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地域振興券が巻き起こす異常な騒動

1999年03月05日(金)
萬晩報主宰 伴 武澄



 1月から各地で配布が始まった「地域振興券」が地域に異常な騒動を巻き起こしている。昨年10月11日付萬晩報「やがて金券ショップが格付けする平成商品券の価値」でそのばかばかしさについて論評した。残念ながらまだ金券ショップに出回るまでには到っていない。

 ●一番こどもに不必要なお金がばらまかれた
 先週末に妻とこどもが住む世田谷区の東京の我が家に行って驚いた。3人のこどもは順番に15、13、8歳。幸運にも3人分6万円の地域振興券が我が家に転がり込むものだと思っていた。だが稼ぎ人である筆者への幸福の配当はなかった。

 2月28日の金曜日が世田谷区の振興券の配布日だった。こどもたちは当然のように振興券を自分のふところに入れ、土曜日の夜に我が家にたどり着いたときはすでに「内需振興」が始まっていたのだ。家庭教育が悪いと言われればそれまでだが、学校でもみんな「そうしている」というのだから驚く。

 いま日本のいたるところで、同じような現象が起きているのだと思うと背筋が寒くなった。15歳以下のこどもたちに2万円は大金である。そんな大金がある日突然、国家からプレゼントされる事態は異常以外のなにものでもない。

 マスコミはいま、自治体や事業者でまちまちの地域振興券の使われ方に焦点を当てて批判記事を書いている。大阪市ではNTTの料金に使えるのに京都で使えないのはどうしてかなどといったことは枝葉末節である。振興券が各地で巻き起こしている問題をあまりにも矮小化している。

 そもそも、こどもたちにお金が配られる理由が分かるはずもない。こどもたちに教えるべきことはお金を稼ぐための「勤労の価値」であり、使うときの「倹約の精神」ではないのか。ばらまき行政の悪弊をこどものころから教え込むことはそもそも教育上、問題がある。

 いまこどもたちに必要なのはお金ではない。家庭の愛であり、先生との信頼、それから友だちとの友情や地域のいたわりでしょう。よりによってこどもたちに一番不必要なお金をいま与える教育上の配慮を自民党は考えたことがあるのだろうか。

 ●世界のコミュニティー通貨は労働が対価
 MSNニュース&ジャーナルで田中宇さんが、世界に2000種もある地域振興券について優れたレポートを書いている。多くの地域の通貨単位が「アワーズ」(hours)だというのが興味深い。

 彼らのシステムは、日本の地域振興券とは大きく異なる部分がある。地域の振興を目的にしている点は同じなのだが、日本の地域振興券が「役所から住民への贈り物」つまり「下々がお上からいただくもの」という位置付けであるのに対し、アメリカのコミュニティ通貨は「失業者が技能や働く気を持っているのに働けないのはもったいない」という考え方からスタートした「市民の相互扶助システム」である。日本では消費のために発行したが、アメリカでは稼ぐために発行されている。
 ニューヨーク州の小さな町であるイサカのコミュニティー通貨「イサカアワーズ」(Ithaca Hours)は1991年の設立だという。お金を稼ぎたい人に行政が仕事を紹介し、1時間ごとに「1アワー」ずつの代金を得る。単位はあくまで労働時間なのがユニークだ。

 働き口は行政サービスだけでない。イサカが運営するホームページによるとこのお金はレストランや映画館、スーパーなどで使える。住宅ローンやアパートの家賃支払いに使える場合もあるらしいから完全な通貨だ。ホームページにはお札の写真まで紹介しているのでぜひ閲覧をおすすめする。

 イサカアワーズを始め世界のコミュニティー通貨には学ぶべきものがありそうだが、日本の地域振興券にはまるで哲学がない。飽食の日本列島で強引にお金を使わす以外に目的がない。100歩譲って景気刺激に必要だとしてもこどもまで巻き込む必要はなかった。

 萬晩報が一番、心配するのは学校で密かに広がる「カツアゲ集団」が必ず、この振興券に目を付けるだろうことである。全国の15歳以下のこどもたち全員がいま2万円の手にしているのである。親のお金をくすねさせるよりずっと簡単に大金を手にすることができるからである。


 みなさんの身近で地域振興券にまつわる面白い話やけしからん話がありましたらぜひ教えて下さい。ぜひ続編を書きたいと思います。

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