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夢に終わったコンビニのレジでの現金引き出し

1999年03月17日(水)
萬晩報主宰 伴 武澄



 ●アメリカではキャッシュアウトは日常的風景
 日本でも1月4日から銀行のキャッシュカードで買い物ができるデビットカードサービスがスタートした。今使っているカードがそのまま使用できて便利がいいが、口座に残高がなければ買い物はできない。クレジットカードのように使いすぎることがないから、筆者のような浪費タイプには安心である。

 だが、鳴り物入りで始まった日本でのサービスにはデビットカードが本来持つ貴重な機能が外されている。驚いてはいけない。欧米では買い物をするついでにレジで現金引き出し(キャッシュアウト)ができるのが当たり前。スーパーのレジで買い物代金の支払いと同時に「50ドルキャッシュアウト」などと言うのは日常的風景なのだ。

 昨年、日本でもデビットカードが解禁されると聞いて、銀行のATMがすたれるだろうと考えた。近くのコンビニに飛び込んで現金が引き出せるようになれば、もう夜間・休日や他行からの引き出しで手数料をとられなくなる。アメリカでの実態を聞いていたから、ごく普通にそう考え、楽しみにしていた。

 だがなぜか日本に上陸したとたんにこの便利な機能がなくなっていた。またしても日本国民は先端的金融サービスの恩恵を受けることができないことになったのだ。

 デビットカードは郵便局を含め、多くの都銀や地方銀行、信用金庫までが参加、西武百貨店やローソンなど8つの企業グループの店頭での買い物が可能になった。年内にはさらに多くの金融機関やサービス業が参加するものとみられ、全国に3億枚あるといわれている手持ちのキャッシュカードの有効活用がうたわれている。

 クレジットカードの場合、カード会社のコンピューターに買い物情報が送られ、月末の決められた日に消費者の口座からまとめて引き落とされるのに対して、デビットカードは店頭のカード端末がそのまま金融機関のコンピューターと直結していて、店頭で買い物をしたとき、カードの暗号番号を打ち込めば、瞬時に消費者の口座から金融機関に買い物代金が引き落とされる仕組みとなっている。

 デビットカードのサービスは銀行のATMがスーパーや百貨店のレジに進出したと考えれば分かりやすい。コンピューターの進化がなせるわざである。

 ●大蔵省が禁止していた銀行の外部とのオンライン化
 日本の法令には「なになにをしてはいけない」という禁止事項は少ない。逆に「やっていい」ことのみが記されている。金融サービスも同じだ。デビットカードの解禁がなにによってもたらされたか同僚記者が調べてくれた。実は昨年の春までは「金融機関以外の外部のコンピューターとのオンラインを禁じる措置」があった。数少ない「やってはいけない」法令だ。

 いや正しくいえば法令ではなく、単なる大蔵省の銀行局長通達である。なんの法的根拠もない「通達」を守らないとほかでいじわるされるから業界にとっては法令そのものである。その措置を解除する銀行局長通達が昨年春に出たため、スーパーやコンビニのコンピューターへの接続が可能になった。つまりデビットカード解禁となったのである。

 デビットカードの早期導入を阻んでいたのは一片の銀行局長通達だったということもできる。だが、問題はその後である。「日経ビジネス」(1999年3月8日号)の高橋圭介記者の記事によれば、「金融監督庁はキャッシュアウトをやってはいけないとは言わなかった。代わりに『やりませんね』と念を押した」という。

 日本デビットカード推進協議会は金融当局の強い意向を感じ取って会員規約に「加盟店は釣り銭として顧客に現金を渡してはならない」という一文を盛り込んだ。国が禁止しているのではなく。推進する業界団体が自主規制したかたちになっているのがみそだ。これは当局の完璧な責任逃れである。消費者から不満がでた時に「民間がかってに禁止している」と言い逃れができるようになっている。

 ●ATM手数料に依存するような銀行に未来はない
 デビットカードの手数料は利用額の1%で、最大100円となっている。これは店舗側が負担することになっている。もしATMが有料の夜間や休日サービスの時間帯にコンビニで何万円も引き出されたら、銀行は「手数料」を取りはぐれる。時間内でもコンビニなら複数の銀行と契約しているから「他行からの現金引き出し手数料」も取りはぐれる。

 こんなそんなシステムを銀行自ら始めるはずがない。アメリカで可能なのはそもそもATMの数が少ないうえに、口座に30万円程度の残高があればATMからの引き出しで手数料をとられることはないからだ。しかも24時間いつでもである。日本の銀行は決して口にしないが、休日や夜間の手数料と他行からの引き出し手数料は付加的サービスではなく、すでに大きな収益源になっているのだ。

 80年代後半からの金融の自由化で各行が言い出したのは「フィービジネス」だ。つまり手数料。だが日本の銀行は為替手数料やコンピューター端末の利用をフィービジネスと勘違いした。アメリカ流のフィービジネスは大口顧客の資産運用で高い利回りを実現する対価であったり、事業の提携やM&Aの仲介の手数料のことを差す。

 口座手数料にしても一定の金額があれば無料だし、まして、コンピューターの利便性は銀行の経営合理化に役立つことであって、顧客から利用料を取ろうまどという発想はないはずだ。だが、いったん収益源となってしまった日本の銀行が自ら利権を放棄するはずがない。

 デビットカードの導入はそんないびつな日本の銀行のフィービジネスを打破する格好のチャンスだった。巨額の不良債権問題で屋台骨が揺らいでいる時期であることは確かだが、現金引き出しや振り込みなどコンピューターの初歩的操作を収益減としているかぎり日本の銀行に未来はない。

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