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ビッグ・リンカー達の宴2−最新日本政財界地図(17)

2004年10月21日(木)
萬晩報通信員 園田 義明
 ■南満州鉄道とユーラシア大陸横断鉄道とハリマン事件

 太平洋戦争の最も近い原因は、満鉄線での張作霖爆殺(1928年6月)と満鉄線を爆破した柳条湖事件(1931年9月)に発する満州事変である。満州事変前の旧満州では、日本、ロシア、米国、中国を中心とする4カ国が、鉄道権益をめぐって覇権争いを展開していた。太平洋戦争勃発の原因を探っていくと、この南満州鉄道(満鉄)に行き当たると指摘する声がある。

 ロシアはハルビンから旅順へ南下する支線も敷設したが、日露戦争の結果、この支線の長春以南を日本が獲得、そして南満州鉄道が生まれた。セオドア・ルーズベルト大統領が日露講和の調停を果たしたのも、J・P・モルガン・グループとクーン・ローブ・グループへの配慮から旧満州の鉄道権益に割り込もうとする狙いがあったからだ。

 そして、1905年9月、鉄道王として知られたユニオン・パシフィック鉄道のエドワード・H・ハリマン(W・アヴレル・ハリマンの父)がクーン・ローブ・グループの代表として日本を訪れる。目的は日本政府との間に南満州鉄道の共同経営に関する合意によって、ユーラシア大陸横断鉄道を実現させるためである。しかし、10月13日の離日の際にハリマンが手にしていたのは正式調印ではなく覚書だけである。そして、その覚書も10月27日には日本側からの電報一通で破棄される。 

 ハリマン率いる米国との共同経営賛成派には元老の井上馨、国際派財界人の渋沢栄一らがいたが、「血を流して手に入れた満州の権益を米国に売り渡すことはできない」という外相小村寿太郎らの反対で実現に至らなかった。

 ■高橋是清とクーン・ローブ・グループの怨念

 このハリマン事件の背景には高橋是清が深く関わっている。この前年、欧米列強と肩を並べることを夢見た日本は戦費のメドも立たずに日露戦争に臨んでいく。そして、元老の松方正義、井上馨の命を受け、ロンドンへ目標額1000万ポンドの資金調達の旅に出たのが、当時日銀副総裁であった高橋である。高橋は外債発行によってシティーから500万ポンド、シティーで得た知己をもとに米国から500万ポンドを調達することに成功した。

 この米国から500万ポンドを引き受けたのがドイツ系ユダヤ人のジェイコブ・シフに率いられたクーン・ローブ・グループである。そして、この引き受けの理由にはユーラシア大陸横断鉄道への目論見もすでに存在していた。しかし、シフと親密な交流を結んだ高橋の配慮も虚しく、電報一通で彼らの野望を打ち砕いたのである。

 日露戦争を勝利に導いた恩人であるクーン・ローブ・グループに対する理不尽な事件として、日本では感情論的に解釈されてきた。そして、一部の狂信的な識者達によって、この事件こそが太平洋戦争勃発の原因であると語り継がれてきた。

 そして、このハリマン事件こそがトラウマとなって現在の日本の外交政策を縛り付けている。国益か国際協調かの岐路に立たされた時、必ずこのハリマン事件が教訓として引き合いに出される。

 イラク戦争では賛成と反対とで国際社会が分裂する中で、国益重視の立場から米国・英国協調の道を選択した。ブッシュ大統領やチェイニー副大統領の背後にあるクーン・ローブ・グループの長年の怨念に畏れおののき、太平洋戦争の悪夢が蘇っていたのだろう。

 また、日本が中国に接近し始める時にも必ずハリマン事件が登場し、その教訓は中国を中心とするランド・パワー・アレルギーを生み出した。日本は今なお「中国に手を出せば、また欧米にやられる」との恐怖から解き放されていない。

 ■日本の国家戦略上の重大な失敗

 このハリマン事件に関する著作『満州の誕生 日米摩擦の始まり』を書いた久保尚之は、ハリマン帰国後の1905年11月27日成立の第五回目外債発行に対して、申し込み倍率の低下はあるものの米国銀行団が応じたことを示しながら、ハリマン事件が米国金融界を激怒させたわけではないと指摘している。

 また、ハリマン事件の背景にはJ・P・モルガン・グループとクーン・ローブ・グループの中国市場をめぐる熾烈ななわばり争いが存在しており、J・P・モルガン・グループの工作こそがハリマン事件の真相であった可能性すらある。いずれにせよ、彼らはあくまでもビジネスを主眼としており、日本的な感情論で解釈すべき問題ではない。

 結果としてみれば、1907年の恐慌を契機としてJ・P・モルガン・グループの産業部門と金融部門における圧倒的な支配力が確立され、国務省に人脈を拡げながら、対外活動における米国の「ドル外交」の推進役となった。そして、宿敵であるクーン・ローブ・グループを自らの補助役に収める一方で、中国市場の再分割運動に乗り出すことになる。

 J・P・モルガン・グループが世界を席巻していく中で、日本でも井上準之介とJ・P・モルガンのトマス・ラモントの関係が確立されていくが、日本政府は恩義のあるクーン・ローブ・グループに特別な配慮を示していた。

 確かに、中国という地政学的な重要性から、日本がハリマンの提案を受けていたら、二十世紀、そして二一世紀の「世界の歴史」は変わっていたかもしれない。しかし、日米英の協調関係ができることはあっても短命で終わっていた可能性が高く、太平洋戦争を踏み台にして米国の世紀が大きく前進した以上、日米破局は避けられなかったと見る方が的を射ている。

 これは、地政学的な分析から、開戦に先立つ35年前の1906年にはルーズベルトも関わった対日戦争戦略計画としての「オレンジ・プラン」が策定されていたことや、原爆の開発・製造自体がドイツか日本に投下するためではなく、当初から日本のみを標的としていたこと(岩城博司『現代世界体制と資本蓄積』に詳しい)からも明らかであろう。

 日本としては、白人以外の国で、かつキリスト教国ではない国、そして新型兵器の開発に結び付くほどの強国を他に見出して、米国にぶつける方法も存在したかもしれない。しかし、当時の中国もしたたかな外交を繰り広げており、中国の方が上手だった。これこそが日米破局の原因のひとつである。

 それにも関わらず、せっかく築いた数少ない国際派人脈としての高橋是清=ジェイコブ・シフ・ライン、そしてそれに続く井上準之介=トマス・ラモント・ラインを、軍部による暗殺という原理主義的な手段を用いて、自らの手で断ち切った。国家戦略上の失敗をあげるとすれば、まさにこのことを問題にするべきだろう。

 ■岡崎久彦系人脈のトラウマとしてのハリマン事件

 イラク戦争における米国への支持を再三訴えた岡崎久彦が次のように書いている。

「あの時に日本がハリマンの提案を受けていたらば、二十世紀の歴史はまるで変わっていたでしょう。アメリカの極東外交は、単なる領土保全、機会均等というお経だけでなく、日本をパートナーとして共同で満州経営を行う形をとり、また日本では、伊藤(博文)が健在だった時でもあり、第一次大戦の国際情勢の中で、対露、対支政策について、日米英の協調路線ができていた可能性は小さくありません。」(2002年5月1日付産経新聞朝刊)

 また、藤岡信勝は教育専門誌に書いた連載講座の一編である「『戦略論』から見た日本近現代史」で、『明治期の東アジアのパワーバランスの側面から日露戦争をとらえつつ、戦勝後に米国の鉄道王ハリマンが提案した南満州鉄道の共同経営を拒否したことを重視している。日英同盟の選択は、与えられた戦略的環境のもとで日本にとっての「最適解」だった。しかし、満州経営に米国を加えておけば、その後の日米破局を回避できたという意味で、ハリマン提案拒否は日本の国家戦略上、重大な失敗だった。』と書いている(1995年12月1日付産経新聞朝刊)。

 この岡崎久彦と藤岡信勝の名前から、「新しい歴史教科書をつくる会」、チャンネル桜、産経正論につながる人脈が浮かび上がり、この人脈から宗教的な団体を見出すことができる。日本におけるユダヤ=イスラエル・ロビー的な役割を演じている「原始福音・キリストの幕屋」の存在である。

 これは、米国キリスト教右派とユダヤ教との同盟ネットワークが世界的な規模で拡大し、日本の保守勢力にまでその影響が及んでいる可能性を示している。そして、イラク戦争はまさしくこの不気味なネットワークの存在を見せつけるものとなった。

 イラク戦争における日本の米国追従姿勢も、ハマコーこと浜田幸一のように「米国の秘めたる凶暴性を原爆という手段によって経験したからこそ、今はまだ追従するしかないのだ。」とはっきりと言い切ってしまえば説得力もあった。しかし、この岡崎系人脈の中にはこう語る人もいるかもしれない。

「ハリマン事件でユダヤ系を裏切ったために太平洋戦争に巻き込まれた。従って、イラク戦争でもイスラエルと同盟を組むユダヤ系ネオコンを裏切れるわけがない。米国追従あるのみだ。」

 確かに高橋是清はユダヤ人脈を最大限に利用した。この点でこうした岡崎系人脈の主張も一理ある。しかし、今や米国同様にユダヤ人も真っ二つに分裂している。

 ブッシュ政権を強く批判してきたジョージ・ソロスは、ついにチェイニー副大統領を「大統領の背後にいる正真正銘の悪魔だ」と非難している(10月12日)。このソロスの存在こそがユダヤ人が分裂している証であり、こうした岡崎系人脈の主張があるとすれば、バランスを欠いた原理主義的なものと言わざるを得ない。

 無関心が原理主義を助長する。そして今再び日本はかつてない危険地帯に足を踏み入れているように思えてならない。

  園田さんにメール mailto:yoshigarden@mx4.ttcn.ne.jp

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