「魁け討論 春夏秋冬」1992年夏季号
 

世界新秩序4くに§_議 その二―民族運動をどうする―

   
 終戦の日に寄せて

 はたちの年を迎えた頃、全部の国民ではもとよりなかったでしょうが、多くのわれわれには「国家危急存亡のとき」という思いがありました。国が、大いなるものとして実感されていた、そんな時代だったと思います。

 それから半世紀、かつてのわれわれと同じ年頃の若者がいま、世界のあちこちで、くにを成すべく民族戦争を戦っているのかと思うと、戦中派の私には、とてもひと事とは思えません。

 世界の平和秩序は、その中に民族問題をどう織込んでいくのかを考えることなしには、哲学も生まれないし、方向を見定めることすらできません。世界共同体にとって大切なこのことを、大切に扱って考えていく日本人を目指したいものです。     伴 正一



     目   次
 一、民族運動をどうする……………………………………………
 二、高度の自治で収める知恵………………………………………
 三、独立しかないときは……………………………………………
 四、民族統合運動の恐ろしさ…………………………………………
 五、ECはくにになれるか………………………………………
 六、安保機能からみたくに……………………………………

 一、民族運動をどうする

 司会―今日は前回の継続審議ですが、ひとつ想を新たにしてくにを論じて下さい。
 春季号の挨拶のところに述べてあるように、われわれの考える世界新秩序は、世界連邦ではないのであって、やはりくにが存続し、世界共同体の基本単位であり続ける……。

 もちろん世はさまざま、一くちにくにといっても、その在りようはそれぞれの国で違うし、時代の移り変りとともに姿、かたちを変えていくのも自然の成り行き……。

 ただ、そういいっ放しにして安閑としておれないのは、先ず旧ソ連が分裂してできた国々で、また、よく見るとほかにも世界のあちらこちらで物情騒然、民族運動のきなくさい臭いがし始めてきたからです。片方では、異民族支配をハネのけて自分たちのくにを建てようとする。片方では散らばっている同族を一本にして強大なくににしようとする。

 そんな民族運動の遠心力、求心力のあつれきから、バルカンでは既に戦争の火ぶたが切られ、その火が燃え拡がりつつあります。
 国と国とが戦争に突入したり、国の内部で内戦が始まったりするのを避けるための知恵が、いまほどその必要性を痛感されているときはありません。

 ポスト冷戦時代とは、そんな時代だと思うのです。今日は討論になっていなくて結構ですから、自由奔放に斬新な発想をお出し下さい。
 では先ず独立運動を取り上げましょうか。板垣さん、どうでしょう。

 二、高度の自治で収める知恵

 板垣―世界の数多い小国が、それを当てにして思い切った軍縮をする気になるほど頼母しい軍事力が(世界組織として)出現すれば、それから先は気軽に独立を認めていったらいい。よしんば国の数が千を越したっていいじゃないですか。しかし、そういうご時世になるのは、まだまだ先のことでしょうから、それは逆に、高度の自治で我慢させる。でないと、独立戦争ばやりになって手がつけられなくなります。

 そこで、色々な形の自治を選択肢として考案しておくことが、大変に重要なことになるのですね。特に「これなら独立するのとほとんど変りないじゃないですか」といえるような具体案が貴重です。民族運動が独立戦争にエスカレートしそうな、危機一髪のときのためにです。そのためにと思って、叩き台に一案作ってみたのですが……。

 司会―それは是非。独立に近い案が先にできると、あとが作りやすい。大変助かりますよ。

 板垣―参考にしたのが、政治統合成ってECがくにになったあとのドイツやフランス。それはアメリカの州よりずっと独立性の強いものに違いない。公用語にもドイツ内ではドイツ語、フランス内ではフランス語が残るでしょう。もう一つ参考にしたのが、日本型封建制度、特に江戸期の藩。幕藩体制から、参勤交代義務と、お家断絶、お国替えの命令権とを除いたら独立国家に近い。

 そんなことを頭に描きながら割り出してみたのです。

  1. 司法、立法、行政は、包轄的に自治領が行う。
  2. 国が自治領内で主権を行使するのは有事のときに限る。すなわち国は、自治領の要請に基づき、または国連の同意を得て、防衛、治安回復の日的で、自治領に軍を出動させ、あるいは戒厳をしくことができる。
  3. 自治領の住民は、国から、納税、兵役の義務を課せられない。
  4. 自治領は、国際法上の外交活動は行わないが、事実上の代表部を、国連その他に設置することができる。
  5. 自治領は、国への協議を経ることなく一方的に独立を宣言しない。
 ところで、このような自治内容と並んで重要な(だけでなく厄介な)のが、自治領の領域設定、即ち線引きです。国と国の間では、領土紛争が昂じて戦争になることがよくありますが、国と自治領の間でも、線引き交渉はお互いの感情をエスカレートさせ易い。いつ、どんなはずみで交渉決裂、最悪の事態−軍事衝突に突入しないとも限りません。また、一旦戦争が勃発してしまうと、その後休戦が成立しても、交渉は以前よりもっとトゲトゲしいものになるでしょうね。

 攻め取られた方は「元の線まで引け」といい張るだろうし、攻め込んだ方は、血潮であがなった占領地を、ちょっとやそっとで手放すはずがないからです。(紛争の性格は違いますが)、いまボスニアで、セルビア人部隊が占領地をどんどん拡大しているのを見ると、あとの収拾がどうなることか、気が気ではありません。あれでは、よしんば停戦が実現しても、それからあとセルビア側の攻め得に終らないように結末をつけることは至難のわざです。アメリカが介入するにしても、ECがやるにしても、必要とあれば軍事力にモノをいわす決心が不可欠で、そんな覚悟が、アメリカやECにあるとは思えない。三〇年戦争を気遣う声が出るのも無理はありません。

 自治交渉の場合も、本質は領土問題にほかならないこの線引きの難所越えで、細心の注意が要ります。ここで足を滑らせると、のっぴきならないことになる。また、ここがやたらに発火点になって、民族間の武力衝突が多発するようだと、国連もお手上げ、世界新秩序の夢も吹っ飛んでしまいます。

 そんなことにならないためには知恵が要る。自治内容や線引きのことでは、世界中が総知を結集して具体案を編み出さなくてはならない。日本人も「平和に徹する」なら、口ばかりでなく、世界の知恵袋を目指すくらいアンビシャスになるべし。もっと世界政治に羽ばたけ、ですわ。

 司会―すっかり板垣さんの熱気にあてられました。いままで考えていたような、シンプルな、イラク型の侵略に対する対応だけ考えていたのでは、世界の平和は持たないですね。

 三、独立しかない場合

 司会―それでは次に、とてもではないが高度の自治などで納まるはずがない。「独立しかない」という場合のことを考えることにしましょう。こんどは大隈さんにやって頂きましょうか。

 大隈―考えてみると独立にも運、不運があるね。バルト三国は、あわや弾圧、血の雨が降るかと世界中がかたずを呑んでいた。紙一重のところでソ連のクーデター失敗に救われた。

 旧ソ連を構成していたロシアほか他の一の共和国。この独立はエリツィン擡頭の勢いの中で、もののはずみで実現してしまった。チェコとスロヴァキアの分離も、これは平穏裡にいきそうだ。

 それに較べると、エチオピアからの独立戦争だったエリトリア解放戦線の費やした年月と、流した血はおびただしいものだったね。とうとう勝ったのだけれども……。みじめなのは、いま戦争続行中のボスニア・ヘルツェゴビナだ。もう領土の三分の二を少数派のセルビア人部隊に占拠されているし、更に少数派のクロアチア人もこれに便乗して西部での陣取り合戦を進めた。

 このままでいくと、もうボスニアは、世界共同体からも見殺しにされるのではないだろうか。そうなるとボスニアは、一たん独立に漕ぎつけながら、多数派たるモスレムの反撃力不足で、哀れな末路を辿ることになるだろう。

 いくつか、運、不運の例を挙げてみたが、何しろ戦いの火ぶたが、(侵略でも何でもない)独立戦争の形で切られているとき、冷戦で勝った自由世界に何ができるだろう。平和がどんなに大切だからといって、自由を求めての武装蜂起を押し潰すわけにはいくまい。と同時に、いくら自由への欲求に共鳴できても、独立運動に軍事援助を与えることは平和の大義が許すまい。

 そうなると、自由と平和のはざまで世界共同体にできることは、戦争の激化につながることをやらない。また他に燃え移らないように周到な根廻しをするくらいのことでしかない。だから、さっき板垣君がいったように、高度の自治という剣が峯で片をつけることが決定的に重要なのだ。事態が独立に向かって走り出したら、もう何をやっても気休め。乱暴ないい方だが、成り行きに任せるしかないのだ。

 ただそういうなかで、一つだけ、大事なことが残されている。それは独立承認の時期を誤らないことだ。いまにも戦闘の火ぶたが切って落されそうなとき、既に戦争状態に突入して戦火の収まるメドも立っていないときに独立を承認するのは、事態をややこしくするだけなんだ。

 ドイツがいち早くクロアチアの独立を承認したのがそれだ。ECとの申し合せを無視した、抜け駆けの行動でもあった。セルビアとユーゴ連邦軍による鎮定作戦を、国際間の武力行使、侵略に仕立て直す奇術だったのかも知れないが、それならそれで、侵略の烙印を押したセルビアの軍事行動を、湾岸戦争なみに叩き潰す手配がついていなくてはならなかった。

 アメリカのボスニア承認にも軽率なところがあった。独立の国民投票を、ボスニア領内のセルビア人がボイコットしているのだ。独立に反対なのだよ。大セルビア主義運動のうねりに注意していれば、独立反対のセルビア人グループが、うしろにいるセルビア共和国の支援を得て軍事行動に出るのは必定と読んでいなくてはならなかった。

 そんな中でボスニアの独立を承認するのなら、クウェートを見殺しにしなかったのと同じように、アメリカはボスニアを見殺しにしない、という決意を天下に声明するなり、日米安保なみの条約を新生ボスニアとの間に結ぶべきだった。そして、それができないなら独立の承認は控えるべきだったので、どうひいき目に見てもアメリカの承認行動は周到性を欠いている。

 どっちみち戦禍は免れなかっただろうが、ドイツやアメリカが軽率なことをしないで、形だけでもユーゴを一つの国のままで残していたら、戦闘は内乱として扱える。その方が、いまのようになるよりはましだった。(国家間の戦争をなくそうとする)世界新秩序の前途を暗くする度合いが、ずっと少なくてすんだだろうし、アメリカやECの威信を、さほどかげらせることなしにすませ得ただろう。「サッチャーがいてくれたらなあ」という溜息と「日本に見識があったらなあ」、という溜息が交々(こもごも)出てくるのをいかんせん、だよ。

 四、民族統合運動の恐ろしさ

 司会―民族運動の中で、あと残った大きなテーマが、民族統合の動きです。いま、世界が身ぶるいするような、求心力のすさまじさを見せているのが、バルカン動乱の主役、さきほど出てきた大セルビア運動ですが、もしももっと強大なロシア人が、冷戦終了後の屈辱的な現状に反撥し、帝政ロシアこの方の栄光にうなされて民族主義に走るようにでもなると、これはセルビアとはケタが違う。ユーラシア大陸全体が大型の暴風圏に入ってしまう。日本も安閑とはしておれなくなります。

 また、そもそもヨーロッパには、民族統合を求める動きが出易い素地があるのだから、油断は禁物です。そこで世界全体を見渡した上での共通の課題として、民族統合の動きには、どう対処すべきか……。

 板垣―いつの世にも、現状維持派の大義名分は平和なので、現状変革志向の民族運動は多かれ少なかれ、平和撹乱要因になる。このことは冷厳に受け止めておかなくてはならないですね。ただ、一口に民族運動といっても、民族統合を目標にかざした運動は、ややもすると侵略性を帯び易い。また、他国領にある同族に叛乱を起させて支援するとか、独立までさせておいて吸収するとか、悪らつな手法に流れがちでもある。ひたすらに自由求めて立ち上がる式の武装蜂起とは、とても同日に論ずることができませんね。

 そこで、つらつら思うことなのですが、同一民族は統合されなくてはならんのか、ということなのです。大国間の取引などで、人為的に引裂かれた民族が元に戻りたがる。そんな悲願を無視することはできないけれども、他方、アングロサクソンのように、いくつもの国を成して意に介しない大民族も厳然としてある。スペイン系の南米諸国がいまさら統合してスペインと一国になろうという話も聞いたことがない。

 第一次大戦のあと、同じスラヴだからといって、数世紀ハプスブルグ家の版図内にあったクロアチア、スロベニアを、五〇〇年トルコ帝国に組み込まれていたセルビア以南と一緒にして、ユーゴスラヴィアという国にしてしまったなどは、過剰統合の適例ですね。民族統合問題は、これから充分に時間をかけ、討論を重ねて、世界共同体の共通認識を作っていかなくてはなりませんが、いまの段階で意見を求められれば 私は、要警戒論ですね。

 その一端を、というわけでもありませんが、問題発掘の意味で、今日は「雑居問題」に触れたいと思います。

 その一つ、いまセルビア(人)のやっていることで、民族浄化なるものがありますね。武力で支配下に収めた地区から、異民族分子を迫害して脱出、流亡に追いやる。こうしてモスレム、セルビア人雑居地区が次々に純セルビア人地区に塗り替えられていく。そしてこれがやがて、ボスニアだけでなく、旧ユーゴの東北部やコソボ自治州など南部に拡がろうとする気配もあるんです。何しろ旧ユーゴには、やがてそのうちに迫害の対象になりそうな、ハンガリー人、アルバニア人、ブルガリア人などが住んでいるのですから、それらが次々に騒乱に捲き込まれ出したら、銃声はいつやむのか見当が立たなくなります。

 その二として、もう一度、線引き問題に話を戻します。
 アメリカのような開拓地で、最初の移民はアングロサクソンでも、それからあと、主としてヨーロッパから、ありとあらゆる人種が大量に移住してきていると、ヨーロッパ人種に関する限り、雑居や雑婚は平常現象化してしまうのですが、征服、被征服の怨恨を残した旧大陸では、簡単にそうはいかない。飛び地現象は随所に存在するが、人種のルツボ現象にはなりにくい。なっても、ボスニアの場合のように、かえって危険でさえあるのです。

 今年(一九九二)三月、独立直後のボスニアが空中分解しそうになったとき、その気配を感じたECは、ボスニア三民族(モスレム、セルビア人、クロアチア人)の指導者三名をブリュッセルのホテルにかんづめにして説得を続け、国を民族別にカントン化する、即ち高度の自治権を持った三地区に分けることに合意させ、その線引委員会も発足させました。

 そこまではよかったのだが、大失敗だったのは、線引きの完了期限を五月一五日と決めてしまった。雑居地区が多くて、三民族間の境界は複雑に入り込み、「線を引くなら、アパートの一階と二階の間に引かなくては」といわれるくらいなのに、その線引きに五月一五日という期限をつけてしまった。これではどんな仲良しでも話がつくはずはない。果たせるかなセルビア人とモスレムの雑居地域に沿って武力衝突が勃発していったのです。

 雑居を、異民族共存共栄のシンボルとして美化することに、われわれは疑いを差しはさまなかったのですが、これが、ボスニアでは裏目に出た。三民族が別々に大きく固まって住んでさえいたら、飛び地はできても、線引きに工夫の余地があり得たのではないでしょうか。日本でも鎌倉時代、足利氏の所領は関東以外にもあちこちに点在していたといわれます。それでやっていけたのです。飛び地を通常のこととして気にしないようになれば、飛び地と飛び地を回廊でつなぐという発想も消えてなくなる。そうなれば、バルカンはいわずもがな、東部ヨーロッパ全体に広くくすぶっている民族問題の扱いは、ぐんと楽になるのではないでしょうか。

 ついでながら、この考え方は、南アフリカ共和国の将来にも、一つのヒントになると思います。難問は、現状に基づく線引きでは黒人側が納まるわけがない、という点ですが……。

  五、ECはくにになれるか

 司会―民族統合とは全く質が違いますが、いま世界でくに論議の的になっているのが、ECの(政治)統合問題ですね。世界の平和秩序を考える観点から、EC統合をどう見るかは、前号、地域覇権のくだりが大変参考になると思いますので、ここでは改めて論議しないことにし、今日は、いい悪いでなく、ECはくにになれそうか、どうか、という観点で大隈さんから話を伺いたいと思います。

 大隈―ズバリ言ってECはくにになれないね。
 バルカンへの対応をみていてそう思う。バルカン収拾の成否はくにになる上での試金石だったのに、火消しに一丸となる気配がみえない。平和の仕事は、血を流す覚悟なしにはやれないのだが、一緒になって血を流す連帯感は、冷戦とともに消えてなくなっている。

 バルカンは欧洲の火薬庫。そのいわくつきのバルカンで火の手が上がっているのに、ECは、気休めみたいなことしかできないでいる。これでは政治統合は無理というもの、経済統合が関の山だろうね。

 具体的にいうと、セルビアの動きがこうなったら、軍事力で制圧するしか火を消す方法はないのだ。EC各国が兵力提供を申し出てアメリカを立ち上がらせるのが最良の道だと思うが、それができそうにないと見てとったら、ECだけでも、国連決議を取りつけて多国籍軍を編成するのだ。共通の軍を作ってみせるのだ。

 早い時期にこれをやってのけていれば、その武威を示すだけでセルビアの武力行使は思い止まらせ得たかも知れない。戦火がボスニアに飛び火してからでも、ECには呼吸の合わせどきがあった。

 今年(一九九二)の六月から七月にかけて、ヨーロッパでは、大型会議が立て続けに開かれている。リスボンのEC首脳会議、ミュンヘンの世界サミット、更にはヘルシンキの全欧安保協力会議、いま日本でも注目されているCECSだ。

 それなのに、何も出てこない。アドリア海に軍艦を並べたくらいでセルビアの砲が沈黙するかね。ともと戦闘部隊でなく、武力戡裁定(かんてい)の任を帯びてないPKFを国連に出させることからして、お茶を濁している証拠だよ。そして、顧みて他をいうようにサラエボ救援物資の輸送問題にばかり熱をあげている。本体の平和の仕事はそっちのけだ。

PKFにさえ尻ごみしている国会論議を聴かれていると思うと、日本人の一人として、恥ずかしくて、とてもいえた話ではないのだがね。

 司会―厳しいですなあ。だが、これだけストレートにいって貰うとよく分かりますよ。そして頷ける。くになる社会組織は、古来、安全保障機構としての役割を見事に果たしてきた。そのことにおいて、いかなる社会組織や国際機構も、大きく水をあけられている。そんなくにに、ECはとてもなれないだろう、というわけですね。

 バルカンの戦火が燃え拡がっているのを見ると、ズブの素人でも「一体、誰がいつこの火を消すのだ」という素朴な疑問が湧いてきますものね。この火を消すことこそ、とりも直さず平和の仕事だという点も、すごく納得がいきましたよ。自国もろとも、自由世界が脅かされている、という実感がみなぎっていた冷戦時代の緊張感が、スーと体から抜けたようなのが、いまのアメリカであり、ヨーロッパなんでしょうが、おっしゃるように日本人の口からは気恥ずかしくて、いえませんね。

 六、安保機能からみたくに 

 司会―前回(春季号)は、世界新秩序とくにの未来像が議題になり、今日は、世界的規模で拡がろうとする「民族独立の欲求」と、その逆流ともいうべき民族統合の動きにどう対処したらいいかをテーマにしました。

 そこで、あと残った時間、締めくくりの形で、くにがくにであるゆえんのもの、くにである限りこれからも変わることのない基本性格に迫ってみたいと思います。大隈さんにお願いできますか。持論の国家哲学も、この機会に、平易にお話し下さい。

 大隈―われわれの考える世界新秩序が有効に機能を発揮し始めても、それは「他国に侵略される不安」が取り除かれるだけだよね。国内の泥棒まで捕えてくれるんじゃない。
 国内には、泥棒だけでなく、いろいろの悪者がいる。そういうのを丹念に、捜して、捕えて、罰しなくてはならないのだが、捕えるということは「力ずく」の仕事だし、罰するということは、有無をいわさず服役させることで、間違いなく自由の侵害に当たる。
   
 力でねじ伏せ、力でいうことをきかせる、この種の仕事を私人にやらせたら大変なことになるよね。いくら小さい政府がいいといったって、これはくににやらせるしかない。ということは、とりも直さず政府の仕事ということになるのだがね。人々が安心して暮らせるように、生命、財産の安全を守る。夜警国家と呼ばれるものがそうであるように、くには最小限、そのために存在する。

 ところが、そのくにが力で脅かされることがある。外敵と叛乱だ。最小限であろうが、最大限であろうが、くにがその役目を全うするためには、こういう力による脅威に対して、力による「備え」がなくてはならない。また「備え」があることによって、脅威の発生を抑止もする。この「備え」の任に当たるのが軍という戦闘組織だ。

 軍は、立法、司法、行政の文治機構と趣を異にしていて、有事の際の戦闘のみをその任とし、「十年これを養う。一日これを用いんがためなり」の諺が示すように、平時にやる業務はないので、ひたすら訓練に励んでいればいい。

 日本人は、明治初年以来、内戦とか叛乱らしい叛乱を知らずにすんできたものだから、軍とは専ら外敵と戦うものだと思い込んでいるが、それは違う。くにの統治権を統べる者に、武力蜂起を抑える力がないと知れたら、政府は実力で倒せばいいんで、選挙で勝った負けたなんていっているのがバカバカしくなる。

 世界を見渡したらいろいろのくにがある。その現状を直視すれば、組織として強靭であることがくにには求められている……。

 司会―お話の途中ですが、警察力でそこを乗り切れないものですか。

 大隈―われわれが市民生活の中で見かける警察の仕事を全部停止させ、根こそぎ軍隊に転用すれば、あたま数は揃うだろうね。でも、いまの装備の常識だと、拳銃で戦うなんてのは、一種の竹槍思想、まともな戦闘部隊の討伐などできるわけがない。それよりも、問題なのは、その間泥棒たちをどうするかだ。警察力を真空状態にし、したい放題のことをやらせていてくにの体をなすかね。

 警察と軍の兼用には、このほか武家政治に戻るような弊害も伴うので、裁判官と検察官の兼用よりもっと危険だ。滅多に起こらない。永久に起こりそうになくても、軍を以って叛乱に備えるのは、建築に当たって最強度の強震に備えるのと同じだよ。

 司会―平和は「力」を排除しては成り立たない。それは、世界共同体についてもくにについても同じ、というわけですか。平和とは、誠にもって厳しい課題でありますなあ。

 大隈―少しでも平易に、と心掛けたのだが、くにの総論部分というのは難しいね。人間の歴史を回顧、展望しながら、また、世界のあちらこちらに目をやりながら、くにの基本的性格を見ていくのだから。

 しかも、安全保障という、日本人が長い間、触れたがらなかった視点を中心にやったものだから、「いまの日本」を前提にしてくにを考えている日本人には、私のいおうとしていることで、さっぱり分からん部分があったと思う。さぞ理解しづらかったろうね。いくら民主化しても、くにのエッセンス、力の部分は、いかつい形相をしている。そこだけでも、うっすら分かって貰えたら、今日のところは、それでいいと思うよ。

 くにの総論は、まだ序の口だね。

 司会―まだ序の口。その通りですね。でも、これで総論は二回、若干息切れの感もありますので、次回は、総論を中断して、各論、それも、本丸であって一番論じ易い日本にぶつかっていきましょうか。では今日はこれで。お二方、有難うございました。


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