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オーストラリアの山火事と広島、そして核問題(1)

2009年02月14日(土)
異文化コミュニケーション財団 引地 達也
 2月始めにオーストラリア南部メルボルン郊外で発生した山火事は、約200人の人命とともに、甚大な被害をもたらしている。75人が犠牲となった1983年の「灰の水曜日」を上回る同国史上最悪の山火事となった。元来「ハーシュ」でもあり、油を含んだユーカリの木が茂る森は火災が起これば瞬く間に広がるという恐れは当初から指摘されていた。今回は加えて気温47度の熱波、そして干ばつが被害を拡大させた。私も約1年間メルボルンで過ごし、焼けた森や林は家族とドライブで訪れる「お気に入りの場所」だったから、やはり悲哀の感情がこみ上げてくる。

 オーストラリアにとっても、この被害をどう受けていいのか分からない複雑な心境なのだろう。ある新聞は一面に焼け尽くされた航空写真の森の写真と大見出しで「まるで広島のよう」と報じた。最大級の悲しみと衝撃を人類史上初めての核爆弾投下の惨状を引用して表現したのだろうと、理解しようと思いながら、やはり私には解せない見出しではある。広島・長崎は比すべきものではない、と。オーストラリアも独自で、他国にはあまり知られていない「核問題」が存在するはずなのに。「火事」と「核」はどちらも悲劇である、だからこそ区別してほしい。火事はまだ続いている。この火事も環境問題を見据えながら、背景を論じる必要がある、しかし今回はこの機会にオーストラリアの「核問題」について考えたい。

「足が吹き飛ぶには十分な距離だった。振動波、そして熱波を感じた」

 約半世紀前、オーストラリア空軍の工兵として英国の核実験に立ち会ったリク・ジョンストーンは振り返る。場所は南オーストラリア州のマラリンガ。砂漠地帯のこの場所には現地作業員として8000人のオーストラリア兵が爆心地からわずか11−13キロの距離で爆発による影響に関する作業に従事していた。もちろん、彼らは否応なしに被爆しその後、健康被害に悩まされることになるが、オーストラリア連邦政府は実験と健康被害の因果関係を否定している。元兵士らは「オーストラリア核退役軍人協会」を結成し、政府を相手取り被害認定と補償を求める訴訟を提起中でジョンストーンはその原告でもある。

 英国はアトリー政権が独自の核開発を決定した1947年1月の5年後、1952年10月3日に同国最初の原爆実験「ハリケーン」を西オーストラリア州オンスロウの北約160キロのインド洋に浮かぶモンテベロ諸島の浅瀬で実施、53年10月には南オーストラリア州ウーメラの砂漠で2回にわたる実験を行い世界の注目を集めた。自国の国土の狭さゆえの実験場確保の難しさが核開発の障害となった英国だが、オーストラリアを実験場とすることで活路を見出した。結局57年までに合計12回の核実験を繰り返した。後半の7回はいずれもマラリンガを舞台にした新兵器の実験。56年9月27日−10月22日の4回を「バッファローシリーズ」、57年9月14日−10月9日の3回を「アントラーシリーズ」と命名された。

 これら実験による健康被害を訴えるのは約2000人。何の補償もされないまま、がんの発症におびえながら月日が過ぎていく。米国と歩調を合わせて参戦した朝鮮戦争やベトナム戦争による傷痍軍人への補償とは程遠い状況だが、政府は「実験は戦争状態ではない」などとし戦争年金やほかの資格を基準とするような状況ではなかった、との見解だ。オーストラリアン紙によれば政府は1981年にこれら健康被害と関連する放射能の記録を隠蔽したという。

 一方で隣国のニュージーランドのクラーク政権は2002年に同様の問題に積極的な解決姿勢を示した。半世紀前に英国はインド洋のクリスマス島や太平洋のキリバス島で7回にわたる核実験を実施。この現場の作業をしていたニュージーランド海兵隊は2部隊、551人。被害補償の事実認定に向け同政権は「何が起こったのか、真実を知りたい」と国家予算を計上、半分は「ニュージーランド核実験退役軍人協会」の英国政府への活動費、半分はオーストラリアでは行われなかった退役軍人に対する放射能汚染の調査にあてられた。調査は海兵隊2部隊の50人のほか一般兵士50人も対象とした。そして染色体検査により放射能によるダメージを明らかにした。

 半世紀も野ざらしにされた南半球の被爆者たちだが、ニュージーランドで被害認定と補償の方向に進み、そしてオーストラリアの被爆者の明るい未来への道筋は見えない状態が続き、被爆者は高齢化していく。

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