HAB Research & Brothers

スタンフォード大が育んだハイテク都市(1)

1998年07月27日(月)
萬晩報主宰 伴 武澄


最後の段落の「ネットスケープ・ブラウザの原形もスタンフォード大で生まれた」は間違いでしたので8月2日、削除しました。訂正個所を明確にするため原文は別途しばらく残しておきます。

 シリコンバレーで日系企業に勤務する八木博さんが26日、奈良市で「21世紀ネットワーク社会を展望する」と題して講演した。日本縦断講演旅行の最中だ。すでにお聞きになった読者もいるかもしれない。シリコンバレーの誕生にスタンフォード大学が大きく寄与している話は面白かった。筆者の考えを織り交ぜて報告する。

 アメリカの秘密兵器はガレージ

 シリコンバレーはサンフランシスコ市とサンノゼ市の間にある。ロサンゼルス郊外と間違えている日本人がいるが、ロスサンゼルスはサンフランシスコから600キロも南にある。シリコンバレーは谷間にあるのではない。八木さんは「海と山と平地のある夏涼しく冬暖かい田園的環境」と表現していた。

 この地域が多くのハイテク産業のメッカであることは広く知られているが、1891年のスタンフォード大学が設立がすべての始まりだったことはあまり知られていない。鉄道事業で財をなしたリーランド・スタンフォード氏が「将来の若人の学舎を」と3300haの広大な土地を提供し、大学を設立した。後楽園球場の面積が4haだから広さを想像してほしい。

 どこの国でも多くの私学は財を成した実業家が社会への富の還元として設立されているから珍しい話ではない。日本でも灘高校や土佐高校などは地元の財閥がお金を出し合ってつくった。スタンフォードがユニークなのは実学の奨励が建学の精神となっている点だ。

 いまや世界的ハイテク企業の代名詞となっているヒューレット・パッカードは1939年、シリコンバレーで生まれた。当時、スタンフォード大で教鞭をとっていたタウナン教授が学生に「大会社に入るな」とげきを飛ばし、教え子のヒューレット君とパッカード君が小さなガレージで発振器をつくったのが始まりである。この大企業に入るなという精神はいまの脈々と受け継がれている。

 ガレージから生まれた企業は何もアップルコンピューターだけではない。その40年も前からアメリカではガレージが若者の発明と工夫の隠れ家だった。ガレージは単なる車庫ではない。筆者が少年のころ住んでいた南アフリカの借家の風景を思い出した。そこにも離れにガレージがあった。ドイツから移民してきた家主が作業場として使っていたところで、多くの電動工具がそろったその空間は工作好きだった少年の胸をときめかせた。

 八木さんによれば、米タイム誌が「ガレージこそがアメリカの秘密兵器」という特集記事を組んだことがあるという。アメリカの多くの家庭には少年たちの夢を育むガレージがある。筆者はその後、帰国してラジオ少年になったが残念ながら、日本には少年の心をわくわくさせる空間はなかった。

 社会構造を根底から覆すインターネットの創造

 シリコンバレーにハイテク企業が本格的に設立されたのは戦後しばらくたってからである。1955年、ノーベル賞を受賞した後にショックレーが半導体研究所を設立した。この人はよほど人扱いがへただったとみえて、フェアチャイルド・セミコンダクターやインテルを設立した面々は次々と半導体研究所を後にした。

 その後の中核的企業の設立をたどると、フェアチャイルド・セミコンダクターは1957年、インテルは68年の創立。77年にはアップルコンピューター、82年サンマイクロ、84年シスコシステム、94年ネットスケープと今はときめく一連の企業が産声を上げる。スタンフォード大の実学の精神が脈々と受け継がれてきた。クラーク博士は明治時代、北海道大学にやってきて「青年よ大志を抱け」という言葉を残して去った。北海道の大地に勇気を与えはしたが、その地に企業は生まれなかった。

 そんなシリコンバレーであるが、決してすべてが順風満帆だったわけではない。半導体製造で日本が世界一に立ち、NECの関本社長が「もはや日本はアメリカに学ぶべきものはない」と言った1980年代後半、半導体の雄だったインテルの経営はどん底にあった。確かに日本の製造ラインが技術的のコスト的にも世界を凌駕した。いまでも生産現場では日本が世界を凌駕しているはずだ。

 その後10年の日本とアメリカの違いは、コンピューターと通信の普及の違いだった。日本の産業界にとってコンピューターと通信は工場の生産を向上させるツールに過ぎなかったが、アメリカでは社会的インフラと化し、社会構造を根底から覆すインターネットを生み出した。(続)

 八木さんへのメールはhyagi@infosnvl.comへ。

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