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わたしはベルリン市民です

2003年02月05日(水)
ドイツ在住ジャーナリスト 美濃口 坦


 「………どの点をとってもドイツがかなわない国に対して無力を感じていること、途方に暮れていることが、彼の顔に書いてある」と2、3日前のドイツの新聞にあった。

 ここで誰の顔かというとシュレーダー独首相で、「ドイツがかなわない国」とは米国である。ドイツもサッカーだったら勝てるかもしれないけれど、確かに軍事的にも経済的にもこの超大国にかなわない。毎日のように彼に会う記者に、彼が「途方に暮れている」とみえるのは、何が何でもイラクと戦争したいブッシュ米大統領に「ノー」と言ったからである。

 ただの「ノー」でない

 ドイツが米国の見解に同意しないで「ノー」といったり、また米国の立場を批判することは決してめずらしいことでない。米国から要求されても出来ないことがあれば「ノー」というしかない。そのときはその理由を挙げて理解しいただきたいと述べることは、今までも何度もあった。

 この数年来、「京都議定書」の問題でも、また国際刑法裁判所の設置に関してもドイツは米国と異なる見解で批判することはあった。

 でも今回は、従来とは話が別だといわれている。というのはこの「ノー」が対テロ戦争と関連していて、ブッシュ大統領には、周知のように、「味方でない奴は敵だ」という二つの立場しか存在しないからである。また対イラク攻撃もこの地球上の悪者退治ための「対テロ戦争」の一部である。

 まさにこの点で、シュレーダー首相の見解は米国と異なる。サダム・フセインは悪い独裁者であるが、ビンラディン・グループとも関係ないので、対イラク攻撃は「対テロ戦争」でないし、テロリズム撲滅のために役立たないどころか、状況を悪化させると、彼は考える。

 でもこの立場は、「9月11日」以来、自国のする戦争については「味方でない奴は敵だ」と考える人々には理解されにくいようである。

 シュレーダー首相が対イラク攻撃反対の立場をはっきりさせたのは、去年の選挙戦のときである。当時、私の友人の一人が「米国はドイツをどうするのだろうか。ハンブルクを爆撃したりしないと思うが…………」と冗談をとばした。

 「世界の孤児」になる不安?

 第二次大戦の敗戦国ドイツは、冷戦のあいだ自国を守ってもらい、豊かな社会を築くことができたことで米国に感謝することを国是にしてきた。

 「ベルリンの壁」ができて、冷戦が最高潮に達した頃、当時のケネディー米大統領が西ベルリンで演説した。最後に、彼が下手なドイツ語で「私はベルリン市民です」というと、群集が大歓声をあげる。この光景は米国とドイツの連帯を象徴する。今まで、私はテレビでこの場面を何回見たことだろうか。30回はこえているような気がする。

 私は自分が日本人であるせいか、ドイツ人を見ていると、彼らが「戦争に負けて良かった。(ソ連でなく)米国に占領されて私たちは幸せだった。だからドイツはこんな良い国になった」と自分にいつも言い聞かせているような気がして仕方がなかった。ドイツの知識人が書いたものを読んでも、結局この意識を国民に植え付けるために皆が競争で理屈をこねまわしているだけと、私に思えることがあった。

 でも、「自分はいい男と結婚して本当に幸せ」と四六時中、自分にも他人も言い聞かせている女性は、幸せであるとは限らない。

 米国に「ノー」と言ったシュレーダー首相は、現在国内で「ドイツを国際的に孤立させた」と非難されている。

 欧州のどの国でも世論調査をすると、80パーセントぐらいが対イラク攻撃に懐疑的で反対している。とすると、特に国際的に孤立しているわけでない。

 ここで、私はまた日本人にもどり自分が子供だった頃を思い出す。当時、戦争に負けて国際社会で孤立した日本をしめす「世界の孤児」という表現があった。

 ドイツ国民は米国と意見が対立して「世界の孤児」になることを心の底でおそれていて、自分ではあまり気がついていなにのではないのだろうか。

 
テキサス州でベトコンと戦った男

 去年の選挙中、私は、シュレーダー首相の発言を聞いた。彼は、イラク攻撃は不安定な中東情勢をさらに悪化し「冒険である」と述べた。

 私が特に好感を感じた点は、アフガニスタンの現状が一触即発の状況であることを認めたことである。ドイツは派兵しているので、アフガニスタンは自国兵士の安全に重要な問題である。

 またこの発言は、対テロ戦争・第一ラウンドのアフガン戦争が失敗だったことを間接的に認めていることで、私には正直だと思われた。

 外交も、別の手段によるその延長である戦争も、目的をもつものである。目的を遂げることができれば成功であり、そうでなければ失敗である。もしかしたら、「9月11日」以来進行する米国人の戦争、「不朽の自由」(Enduring Freedom)とは、そんな意味での戦争といえないのではないのだろうか。

 昔、自分と似た人間が住んでいないという理由から身勝手にも「新大陸」と称し原住民を追いかけまわして、挙句の果てに居留地に閉じ込めることに成功した国民が、世界中で同じことをしようとして、「不朽の自由」などと呼んでいるだけのように、私には思われる。

 いずれにしろ、米国は爆撃だけして「勝った、うまくいった」と欧米の御用メディアにいってもらっているだけである。本当は、「こわした、失敗した」というべきではないのか。

 対イラク戦争でも、独裁者を打倒して民主的国家をつくり、これを足場に中東全域に平和をもたらすようなことをいう。こんなのは、ベトナム戦争での「ドミノ理論」と同じ単純思考で、今度はドミノが反対方向に倒れていくという話に過ぎない。

 今、大統領をつとめる人は父親のコネでテキサスの州兵になってベトナムのジャングル行きを逃れた。テキサス州でベトコンと戦った男が自国の過去の失敗から教訓を得ようなどと思わないのは不思議でないかもしれない。

 
欧州の米国離れに一段と拍車

 シュレーダー首相は、もう少し小声で、それもめだたないように、できれば密室でもう少し他の欧州諸国と調整すべきであった。彼がそうしなかったのは、自分が選挙に勝ちたかったからである。そのために外交の定石を無視した。

 その結果、彼は「EUを分裂させた」と、現在非難されている。というのは、英国、スペインなど親米派の欧州8カ国の首脳が連名で、欧州有力紙に声明を公表、一致団結し、イラク問題で米国を支持する必要を訴えたからである。

 このような批判にも一理あるかもしれないが、相手の米国からドイツは絶対俺の言うことはきくと思われていた以上、いずれは摩擦がさけられなかった。また英国の労働党議員が「米国民はギャング集団に政権を乗っ取られた」というくらいであるから、相手が特に悪かったのである。

 またフランスも反対しているのに、ドイツに対してだけ米国の怒りが向けられる。こんなことを嘆くのは、試験ではじめて悪い点数をとった優等生のボヤキに似ているかもしれない。先生のほうがそのうちに悪い成績に慣れるし、また国際社会は、ほんとうは学校でもないからである。

 ドイツやフランスが反対したからといっても、戦争ははじまる。ドイツを筆頭に西欧諸国が米国との協調を絶対視するのは冷戦の遺物である。現実が変わっても頭の中が変わるまで時間がかかった。今回の「ノー」がきっかけでドイツと米国の関係も普通になり、その結果長期的には欧州の米国離れにも一段と拍車がかかると思われる。

 ケネディー米大統領の「私はベルリン市民です」も、これからはドイツのテレビであまり見られないかもしれない。

 美濃口さんにメールは Tan.Minoguchi@munich.netsurf.de

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