューマニズムだけで割り切れないようになる。端的に言って〃海外へ行ってはじめて得られるもの〃がなければ、協力隊の志願者がそんなに続くはずがない。げんに、志願者の多くはその動機を聴かれて、
「自分を試してみたい」
という答え方をする。ヒューマニズムの要素も入ってのことであろうが、試みに、
「自分を試すだけなら、日本にいてもいくらでも方法はあるはずだが…」
と、意地の悪い質間をすると、うまく答えられない〃もどかしさ〃のなかにも、
「そうではない」
と言いたい気持ちが、その表情から読みとれるのである。
思うに、毎日の仕事のなかで、
「自分はなんのためにこの仕事をしているのか」
と自問することは、若者が社会に出てからしばらくの間しばしばあることであろう。だがそれはかんたんに答が出せる性質の事柄ではない。解明の緒さえつかめないで終わるばあいが多いに決まっている。そのようなとき、途中でさじを投げないで考えぬいていると、よく発想の転換ということを思い立つ。それまで考えてきたこと、あるいはいままでの考えの筋道を、いったんご破算にして、別の方向から出直しをしてみようとするのである。その環境設定として、別の世界に飛び込むという着想が生まれても、成り行きとしてはごく自然のことであり、その別世界が海外であっても別に不思議ではない。それに、自分中心、あるいは経済的打算と縁のない形でしばらく生きてみようという気持ちが加わると、途上国での奉仕活動などは〃うってつけ〃だということになる。

 以上、試みに「自分を試してみたい」としながらうまくそれ以上を言えない志願者の心のなかを忖度(そんたく)してみたが、つまるところ彼らは、豊かな社会、ある意味で〃発展しすぎた社会〃のなかにいて得られないものを、第三世界に求めようとしているように思えるのである。そしてそれはまさに〃精神面での収穫〃を目指しているというべきなのではないか。

 もちろん、志願者のすべてがこの種のタイプ----目分を試したいとしてそれ以上が自分でもよくわからない−−であるはずはない。高校のときから目標を決め、自分なりに考え方を整理している計画的なタイプも少なくない。しかし彼らもやはり人間形成の道程として協力隊参加を考えている点で、精神面での収穫を志向している。これまでにもくりかえし述べてきたように、協力隊への参加は、長期フルタイムの奉仕である。例外はあるだろうが、純粋奉仕の気持ちで取りかかれる限界は優に越えている。精神面でなら自分の収穫を求めていいではないか。ボランティアであること、経済的には一文の得にもならないという点で認識がしっかりしていれば、それでじゅうぶんだと思うのである。

構神的取獲の重み

 隊員の多くは志願の段階だけでなく、訓練中の四力月、そして協力活動に入ってからも、折りにふれて何度も何度も、協力隊への参加が自分にとって何なのかを間い直している。そのことは、協力活動を終えて日本に帰ってきてからも同じかもしれない。ひょっとしたら、一生このことを問い続ける人もすくなくないだろう。このことに関して興味深いのは、帰国した時点で多くの隊員が、協力活動を通じて得る精神的収穫の大きいことを述懐していることである。求めていたものを得た、あるいは、思わざる収穫を得た、というのが彼らの実感なのであろう。

 精神面での収穫なるものをいま少しく掘り下げて考えてみたい。まずそれは無形のものであり、計量することはむずかしい。しかし、人間にとっての価値としては、経済的なものにくらべて遥かに大きいことがある。帰国隊員のほとんどが「行ってよかった」と言っているのは、二年の奉仕期間に〃失った〃と思うものと、その間の協力活動を通じて〃得た〃と思うものとを比較して、無形のものながら後者の重量を心に大きく感じとっているからであろう。精神面での収穫が、動機の面でも、成果の面でも、これだけ大きい比重を持つとなると、「それでは海外での協力清動は、奉仕とはいっても究極的には自分のためのものにすぎないのが」
という最終的な反問、極限的な課題との対決を迫られる(念のために言うとこの課題は、昔の諺(ことわざ)にある「情は人の為ならず」ということとは関係がない。協力してあげた人々から後日なんらかの形でお返しを受けたり、廻り廻って積善の余慶にあずかるようなことは、通常ありえないことだからである。帰国隊員が言っている精神的収穫というのは、無形でこそあれ、自分の人間形成のうえにプラスになったという、たしかな実感をともなったものなのである)。

 よくよく考えてみると、以上のことは、協力隊に参加することの意味についてだけではなく、人生そのものを考えるさいにも、おなじように最終的な反間として登場してくることのように思われる。そして、その反問にたいする答は、協力隊参加のばあいでも、人生そのものについてでも、おなじであって、結論的に言うと、〃他人のためにつくしながら、それが自分の人間形成に資するとして、精神的収穫ととらえる〃境地にいたれば〃自分のその行為〃を、人のためと考えようがおのれのためと考えようが、もはやどちらでもいい。それは、豊かになること、楽をすることが幸福になることだ、とする現代思潮からすでに足を洗っている。開眼してここにいたれば、それからさきの結論は、〃献身〃といおうが〃自己満足〃といおうが、それはその人なりに適切と思う形で自分の気持ちを整理しておけばよいことではないだろうか。

ひとつの幸福論

 協力隊の社内報であるJOCVニュースにこんな一文をのせたことがあるので引用しておきたい。

 人間が爽快さを感じるのは、自分の持っている機能を巧みなリズムに乗せて使っているときであろう。欲求不満にもバテ気味にもならないで適度の緊張感の下で人間機能が躍動している時である。休息が楽しいのも、右のような状態の中に間合いよく休息が織り込まれているときであろう。そしてところどころに全力投球部分を配しながら、節目、節目で人間成長−−機能発達−−の成果を確認できれば、爽快さは更に倍加する。

 幸福とはこのような爽快さのことではあるまいか。確かに富を築き生活水準を上げて行く過程も幸福には違いないが、物質的な幸福には、何時かの段階で、それ以上自分を豊かにしようとすると、どこかで他人を搾取しなくてはならなくなる時期が来る。人間成長の楽しみにはそのような行き詰りはない。何時までも追って行くことのできる爽快さ、幸福である。それどころか、人間は成長すればする程、その育った力で他人のためになることが多くできる。それが爽快さをさらに倍加する。小我から大我の世界を目ざすことである。
  

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