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多様性を無視するブッシュ氏の「自由」

2005年01月24日(月)
萬晩報通信員 成田 好三
 さすがに唯一の超大国・米国の大統領である。ジョージ・W・ブッシュ氏は素晴らしいスピーチライターを雇っている。1月20日、何万人もの警察・軍隊による厳重警備の中で行った2期目の就任演説では、約20分間の演説時間に27回も「自由」という言葉を使って、世界中への「自由の拡大」を格調高くうたいあげた。

 新聞各紙の演説要旨や演説詳報を読んだが、日本語に訳してもなお名文である。しかし、どんな名文でもそれを発信する人物の人格と思想に裏打ちされていなければ、メッセージは相手に伝わらない。

 全国の地方紙に配信された共同通信の演説詳報(21日配信)から、そのさわりの部分を幾つか引用してみる。

「憎しみと恨みの支配を打ち破り、圧政を敷く者の言い訳を暴く歴史の力がただ一つだけある。自由の力だ。この国での自由の存続は、他国での自由の成功にますます左右されるようになった。世界平和を達成する最短の道は全世界に自由を拡大することだ」

「世界中で圧政を終わらせることを究極の目標に、あらゆる国で民主化運動と制度の発展を求め、支持することが米国の政策である」

 何とも勇ましい決意表明である。しかし、唯一の超大国がいかに強大な力をもつとしても、そんなことが本当に可能なのだろうか。

「最も厳粛な任務は米国と米国民をさらなる攻撃や脅威から守ることだ。米国との関係を良好にするには、自国民を正当に扱わなければならないことを明確にし、他国の改革を促す」

 ブッシュ氏は、米国は「自由の宣教師」であると宣言した。しかし、欧米諸国が植民地を拡大していった時代に、キリスト教の宣教師が、彼の後に続く商人と軍隊の先兵としてやって来たことは、アジアやアフリカの人々なら誰でも知っている事実である。

 極め付きは以下のくだりである。

「米国は再び世界の人々に語りかける。独裁と希望のない社会に生きる人々は次のことを知るだろう。米国はあなたたちが受けている抑圧を見逃さないし、抑圧者を許しはしない。自由のため立ち上がるなら、われわれも一緒に立ち上がる。米国は弾圧を受けている民主運動家の中に、将来自由な国になった時の指導者を見ている」

 さながら、各国民に「自由革命」への決起を促す檄文である。しかし、圧政からの自由を求めて立ち上がった民主運動家を、米国はこれまで何度見殺しにしてきたことだろう。

 演説の末尾部分ではこう、うたいあげている。

「究極的な自由の勝利を確信してわれわれは前進する。それは神の意思による選択だ。全世界の人々に自由が行き渡ることを宣言する」

 ブッシュ氏が格調高くうたいあげた「自由」「自由の拡大」の名の下に、米国が大規模な軍隊を派遣して戦争を起こしたイラクでは、いまも泥沼の戦争状態が続いている。

「自由」の押し売りに閉口する人々の声は、ブッシュ氏と彼を支持する勢力の耳には届かない。
 
 ブッシュ氏は米国の産軍複合体と福音派を中心とするキリスト教原理主義者の圧倒的支持を得て再選された大統領である。

 コーランの教えをそのまま信じ、コーランを社会システムの基本にすべきであるとする人たちをイスラム原理主義者と呼ぶならば、聖書に書かれたことをそのまま信じ、国家が制定した憲法ではなく聖書を社会システムの基本に置くべきだとする人々もまた、キリスト教原理主義者と呼ぶべきである。

 ブッシュ氏が、優れたレトリックを尽くした就任演説で、「自由」「自由の拡大」を説いても、その声はキリスト教徒以外の人たちには伝わらない。

 ブッシュ氏が言う「神」はキリスト教の神でしかあり得ないように、ブッシュ氏が言う「自由」もまた、米国流の自由でしかあり得ないからである。

 「生物多様性」という言葉がある。遺伝子レベル、種レベル、生態系レベルでも、さまざまな生物が存在することである。生物が、個体としても種としても、生態系としても存続するためには多様性が必要になる。

 人間も生物のひとつである。だから、人間も、人間がつくりだした社会は、家族から国家、国際社会までもが、多様性が必要である。

 圧倒的に強大な権力をもつ米国の大統領が、キリスト教の神とそれに基づく「自由」を世界に拡大させることは、多くの国とそこに住む人々の多様性を奪い去ることにはならないか。

 生物にはさまざまな種と生存方法があるように、人間の自由にもさまざまな種類と段階がある。

 敗戦後の日本人は、ダグラス・マッカーサーによって、米国と同様の政治的自由を得た。しかし、それはあくまで「制度的」自由である。戦後半世紀を過ぎてもまだ、「組織票」が存在する。政治的意思を、自らにではなく、組織に委ねる人たちが存在する。

 ブッシュ氏と米国が推し進めてきた中東の民主化=「自由の拡大」の行き詰まりの根本原因も、米国流、キリスト教流の「自由」をこの地域に押し付けてきたことにある。

 中東の国々の多くはいまも部族社会である。知識人や一部の都市生活者を除いては、この地域の人たちの多くは、個人の運命に関する選択権を、自らにではなく部族長やその上の階層である宗教指導者に委ねている。

 そうした地域で、いきなり米国流、キリスト教流の「自由」を押し付けたらどうなるか。米国が占領するイラク統治の失敗の原因もそこにある。

 人間と社会の多様性を無視して米国流、キリスト教流の「自由」を押し付けることは、自由と人間の多様性を奪い去り、ひいては人類の生存を危うくすることにはならないか。(2005年1月24日記)

 成田さんにメールは mailto:narita@mito.ne.jp
 スポーツコラム・オフサイド http://www.mito.ne.jp/~narita/

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