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ジャネット・ジャクソン事件とムーブオン

2004年02月14日(土)
中澤英雄(東京大学教授・ドイツ文学)

 2月1日に行われたプロフットボールの王座決定戦スーパーボウルのハーフタイムのショーの中で、歌手ジャネット・ジャクソン(マイケル・ジャクソンの妹)の胸が露出した事件は、全米で大きな騒ぎを引き起こした。J・ジャクソンと相方のジャスティン・ティンバーレイクは偶発的な事故だったと主張しているが、どこまでが演出でどこまでが偶然なのかは、藪の中である。このショーはMTVネットワークス社によってプロデュースされたが、MTVのウェブサイトでは、ハーフタイムショーの前から振付師がインタビューで「ショーにはショッキングな瞬間がある」と明言していたとのことである。 http://www5.big.or.jp/~hellcat/news/0402/03a.html

 MTVはアメリカの巨大メディア企業ヴァイアコム(Viacom)社の1部門である。スーパーボウルはCBSによって中継されたが、CBSもヴァイアコムの1部門である。 http://www.hotwired.co.jp/news/news/business/story/3498.html http://www.hotwired.co.jp/news/news/Business/story/3030.html

 つまり、このショーはヴァイアコムによって企画され、放送されたものであった。この事件はかぎりなくヴァイアコムの「ヤラセ」に近い。それでは、何のためにこんな「ヤラセ」が行なわれたのだろうか。CBSをめぐるもう一つの「事件」を知っている者には、その「事件」からアメリカ国民の目をそらさせるためではなかったのか、という疑念が浮かんでくる。

 実はこの放送の途中に、草の根民主主義を推進するムーブオン(MoveOn)というグループが広告を流す計画があった。スーパーボウルは全米でもっとも多くの視聴者が見る番組である。その広告料も莫大な額になる。しかし、ムーブオンはこのゴールデン番組にあえてある挑発的な広告を流そうとした。それは「Bush in 30 seconds(30秒でわかるブッシュ)」というブッシュ大統領を批判する広告であった。
http://www.hotwired.co.jp/news/print/20040120202.html

 ムーブオンは全米から広告作品を募集し、最優秀作品「Child's Pay(ツケは子どもに)」が放映される予定であった。しかし、CBSは、自社の「ポリシー」に反するという理由で、この広告を拒絶した。 http://www.chunichi.co.jp/00/dgi/20040205
/ftu_____dgi_____000.shtml


 アメリカでは、選挙の対立候補の欠点を暴き批判するネガティブ・キャンペーンはごく一般的である。だから、アメリカの基準からすれば、この広告はJ・ジャクソンのパフォーマンスのような公序良俗に反するものではない。内容も決して、口汚くブッシュを批判するマイケル・ムーア監督(『アホでマヌケなアメリカ白人』、『おい、ブッシュ、世界を返せ!』)のような露骨なものではない(ムーアは選考委員の一人ではあったが)。しかも、まだ大統領選挙も始まっていない。これは、ブッシュ大統領の人格を攻撃するのではなく、ブッシュ政権の現在の政策を批判する広告である。
 「Child's Pay」:
 http://www.bushin30seconds.org/view/01_small.shtml

 CBSがこの広告を「ポリシー」に反するから拒否するというのは、自分たちの局ではブッシュ批判を許さないということであり、明らかに巨大メディアによる言論の抑圧である。こうした文脈から見ると、J・ジャクソン事件は、真に重大な事件を隠蔽するための目くらましではなかったか、とも思えてくる。

 さて、この広告を仕掛けたムーブオンというグループは元来、911事件の直後、アメリカのアフガン爆撃に反対するエリ・パリーザー(Eli Pariser)という無名の青年が作ったインターネット署名サイトがその出発点である。このサイトは、最初シカゴ大学のサイトに掲載されていたが、アクセスがあまりに殺到して、別のサーバーに移った。パリーザーはまたたくまに世界中から50万人以上もの署名を集め、ブッシュ大統領、ロバートソンNATO事務総長、ロマーノ・プローディEU大統領らに反戦の署名簿を提出した。

 パリーザーの請願文の和訳: http://www.peace2001.org/gpc/gpc_chi_unv.html

 パリーザーの活動に注目し、彼に協力を申し出たのが、ウェス・ボイド(Wes Boyd)であった。シリコンバレーでソフトウェア会社を経営していたボイドはすでに、同業の友人ジョアン・ブレイズとともに、MoveOnという政治サイトを作っていた。両方のサイトは合併し、新たなMoveOnサイトとなって再出発した。パリーザーは現在、このサイトの専従職員になっており、全米の反戦平和運動の重要なリーダーの一人となっている。弱冠23歳の青年がたちまちのうちに世界に影響を与えるまでになるというのは、まさにインターネット時代でなければありえない出来事である。 http://www.motherjones.com/news/hellraiser/
2003/05/ma_379_01.html
http://www.moveon.org/about/

 このサイトはその後、テロとの戦い、イラク攻撃と、軍事強硬路線に走るブッシュ政権に反対する人々が数多く集まり、現在では200万人もの参加者を数えている。その寄付金によってゴールデン番組に広告を出せるほどであるから、その力は相当のものである。

 ムーブオンの批判は、ブッシュ政権の嘘、利権疑惑、スキャンダル、イラク戦争の実態などをまともに報道しない既成のマスメディアにも向けられている。悲惨な戦争場面がテレビ、新聞、雑誌によって大々的に報道されて、ついには戦争中止に追い込まれたベトナム戦争の経験をもとに、ブッシュ政権は報道管制を敷き、爆撃で殺されたアフガン人やイラク人の死体の悲惨な姿や、戦闘で死傷したアメリカ人兵士の姿がテレビや写真に登場しないように最大限のコントロールをしている。マスメディアはブッシュ政権を批判するのではなく、その報道統制に協力している。このような状況の中で、政治意識に目覚めたアメリカ人は、マスメディアの報道に不審をいだき、インターネットに真実の情報を求めているのである。

 当然のことながら、ブッシュ政権に反対するムーブオンは民主党に肩入れしている。今回の民主党は一時は10人以上もの候補者が乱立する大混戦であった。そこでムーブオンは昨年6月に、ネット上で民主党候補者の「予備選」を行なった。31万7639人が投票し、イラク戦争反対を唱えていたリベラル派のハワード・ディーン知事が44%の得票で圧勝した。第2位は、これも反戦リベラル派のデニス・クシニッチ下院議員(24%)で、第3位は、中道派のジョン・ケリー上院議員(16%)であった。 http://www.yomiuri.co.jp/net/media/20030708me01.htm

 当初、インターネット予備選で1位になったディーン候補が、世論調査でも民主党候補者レースのトップを走っていた。ところが、予備選が近づくにつれ、ディーン候補の人気が徐々に落ち、それまであまり目立たなかったケリー候補が急浮上してきた。そして実際に予備選が行なわれると、ディーン候補は惨敗し、ケリー候補が各州で圧勝をつづけている。

 このような選挙結果には、マスメディアの報道姿勢が大きな影響を与えている。

 ディーンの人気が急落したのは、予備選の最初の関門である1月19日のアイオワ州党員集会の報道がきっかけである。アイオワ州ではケリーが1位になったが、アイオワ州の代議員数は少なく、予備選全体にとってそれほど大きな比重を占めるものではない。ところが、アイオワでのディーンの演説が、マスメディアによって徹底的に嘲笑されたのである。

 日本のマスメディアが報道しないアメリカの政治状況を鋭く暴き出しているニュースサイト「暗いニュースリンク」はこう分析している。

  《この「怒れる反ブッシュ大統領候補」の人気を抑えるために、米テレビ局各社は一斉に「絶叫スピーチ」ビデオをトーク番組やニュースで流しまくり、記者、コメンテイターやトークショーホストは「怒りっぽい田舎者」「民主党のアイスホッケーコーチ」「大統領にふさわしくない」としてディーン候補を徹底的に笑いものにしてみせた。スピーチ後の4日間に、主要テレビ局だけで633回もこの「絶叫」を取り上げたのである。

 そして、その繰り返し放映されたビデオは巧みに選択・編集された作品だった。ハワード・ディーンの叫びだけが増幅されたビデオを、各テレビ局は意図的に使用していたのである。実際のスピーチ現場では、サポーターの声援でディーンの叫びなど聞こえなくなるほどだったのだ。もしこの「本物バージョン」が放送されたなら、ディーン人気に視聴者は心動かされ、その後の民主党候補者選びに大きな影響を与えたかもしれないのである。(それこそ米マスメディアが最も恐れていることだ)

 ディーン夫妻のインタビュー番組を主催したABC放送のダイアン・ソウヤーは、インタビュー中にこのカラクリを発見し、「ディーン"叫び"の真相:テレビで放送されなかった現実」として新たに放送し、各テレビ局に事実関係を糾すとともに、(少々遅すぎたのだが)ハワード・ディーン氏の名誉回復に努めたのである。

 ここまでの例を見るまでもなく、米マスメディアはディーン候補を必死につぶそうとしている。2003年度においてディーン候補を取り上げたテレビ番組の内、好意的に扱ったものはわずか49%。つまりディーン氏はテレビに出る度に2回に1回づつ番組内で批判されているわけだ。こうしたメディア側の努力がアイオワ州でのディーン人気下落を決定づけたのはいうまでもない。

 ディーン候補はスピーチの度に、巨大メディアの放送網独占、横並び報道を痛烈に批判している。実際、5大メディア企業(ヴァイアコム、ディズニー、AOLタイムワーナー、ニューズコーポレーション、NBC/GE)は米国内プライムタイム放送の70%を独占し、ケーブル放送、ラジオ、出版、映画、音楽、インターネットにまで支配の手を伸ばしている。この「メディア独占問題」はメディア企業がアメリカ国民に最も気づいて欲しくない事実であり、ディーン候補の意見に耳を傾ける視聴者が増えるのは困るわけである。(ついでに、日本国内でもディーン候補に関する報道が消えたことに注目してほしい)》

http://hiddennews.cocolog-nifty.com/gloomynews/cat239411/index.html
 イラク戦争に反対し、マスメディアの報道独占に異議を唱えるディーンは、ブッシュ支持のマスメディアにとっては明らかに好ましくない候補なのである。そして、ディーンを支持してきたムーブオンも、マスメディアにとって敵である。本稿の冒頭で、J・ジャクソン事件がムーブオン広告への拒否事件を覆い隠すためのヴァイアコムの「ヤラセ」ではないか、という疑念を述べたのは、現在のアメリカではこういう露骨な報道操作が横行しているからである。

 そうすると、アイオワ州党員集会の直前からケリーが民主党の有力候補者として急浮上してきたのは、ディーンを引きずり落とすためのマスメディアの操作の結果ではなかったのか、という次の疑惑が浮かんでくる。では、マスメディアが支持しはじめたジョン・ケリーとは何者なのか。ケリーは真にブッシュの対抗馬として、アメリカの政治と社会を変革できる人物なのだろうか。(続く)

※2月1日は、アメリカで大きな事件が起きる日のようである。昨年の2月1日にはスペースシャトル・コロンビア号が墜落した。はからずもこの事故も、アメリカのマスメディアの情報操作を浮かび上がらせた。シャトル事故報道における情報操作については、 「宇宙飛行士の言葉はなぜインターネット上にないのか」

http://www.yorozubp.com/0303/030304.htm を参照されたい。

 中沢さんにメール mailto:naka@boz.c.u-tokyo.ac.jp

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