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21世紀の安全保障の再構築を

2005年01月19日(水)
アメリカン大学客員研究員 中野 有
 クリスマスの日曜の朝。インド洋の楽園。人類史上最大級のツナミによる自然災害。科学が発達した現代においても如何に人間が自然の摂理の下で無力であるかが認識させられた。人類は抗争が抗争を呼び起こしているイラク戦争等・・・如何に愚かなことを続けているのか。容赦のない自然災害によるとてつもない犠牲を被ったが、国、人種、イデオロギー、宗教を超越した純粋な国際協力の羅針盤が生み出されたのではないだろうか。9.11同時多発テロを通じ安全保障のあり方に変化が見られたように、今回の「ツナミ」による自然災害は、安全保障の概念そのものを再構築させるだけの歴史的要素を含んでいると考えられる。

 ■安全保障のパラダイムのシフト

 広辞苑によると、安全保障とは、「外部からの侵略に対して国家および国民の安全を保障すること。各国別の施策、友好国同士の同盟、国際機構による集団的安全保障など」と解釈されている。

 しかし、冷戦が終焉し、人類が直面している脅威は、むしろ大国同士の戦争ではなく、国際テロ組織やならずもの国家による破壊的行為、そして自然災害である。そこで、安全保障を人為的行為の視点のみで考察するのでなく、国際テロ、自然災害、エイズ等の病、ならずもの国家の脅威に対応する総合的かつ統合された安全保障の概念が必要とされる。

 現在の安全保障の概念には西洋思想が奔流にあり、東洋思想のインプットが皆無である。そこで、安全保障のパラダイムがシフトされる状況を織り込み、自然、宇宙、感性を強調する東洋的見方を世界に伝えることが大切であると切実に感じる。

 ■禅思想と哲学

 先人はこの考えに達観している。禅思想と哲学を相呼応させた鈴木大拙と西田幾多郎の思想である。ともに1870年に金沢で生まれた親友の二人の思想こそ、21世紀の今日の世界が必要としているのではないだろうか。

コロンビア大学等で教えた鈴木大拙は、西洋民族の意識の底に何があるかを見つめ、如何に東洋的見方が重要であるかを以下のように述べている。

「西洋文化には、二分性から来る短所が著しく見え、それが今後の人間生活の上に何らかの意味で欠点を生じ、世界文化の形成に面白からぬ影響を及ぼすと信ずる。東洋的思想の中で最も大切で根本的なもの、それを一口でいうと「自然」にかえれである。乾燥した概念性のものをやめて、原始的心情に戻って「自然」と一つになりたい。対立を越える英知が東洋の思想にある。この思想を多くの人に理解してもらいたい」。

 世界に活躍した鈴木大拙と違い、生涯海外に出ることのなかった西田幾多郎は、「善の研究」の中で哲学の根底を語っている。

「いわゆる自然界においては、唯一の現象が起こるのはその事情に由りて厳密に定められている。理に従うのは即ち自然の法則に従うのであって、これが人間において唯一の善である。ただ内心の自由と平静とが最上の善であると考えた。神は宇宙の根本であって、また神は、万物の目的であって、即ちまた人間の目的でなければならぬ」。

 二人の偉人が伝える思想は、自然の普遍的原理であり、知的直観であり、西洋的思想と一神教で画一化システム化された世界への警笛である。

 ■自然と科学をシンクロナイズさせる

 霊長類の頂点にある人間が「ツナミ」の犠牲になったが、野生動物は自然の脅威から見事に逃れることができた。まだまだ解明されてない生物の神秘がある。例えば、犬の臭覚は、人間の数万から数百万倍で、聴覚は、数千倍だといわれている。いわんや野生動物の自然に直結する能力に関しては、とうてい人間の科学が太刀打ちできない領域であろう。 

 日本人は、自然とシンクロナイズさせる思想をずっと育んできた。この思想は、自然の恵みを受け、また自然の脅威を体験してきた日本の風土で養われてきた。自然災害を最小限に抑えるメカニズムを形成するに、科学技術と野生動物の習性や第6感を統合・調和させ、そしてそれを実用化させる知恵が求められる。このような発想こそ東洋的な見方である。自然災害の予防に役立つのみならず、安全保障の概念を包括的・統合的に考察するための基礎となるのではないだろうか。

 ■国際協力のベクトル

 国連の目的は、国際平和と安全の維持のために集団的安全保障措置を講じ、経済・社会・文化など非政治的分野での国際的協力による問題解決を図ることなどである。しかし、冷戦中は、米ソの対立で国連の集団的安全保障は機能しなかった。戦後、60年を経て、遂に日本やドイツ等の敗戦国の意向も反映される国際環境が整ってきた。

 ツナミの被害の深刻さが伝わるにつれ、各国の緊急支援の額が急速に増えたように国際協力のベクトルの方向性が明確になってきた。ツナミの緊急支援は、各国の戦略的な動向より、むしろ市民レベルの博愛主義に根ざしたものであった。草の根レベルの民間資金が、政府援助を越えたのは、注目に値する。南北問題、東西のイデオロギーを超越した国際協力こそ、理想的な国際協力の真実である。歴史を見ても、これ程、世界が国際協力というベクトルで一つにまとまったことはなかったであろう。

 ■東西思想をシンクロナイズさせる

 8代の米大統領に仕え「共産主義封じ込め政策」を実践した冷戦の戦略家、ポール・ニッツの思想、並びにケネディーの平和構想を歴史と地理を越え、東洋思想とシンクロナイズさせることにより、とてつもない乗数効果的な構想が生み出されると思われてならない。

 中国と北朝鮮の国境を流れる鴨緑江に世界最大級の水力発電ダムを戦前に建設し、東南アジアの大規模なインフラ整備に貢献したのが「開発協力の父」、久保田豊である。その哲学と「共生の思想」を実践しているのが久保田の最後の弟子、コーエイ総合研究所の小泉肇社長である。ワシントンでポール・ニッツの戦略思考に触れ、シンクタンク的発想が日本に必要であると感じてならない。加えて、アメリカや国連機関などに欠けているのは、久保田が描いた開発コンサルタントの大規模な開発空間計画であり、インフラ整備と人材育成の接点がある東洋的な共生を重んじる実践的な構想であると考えられる。ポール・ニッツは97歳、久保田は96歳の長寿を全うした。この二人の広く深い戦略と青写真をシンクロナイズさせることにより、21世紀の安全保障のヒントが見いだされるように思われてならない。
 
 国際テロ、大自然災害、エイズ等の病、ならずもの国家から守るというこれらの脅威を同時に予防する新たなる安全保障と平和戦略の構築が不可欠である。その実現のためには、論理万能主義ではいけないし、東洋的な精神的な見方だけではいけない。そして、豊かな国の視野だけでは狭すぎるし、途上国や被災地の草の根の目線だけでは、全体を見失ってしまう。東西南北の接点を見いだす努力が必要である。まさに、東西思想の調和と南北協力のダイナミズムをヒューマニティーの視点で実践することであろう。
East meets West, West meets East.
North meets South, South meets North.

 市場経済、消費文化は、20世紀の繁栄を支えた。しかし、繁栄とは裏腹に自然の生態系に悪影響が出て、自然災害が多発している。地球が何億年もかけて蓄えてきた化石燃料を短期間で消費しているこの百年の人類の行動を察すれば当然の結果であるかもしれない。戦争や紛争を予防する国連の集団的安全保障は、必要である。それと同等に求められているのが自然災害や病原菌から守るという世界が共有できる安全保障であろう。新たな安全保障を総合的、統合的、そして協調的に構築するためには、東洋的な見方で自然に帰趨することが肝要である。

 中野さんにメールは mailto:tomokontomoko@msn.com

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