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三方損となる商店街のデフレスパイラル

2002年06月14日(金)
萬晩報主宰 伴 武澄


 商店街が廃れ始めて久しい。地方都市では歯が欠けるように商店街から店がなくなっている。店が減るから客が来なくなり商店街の灯りはますます暗くなる。「商店街のデフレ現象」はいまに始まったことではないが、店主が亡くなり後継者がいないと店をたたまざるを得なくなるのは仕方がないことなのだろうか。

 店主がいなくなった店の多くはシャッターが閉まったままである。買い手がいそうなものだが、どうやら新たに商売を始めるにはまだ地価が高すぎる。一方、店主の子どもたちの多くはサラリーマンの道を選んでとうの昔に町を去っている。彼らはバブルで高値を知ってしまったから、現在の高すぎる地価を「安すぎる」と感じ、売り急ぐ様子がない。

 商店街はそれぞれの店が繁盛していてこそ価値があったのだが、歯抜けの商店街では地価も下がる一方だ。それでも現在の地価では小規模の店舗経営ではコストが合わないから、買い手も出てこない。そうこうしているうちに地価と商店街の価値がそれぞれスパイラル状に下落してもはや誰も見向きもしない廃墟となる。

 商店街のことを考えている。かつて商店街は近くにスーパーが誕生するのを嫌がった。嫌がって政治に働きかけて、大規模店舗規制法が生まれた。大店法はスーパーの出店に際して店舗面積を減らさせたり、営業時間を短くさせようとした。その結果、大店法に抵触しないコンビニなどという町並みの風情を壊す業態が栄える土壌を生み出した。

 コンビニの多くは元は酒屋である。コンビニとは名ばかりでほとんど弁当屋である。飲み物や雑誌類も売れていて、中高生の貯まり場と化し、小型ペットボトルとプラスチック容器の廃棄の元凶となっている。

 業態が変わるのは時代の流れなのかもしれないが、困ったのは商店街を仕切る人がいなくなったことである。酒屋の多くは商店街の顔役だった。かつて酒とたばことコメの販売は許認可制だったため、町内でも信用ある人物であるということになっていた。つまり酒屋は商店街の仕切り役だったのだ。

 酒屋の衰退でもっと困るのは配達という習慣がなくなったことでもある。かつて酒屋と米屋は配達が当たり前だった。自動車もバイクもなかった時代だから自転車配達が相場だった。ご用聞きというのがいて、午前中に住宅街を回って午後には商品を配達した。朝夕は豆腐屋が笛を吹いてやってきたし、クリーニング屋はでっかい布製の配達袋を荷台にのせて重そうだったのを記憶している。

 配達人の多くは若い丁稚たちだったが、この人たちの多くは町内の目や耳の役割を果たしていた。配達先の家族構成はもちろん町内の出来事やうわさ話も耳にしたに違いない。いまでいう情報ネットワークの端末の役割を果たしていたといっても過言でない。今流にいえば、家庭内の情報が漏れるのは必ずしもいいことでないのかもしれないが、熊さん八さん的にいえば、信頼醸成のために一役買っていたことになる

 さて話を自身に戻すと、筆者は1985年に東京に出てきて、鷺沼や新百合ヶ丘という郊外の新興住宅街にずっと住んでいた。駅前にスーパーはあっても普通の小売店はほとんどない。だから商店街とは長い間、縁のない生活を余儀なくされていた。1997年に京都に移り住んだ時は角を曲がると大宮商店街という商店街があって便利な思いをした。5分も歩けば日常の品物はほとんど揃う。

 店の人の顔もほとんど覚えた。子どもたちに「醤油を買ってこい」だの「もやしを買ってこい」だの言えたから子どもたちも「おつかい」の習慣を身につけた。スーパーではこうはいかない。かわいそうに新興住宅街の多くの子どもたちは「おつかい」という習性を身につけないまま大人になることになる。

 東京に戻るとまたスーパーにお世話になる生活となった。大宮商店街がよけいに恋しくなり「商店街があってこその住宅街だ」と考えるようになった。日本の住宅の多くはアメリカのように食料や日用品を買いだめできるように大きな収納スペースや大きな冷凍庫はないし、そもそも自転車での買い物では買える量にも限度がある。

 だから主婦は毎日のように買い物に出掛け、スーパー自身が大量購入という本来の目的を果たしていない。日本の食卓がバラエティーに富んでいるという理由もあって、多品種少量の買い物癖はスーパーが出現してこのかた一向に変わっていない。スーパーによる「価格破壊」も過去の物語となってしまい、もはやスーパーの存在意義はない。そうなると充実している商店街が近くにあれば、スーパーのメリットは買い物時に雨に濡れない程度でしかないことが分かる。

 ここ十年、郊外型の大型スーパーの出店が相次いでいるが、周辺道路は車の大渋滞を起こし、買い物はますます不便になっている。商店街が廃れ、駅前の小型スーパーが衰退し、郊外の大型スーパーも買い物客にとって不便となる。これでは三方損である。

 町はみんなのものである。便利な商店街が歩いていける範囲にあり、きれいな町並みがあれば、町の価値が高まるというものだ。商店街が衰退すると町全体が沈滞するのだ。

 少々乱暴な議論だが、後継者がいなくなった商店街の店舗は行政が強制収用して、競売にかけるぐらいの荒療治が必要なのかもしれない。スーパーやコンビニが悪いといいたいのではない。日本の主婦の生活習慣と道路事情の悪さを勘案すると町並みにどうしても商店街の復活が不可欠なのである。

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