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ソフトウエアパークのある町「無錫」を行く

2007年05月20日(日)
早稲田大学アジア太平洋研究センター特別研究員 文 彬
 1987年「……鹿頂山から太湖を望めば心の中まで広くなる」と歌う尾形大作の最大のヒット曲である「無錫旅情」によって日本人の間でも知名度が高くなった無錫だが、その地名の由来について聞かれることが多い。無錫は太湖の北辺に面する都会で古く周代より城が築かれ、本来錫を多く産出していた時期があり、土地の名も「有錫」という名の鉱工業都市であった。しかし長年にわたって掘り過ぎたため、漢の時代(1世紀)になると錫が無くなり、町の名前も「無錫」に変わったという。今も名ばかりの錫山が残っている。

 無錫は東の大都会上海から128km、西の省都南京から183kmの距離に位置し、人口は約450万人。上海からは鉄道もあるが、浦東国際空港に降り立った場合、空港から上海駅までのアクセスを考えれば上海〜南京間の滬寧(こねい)高速公路を利用する方が便利だと出発前に現地企業の日本駐在員に勧められた。4月5日浦東国際空港を出てすぐに事前に予約しておいた旅行社の車に乗り込み無錫へ向かった。この日は24節気の清明(春爛漫、転地万物清新の気が充満する日)に当たり天気晴朗、中国では墓参りの日でもあったが、時間も正午過ぎだったためか、友人がから警告を受けていた渋滞は特になかった。

 滬寧高速は片道4車線で渋滞もなく道路の舗装状態も極めて良い。制限速度は120kmだから高速道路での走行時間は1時間程度で快適だったが、浦東から高速に乗り入れるまでは1時間20分もかかった。ただ高速の入り口は主に国内線専用の上海虹橋空港に近いので、すでに日中首脳会談で合意された羽田〜虹橋間の国際シャトル便が就航すれば、無錫へのアクセスに起因するストレスはかなり緩和されるはずである。

 無錫は2004年に科学技術省が認定した国家火炬計画(注1)としてのソフトウエア産業基地である。国家レベルのソフトウエアパークの中でも認定が遅い方だが、無錫は同時に国家ICデザイン産業化基地(全国7か所)と国家アニメーション・ゲーム産業基地(全国15か所)でもある。2010年までにはIT関連の企業は300社に、そしてBPOに従事する技術者の数は5万人に達する計画だから、オフショアリング先進都市大連の現在のそれに匹敵する数字でなる。

 《フォーブス》誌の記事によると、インド大手アウトソーサーのインフォシステクノロジーズは2006年1年間で従業員数が2万8500人も増えたという。2007年2月末訪印した際、従業員数は6万6000人と聞いた。しかし3月1日現在すでに7万7000人を超えたという報道もあり、通常には考えられない驚異的な成長振りである。中国はインドと比べると総じて会社が小さく採用人数は少ないものの、採用倍率ではそれ以上に急速で大きい企業もある。

 無錫でもこのように企業の急成長が続くアウトソーサーに出会った。2003年に15人でスタートしたH社は現在550人まで大きくなったが、年内に1000人の大台に乗せたいと創業者兼CEO のW氏が目標を語った。

 私は特にこの会社の人材採用方針に新鮮感を覚えると同時に納得していることがある。W氏は当社は一流大学のエリートではなく、地方大学出身でまじめに勉強していた新卒者を積極的に採ると言っている。多くの中国系企業は日本のお客さんにアピールする材料として、それまで採用してきた一流大学卒の従業員数をことさらに見せびらかしているのに対し、W氏の考え方は非常に現実的でかつ実用的だと思っている。H社は業界の中でも離職率が非常に低いという市政府幹部の評価を聞いてその理由はこの採用方針にもあるのではないかと思っている。

 特にオフショア開発で多いアプリケーションシステム開発の現場では、いわゆる頭脳優秀なエリートも必要ではあるが、単純な重複作業も厭わない勤勉で従順な技術者がもっと多く必要とされている。日本の大手電機メーカーのシステム部門で6年間実戦での経験を積んできたW氏は人材を活かすための要諦を的確に掴んでいるに違いない。

 翌朝。南京への出発時刻まで少し時間があったため通勤ラッシュで超満員の市営バスに乗り込んで太湖へ向かった。予定外の行動だったものの、戦国時代(紀元前5世紀)「商聖」(ビジネスの神様)とも言われる范蠡(はんれい)が隠遁後、傾国の美女「西施(せいし)」と船を浮かべたという漁父島と范蠡の名に因んだ江南式名園「蠡園」を訪ねることが出来て満足だった。無錫は風景絶佳、観光地としても見るべきところが多い町である。

 注1:「火炬(たいまつ)計画」とは、88年8月にスタートしたハイテクの産業化推進を目的とする国家プロジェクトである。主な分野は新素材、バイオ、電子・情報、光・機械・電子一体化、新エネルギー、高効率省エネ、環境保全など。「火炬計画」の国策プロジェクトとして、88年北京の「中関村」が中国初のハイテク産業開発区と認定されて以来、全国53の国家級ハイテク開発区がオープンし、およそ3万社のIT、バイオなどのハイテク企業が入園し、約300万の人たちが働いている。現在、毎年1000項目以上の国家級たいまつ計画が発表されている。(《新語・流行語から中国の「今」を見る!》より)

 文さんにメール bun008@hotmail.com
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早稲田大学アジア太平洋研究センター日中ビジネス推進フォーラム
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