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ふたつのアメリカ/映画『パッション』編

2004年04月09日(金)
萬晩報通信員 園田義明

 ■レッド・ステイツとブルー・ステイツと
          フィフティ・フィフティ・ネーション

『文明の衝突』(鈴木主悦訳、集英社、1998年)を書いた国際政治学者サミュエル・P・ハンチントン・ハーバード大学教授は、米国単独のイラクへの軍事行動に対して明確に反対したひとりである。世界が多極化へと移行しつつあると指摘した上で、ブッシュ政権のユニラテラリズムを批判し、外交による解決を訴えていた。

 ハンチントンは『文明と衝突と二一世紀の日本』(鈴木主悦訳、集英社新書、2000年)の中で、西欧の遺産によって成り立つ米国のアイデンティティーにこだわり、多文化主義(マルチ・カルチュラリズム)こそが米国と西欧を脅かすと主張していた。そして、「多文化的な米国はありえない」と言い切り、米国のアイデンティティーを守るためには世界の多文化性を認めなければならないと主張した。

 ハンチントンが最も恐れたのは「米国の分裂」であり、回避する手段として多文化主義を否定し、アイデンティティーの見直しを主張したのである。確かに同時多発テロ直後には憎むべき敵を前に米国は強く結束した。その一方でテロ捜査のための盗聴や個人情報の閲覧などを合法化し、外国人を具体的容疑がなくても7日間拘束できるとする愛国法を成立させるなどして取り締まりを強化した結果、イスラム教徒を中心に不当と思われる拘束が相次いでいる。そして、キリスト教右派指導者達のイスラム教徒に対する憎悪に満ちた発言が繰り返される中で米国内部に新たな差別と憎悪を生み出している。

 これはハンチントンも批判したクリントン時代の行き過ぎた多分化主義に対する修正を通り越して、米国内部の「文明の衝突」につながる可能性を秘めている。つまり、これまでに何度となく危機感をもって取り上げられてきた「米国のバルカン化」が現実味を帯びてきたのである。

 この「米国のバルカン化」はかつて米国の歴史学の大御所であるアーサー・シュレシンジャー・ジュニアが『アメリカの分裂』(都留重人監訳、岩波書店、1992年)で取り上げ、最近ではチャールズ・カプチャン米ジョージタウン大学教授も米国の地域的差異を再三指摘している。そして、この真っ二つに割れた米国を象徴するかのように、最近の米メディアでは「レッド・ステイツ(共和党支持州)とブルー・ステイツ(民主党支持州)」や「フィフティ・フィフティ・ネーション(五〇対五〇の国)」などの言葉が頻繁に使われている。米国のユニラテラリズムによって引き起こされた「文明の衝突」が、回りまわって米国内部を脅かし始めているのである。

★以上拙著『最新・アメリカの政治地図:地政学と人脈で読む国際関係』(講談社現代新書)
弟7章「トヨタに学ぶ21世紀の歩き方」“テキサスに乗り込む理由”より抜粋

 ■映画『パッション』の世界

 『最新・アメリカの政治地図:地政学と人脈で読む国際関係』で取り上げた「ふたつのアメリカ」を今後深く掘り下げていきたいと思う。特に音楽、映画、文学などのポップカルチャーを見ていくことで、普通の米国人の姿が見えてくるだろう。現在米国で話題を集めている「ザ・パッション・オブ・ザ・クライスト」(邦題『パッション』日本公開5月)から取り上げてみたい。

 メル・ギブソン自らが監督・製作・脚本を手掛け、私財約2500万ドルを投じて完成させたこの映画は、4つの福音書などをもとにイエス・キリストの「最後の12時間」をリアルに描写している。またキリスト教徒は2000年近くにわたって、イエスを死に追いやったとしてユダヤ人を迫害し、反ユダヤ主義をあおった経緯があるため、公開前から米メディアでは大論争が起こっていた。2月25日の公開後もニューヨークでユダヤ系市民が反対デモを行う一方で「素晴らしい映画だ」とほめたたえる声も上がり、米社会を二分する論争となっている。またカンザス州では映画を見た女性が心臓まひを起こし死亡する事件や、この映画を見た米テキサス州の男性が回心し、恋人の女性を殺したと自首するといった報道もある。

 3月12日発表のギャラップ調査によれば、成人の11%にあたる2400万人が既に映画を見ており、65%が今後劇場かビデオで見る予定と答えている。そして、見る理由として61%が宗教的内容、18%は俳優メル・ギブソンによる製作を挙げている。捕らえられたキリストがむちで打たれ血まみれになるショッキングなシーンに対しても87%が適切だとしている。

 大統領選を目前に控え、この映画がカトリック保守派とプロテスタント右派とユダヤ教左派の奇妙な連携を生みだしている点が興味深い。

 ■超保守派カトリックとキリスト教右派

 メル・ギブソンは、米国・ニューヨーク州ピークスキルに生まれ、12歳の時にオーストラリアに移住している。ギブソンは自宅近くに教会を建設するほどの熱心な超保守派カトリックであり、聖書や教義に忠実な立場をとっている。

 この映画のプロモートのためにキリスト教右派団体が動員されており、大量のチケットが宗教関係者によって買い占められた。クリスチャン・コアリションは映画館に足を運ぶようにと信徒に呼びかけ、とりわけ二〇世紀を代表するテレビ大衆伝道師であるビリー・グラハムはこの映画を一生分の説教と同等の価値があると絶賛し、「感動のあまり涙を流した」のコメントが強烈にこの映画を後押ししたのである。
 
 ビリー・グラハムはブッシュ大統領を回心(ボーン・アゲイン)させ、アルコール依存症から立ち直らせたことはよく知られている。南部バプテストの福音派宣教師から1950年にビリー・グラハム福音宣教団を設立、「大統領の牧師」としてトルーマン大統領からクリントン大統領まで戦後歴代のほとんどの大統領就任式で祈祷を受け持ち、福音派のエスタブリッシュメント的存在である。また過去に行われた世論調査では、ローマ法王を大きく引き離し、「米国で最も信頼される宗教家」に選ばれてきた。

 現在、ビリー・グラハムはパーキンソン病を患い、ビリー・グラハム伝道協会の総裁には息子のフランクリン・グラハムが就任している。ビリー・グラハムがキリスト教右派の中でも比較的他宗教に対して穏健であったのに対し、フランクリン・グラハムは同時多発テロ直後には「大統領の祈とう者チーム」を立ち上げ、イスラム教を邪悪な宗教と呼ぶなど原理主義的な宗教へと傾斜しつつある。

 ビリー・グラハムは独自に北朝鮮との密接な友好関係を築き、それを受け継いだフランクリン・グラハムも度々訪朝している。またビリー・グラハムはレーガン大統領に対してバチカンに米国大使を置くことに尽力したこともあることから、この映画によってカトリックとプロテスタントとの関係が見直されるきっかけとなるはずである。

 このカトリックとプロテスタントの接近に対して危機感を持って見つめているのが、ネオコンである。

 ■ネオコンの『パッション』批判

 ネオコンの論客であるチャールズ・クラウトハマー(ワシントン・ポスト紙コラムニスト)、ウィリアム・サファイア(ニューヨーク・タイムズ紙コラムニスト)は、映画『パッション』を反ユダヤ主義だとして強烈に批判している。クラウトハマーやサファイアは、この映画によってキリスト教右派とイスラエルとの関係が悪化し、ネオコンとキリスト教右派の同盟関係に波及することを恐れたのであろう。

 かつて、ネオコンの思想的首領であったアーヴィング・クリストルは、1984年7月号の「コメンタリー」誌にて、ユダヤ系米国人はジェリー・ファルウェルや他のキリスト教右派との同盟をもっと緊密なものにすべきだと主張している。この中で「リベラリズムは、いまでははるかに守勢に回ったため、ユダヤ系はそれから足を抜くべきだ。われわれ追いつめられた者は、味方の選り好みをする余裕はないのだ」と書いた。そして、「ユダヤ系米国人にとって、イスラエルこそが一切に優先する課題であり、キリスト教右派がイスラエルを支持するのであれば、ユダヤ系米国人は同胞挙ってキリスト教右派を支持すべきだ」と呼びかけた。(グレース・ハルセル著「核戦争を待望する人びと」)。

 このアーヴィング・クリストルの主張は、ネオコンが民主党と決別し、キリスト教右派と接近しながら共和党勢力へと向かわせる重大な転機をもたらしたのである。

 しかし、保守の立場からこれまでブッシュ政権支持を表明してきたメル・ギブソンまでもが3月16日のラジオ・インタビューで大量破壊兵器に関連してブッシュ大統領に疑念を抱きつつあることを語り始めている。この映画によって、「レッド・ステイツ(共和党支持州)」に亀裂が入ったことは間違いない。果たしてネオコンが今再び安住の地を求めてさすらう民となるのだろうか。

 そして、4月6日にはメル・ギブソン本人が選曲を行った邦題「パッション?ソングス・インスパイアード・バイ(日本発売4月21日)」が発売され話題を集めている。ボブ・ディラン、レオン・ラッセル、ニック・ケイブ、レナード・コーエン、そしてリッキー・スキャッグスなどユダヤ教やキリスト教に深く関わってきた曲者ミュージシャンの楽曲が収録されている。大統領選を前に音楽業界ではレッドとブルーの色分けがますます鮮明になってきた。

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□引用・参考

Two Separate Nations in a Race for the White House
http://www.zogby.com/news/021804.html

Christian Coalition Encourages All Christians and Their Families to See Mel Gibson's Movie 'The Passion'
http://releases.usnewswire.com/GetRelease.asp?id=117-02252004


Evangelist Billy Graham Reviews Gibson's 'The Passion of the Christ'
http://www.lifesite.net/ldn/2003/nov/03112604.html

Gibson's Blood Libel
By Charles Krauthammer
http://www.washingtonpost.com/ac2/wp-dyn?pagename=
article&node=&contentId=A31980-2004Mar4&notFound=true


Not Peace, but a Sword
By WILLIAM SAFIRE
http://www.nytimes.com/2004/03/01/opinion/01SAFI.html?ex
=1081569600&en=4d8d7752b39725ae&ei=5070


FILM-U.S.:'The Passion' Incites New Divisions Among Neo-Cons
Jim Lobe
http://www.ipsnews.net/interna.asp?idnews=22755

Neoconservatives still liberal on "The Passion"
Wednesday, March 24, 2004
http://www.illinoisleader.com/letters/lettersview.asp?c=13327

パッション?ソングス・インスパイアード・バイ
http://www.cdjournal.com/main/news/news.php?nno=6365
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