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100円で経営が成り立つ長崎の路面電車

1999年08月25日(水)
萬晩報主宰 伴 武澄



 取材したわけではない。昨年秋、2回長崎に旅した。驚いたのは市内を走る路面電車の安さである。全区間100円。しかも乗り換え自由である。地元のタクシー運転手に聞いたところ、路面電車を再評価する動きがあって全国の自治体からの視察が増えているというのだ。

 住んでいた京都のバスは220円で、地下鉄の初乗りは200円だった。妻と「いまどき100円で買えるもの」は何があるのだろうかと考えた。子どもの買う駄菓子屋を除外すると「ヤクルト」程度しか思い浮かばなかった。

 関西に帰ってから「長崎の市電はたった100円でしかも黒字経営らしい」という話をよくした。いつか取材にいってみたいと思いながらチャンスを逃した。たまたま東京新聞が8月22日の日曜版で「復権するか路面電車」という特集を組んでいて、全国の実態が大雑把ににつかめた。

 一時期といっても戦争前のことだが、日本には65の都市に82の路面電車が走っていた。いまではたった19都市20社に減っている。4分の1である。

 ●北野天満宮詣でのため生まれた日本初の路面電車
 日本に初めて路面電車が登場したのは京都である。1895年だから日清戦争の終戦の年である。北野天満宮詣でのための列車で、現在の堀川通りの堀の東側の細い路地を走っていた。

 京都ではこの路面電車を走らせるために琵琶湖疎水の京都川の出口の蹴上げに日本最初の発電所をつくった。日本の電気の始まりは路面電車を走らせるためにあったという話は面白い。このとき関西電力などという会社はない。

 話はそれるが、戦前からある多くの電鉄会社は自前の発電所を持っていたのである。それらが分社化して電力会社として独立し、やがて戦前の業界統合により巨大な電力会社「日本発送電」が誕生する。戦後の10電力体制は財閥解体で生まれた産物であるから、電力会社が地域独占できるのは戦争とアメリカによる占領のお陰なのである。

 ●値下げすれば乗客が必ず戻る公共交通
 長崎でなぜ路面電車が100円で採算が合うのだろうかと考えた。きっと乗る人が多いからだろうというのが結論だった。長崎の路面電車は市の形に沿って南北に長く走る。まず利用可能な人口が多いのだろう。それにしても人口30万人の町で毎日6万に近い人が利用するのだから利用頻度はすこぶる高い。みんなが乗るから料金値上げの必要がない。安いからみんなが乗る。そんな好循環が続いている。

 長崎の路面電車は、値上げして利用者離れが進み、やがて道路の邪魔者扱いされて撤去された多くの都市の路面電車と対極にある。下の表を参考にしてほしい。

      路面電車 延長Km     運  賃  利用者数
札幌市交通局 8.5  170  23,853
函館市交通局 10.9 200-250 21,214
東京都交通局 荒川線 12.2 160  59,439
東急電鉄 世田谷線 5.0 130 49,226
富山電鉄 富山軌道線 6.4 200 13,000
加越能鉄道 万葉線 7.9 160-450 3,171
福井鉄道 福武線 3.3 180 4,800
豊橋電鉄 東田線 5.4 150 8,200
名鉄 岐阜市内線等 23.9 160 15,328
京阪電鉄 石山線等 21.6 160- 46,044
京福電鉄 嵐山線  11.0 180-230 46,622
阪堺電気軌道  18.7 200 30,267
岡山電気軌道 東山線 4.7 140 11,500
広島電鉄 市内線  18.8 150 118,000
土佐電鉄 市内線など 25.3 180 21,428
伊予鉄 松山市内線 6.9 170 22,000
西鉄 北九州線 5.1 160-210 20,500
長崎電気軌道 11.5 100 58,000
熊本市交通局 12.1 130-200 29,476
鹿児島市交通局 13.1 160 28,677

 やはり、一番安いのが長崎電気軌道の100円だった。次は東急電鉄の世田谷線の130円だが、これは短い。3番目は広島電鉄の140円。1日の利用者をみれば、1位広島電鉄で、2位は東京都交通局、3番目が長崎。東京都内は人口が圧倒的に多いから除外するとして、料金と利用者の関係は一目瞭然であろう。

 長崎では全国の廃止路線でいらなくなった電車を走らせていた時期があるため、長崎の路面電車が安いのは「中古電車だからだ」と揶揄する人もいないではない。そんな人は一度、長崎を訪ねるといい。最新鋭の電車も数多く走っている。

 広島電鉄は、熊本に次いで今年6月からドイツ製で超低床式のバリアフリー車を一部で導入するなど設備に対する意識も高い。

 もちろんこうした公共交通機関に対する自治体の補助がないとはいわない。公共交通機関を安くするには、多くの乗客が必要で、逆に安くすれば乗客は集まる。ただそれだけのことである。

 つい最近の話だが、7月から西日本鉄道が福岡市の中心部でバス料金を180円から100円に値下げした。とたんに乗客が7割近く増えた。1日平均5万人が利用しているという。西鉄は「乗客が8割増えないと収入減になる」といっているそうだが、筆者はまだまだ乗客は増えると思う。

 同社がバスの中で実施したアンケートでは「これまでまったくバスを使っていなかった人が36%もいた」というから非常に興味ある実験だ。宣伝や広告でいくら「公共交通機関を利用しよう」とさけんでも乗客の減少に歯止めがかからなかったものが「100円玉」商売に切り替えたとたんに7割も乗客が増えるものなのだ。

 萬晩報はいったん廃止した路線電車を無理に復活させよといっているのではない。バスでも電車でも、タクシーでも経営の要諦は「価格を下げることにあり」といいたかっただけのことである。

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