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中国携帯電話市場と日本メーカーの可能性

2003年07月12日(土)
日中ビジネス推進フォーラム 文 彬

 地位が脅かされる「4強」とローカル企業

 米調査大手ガートナー社が発表した今年第一クォーター(2002年1月〜3月)の世界携帯電話販売統計によると、ノキアが35%でトップを独走し、群雄のモトローラ(2位、14.7%)、サムスン電子(3位、10.5%)、シーモンス(4位、7.6%)、エリクソン(5位、4.8%)を大きくリードしている。(パナソニックモバイルが7位、NECが8位。)

 しかし、こと中国国内市場に限ってみれば、ノキア(諾基亜 注)はモトローラ(摩托羅拉)に対して逆に従属的な地位に甘んじているようである。昨年の年間販売シェア率を見ると、モトローラが25.76%で1位、ノキアは18.17%で2位である。(2002年、中国国内の携帯電話機生産台数は1億2700万台、前年比42%増)

 これは、モトローラが今も中国市場に対する先制戦略の恩恵を受けていることを意味している。世界2位の大手携帯電話メーカーであるモトローラは、1992年、天津に会社を設立し、本腰を入れて携帯電話の大量生産に乗り出した。以降モトローラは中国市場では業界ナンバーワンの地位を不動のものにして今日に至っている。中国ではモトローラは携帯電話の代名詞のようにユーザーに親しまれてきた。そのため2002年、モトローラ中国の携帯電話の生産台数は3,750万台と2年連続ノキアに遜色を取られたものの、中国国内販売台数は1,872万台と依然王座を独占している。



 しかし、中国国内における各社の販売台数推移のグラフを見ると、モトローラを含む海外メーカーが軒並み下降傾向を示していることが分かる。これと対照的に中国産の販売シェア率は毎年ほぼ倍増のペースで急進している。そして、昨年度では中国ブランドはついにモトローラとノキアを抑えて約4割の市場を掌握するようになった。中国市場の「4強」と言われている海外4大メーカーの地位がついに崩れたのである。

 ローカル企業の中にバード社(波導、所在地:寧波市)のような巨大メーカーも出現した。中国国内での販売台数ペースでは、1位のモトローラ(1,972.4万台)、2位のノキア(1,134.74万台)に続いて、シーモンスとエリクソンを追い越して3位に上り詰めた(678.55万台)。今年、国産携帯電話の市場シェアは60%に、2004年には80%になるとも予測されているが、その中でバード社は年間販売台数を1,500万台に引き上げると豪語している。

 しかし製造台数から見れば、中国ブランドの合計もモトローラあるいはノキアを下回っている。海外輸出にすれば僅か1%しかなく、「4強」と同日に語ることはできない。つまり、中国ブランドの市場は中国国内に限られてしまうということになる。その理由は主にブランド認知度にあると指摘されている。例えば、ノキアが70%の市場シェアを占める東南アジアでは、中国ブランドは中国国内を下回るような価格設定にもかかわらず、消費者を惹きつける魅力がない。白物家電のように中国ブランドの携帯電話が海外市場を席捲する日はまだまだ遠いように思える。だが、ここで指摘すべきことは東南アジア市場で好調なノキアブランドの携帯電話の大半が中国で製造されているものだということである。

 国産ブランドが売れた理由

 1999年、僅か5.46%だった国産ブランドの市場シェアが、3年後一気に40%近くも拡大した原因は何であろうか。市場アナリストの見方はおおよそ以下のようになっている。
  1. 何よりも価格の競争力。数年前中国で「贅沢品」だった携帯電話が今では生活必需品となっている。モトローラなどのブランドものは依然人々の高級嗜好をそそるものだが、一般市民は「花より団子」と、実用性がある程度満足出来るものならば低価格のものを選ぶ。今、市場を出回っている3桁(1,000元以下)端末はほぼ全て国産ブランドである。
  2. 「ブランド嗜好」(「品牌導向」)から「デザイン嗜好」(「機型導向」)への消費者心理の変化。家電やPCよりもモデルチェンジが速い携帯電話、一般消費者は品質よりもその外見と軽便さでものを選んでいることを一足早く察知したのは国産メーカーであった。技術や性能では負けるが、外見やデザインならば海外ブランドと戦う余地が大きい。例えば、バード社は昨年の一年間で「軽薄小」の折畳式携帯電話を20種類も市場に出した。「低価格、新デザイン」(「低価位、新款式」)戦略で消費者、中でも若者や農村部の消費者の流行をタイムリーに捕捉する国産メーカーはここでも海外ブランドに差をつけたのだ。
  3. 地利を活用した流通とアフターサービスへの注力。販売後の国産ブランドの欠陥品回収率は海外ブランドの2倍だと言われている。品質ではまだまだ海外ブランドの比ではない。しかし、国産メーカーが長年築いてきた、農村部まで深入りした販売網と気の利いたアフターサービスはこれを補完することが出来た。市場シェアではベスト10に入るTCL社は、県クラスの既存販売網を利用し、販促とアフターサービスを展開している。また、多くのメーカーは大型小売チェーンストアと直接販売契約を結ぶことによって、市場との距離を最大限に短縮した。また、国産メーカーが時には利益をぎりぎりまで下げて相手の信じられないほどの大幅値下げ要求に応じたことも珍しくない。「今は利益よりも市場だ」と国産メーカーのトップ達は口々に言う。
  4. 広告戦。韓国の人気歌手金喜善(キム・ヒソン)さんはそのチャーミングな笑顔で消費者を魅了させている。テレビコマーシャル、駅や高層ビルの屋外看板、彼女の姿はどこにも現れる。莫大な契約金を支払っているが、TCL社はこのため儲かったという。パンダ社はCCTV2003年のゴールデンタイムのコマーシャル権を競り落とし、自社製端末を大々的に宣伝している。しかし、膨大な広告費による企業への圧迫も無視できない。純利益が3%以下になったメーカーもある。すでに広告費は研究開発費を上回っている国産メーカーが多いが、携帯電話を巡る広告戦はまだ始まったばかりだと市場アナリストが見ている。
 出遅れの日本と日本のチャンス

 80年代中ごろから、NEC、松下、富士通、沖電気、京セラなど日本を代表するメーカーがすでに中国での事業展開を模索していた。しかしその後、中国が採用したシステムはアナログではTDMA、デジタルではGSM、CDMAだったため、惜しくも商機を欧米勢に奪われ、家電のように大挙して中国全土に広がる場面はついに見ることができなかった。しかし、日本の通信業の長い歴史、特に通信をサポートする基礎技術(マイクロエレクトロニクス、新材料、音声処理、精密機器製造など)では今も世界をリードしているし、これをもって日本企業が後発でも参入できると中国の同業者も見ている。

 そもそも、昔も今も中国ブランドのコア技術のほとんどが海外のものであることにはなんら変わりない。それも近年は韓国と日本に頼るものが多い。2000年6月、中国はニンニクの輸入制限の報復措置として韓国の携帯電話部品の輸入を禁止した。いわゆる「ニンニク・携帯電話戦争」である。しかし、これによって国産機大手の中科健ら数社は生産ラインストップの危機に瀕していた。主要部品のほとんどは韓国からの輸入に依存していたからである。昨年日本が発動した中国農産物に対するセーフガードに中国政府がまともに対抗しなかった時も同様の理由が背後にあるのである。近年中国政府の指導もあり、携帯電話部品の国産率は年々高まっているものの、その多くはコア技術と関係のない部品である。

 実際に、下表を見て分かるように、2000年に入ってから日本勢の進出が目立ってきた。最初は新技術や新製品の実用化試験などの技術提携が多かったが、その後製造と販売に重心を移した企業も多くなってきた。例えば、三洋電機は1995年に中国の情報通信大手である中国普天と共同出資で会社を設立し、コードレス電話機の製造を行ってきたが、2001年12月からCDMA方式の携帯電話サービスの開始を宣言し、翌月から一部の地域で実施し始めた高速のCDMA2000 1xに対応した端末も生産するようになった。三洋電機は年間150万台を目安とし、cdmaOne方式の端末生産で中国でのシェア上位3社入りを目指す計画である。

 また、WTO加盟時の約束(コミット)により、2003年に入ってから携帯電話の輸入は課税対象から外れることになった。今年1月、深センとアモイで通関した輸入携帯電話はそれぞれ97.5万台(昨年同期の8.8倍)、11.8万台(昨年同期の24倍)となっている。具体的な統計数字は見当たらないが、日本製のカメラ付き携帯など、高性能端末も大量に上陸してきたと言われている。

表1:日本メーカーの中国市場参入例

年月

日本メーカー・提携先

業務内容

2000.06

NTTドコモ

北京事務所を設立し、IMT-2000の標準化に関する技術交流など

2001.08

富士通・華南理工大学

TD-SCDMAの実用化

2001.

松下通信工業・米UTStarcom

3G向け基地局事業

2001.11

松下通信工業

大連松下通信ソフトウェアエンジニアリング設立、通信系ソフトウェア開発

2001.12

NEC・松下通信工業

共同出資会社を設立し、中国の大手通信事業者と端末を共同開発

2001.12

京セラ

京セラ振華通信設備を設立し、CDMA生産

2002.01

東芝

CdmaOneを製造し、中国国内で販売

2002.01

三洋電機

天津三洋通信設備を設立し、CdmaOneの生産・販売を開始

2002.01

松下通信工業

中国で2.5G端末を投入

2002.06

ソニー・エリクソン

「ソニー・エリクソン」ブランドを販売

2002.06

三洋電機

上海にPHS基地局のサービスセンターを設立

2003.04

シャープ・大唐電信

カメラ付きGSM携帯電話を中国側に納入



 そして今、話題となっている「小霊通」によって、日本企業の独占的なノウハウと技術がさらに活躍する舞台を得るようになってきた。「小霊通」とは「無線市内電話」であり、利用者は電話開設を行った都市内でしか受発信ができないという意味で日本のPHSと異なるが、基本的には日本のPHS関連技術が応用されている。広東省から全国に広がった「小霊通」は、携帯電話の基本機能を持ちながら、約6分の1の通話料で利用できることによって爆発的な人気を博しており、つい先月北京市内でも解禁されたのである。

 日本企業にとっては、ほとんどライバル不在の商機である。すでに三菱電機、京セラ、三洋電機など、過去に日本のPHSで大活躍していたメーカーは動き始めた。「小霊通」はそのまま中国の携帯電話市場の勢力図を塗り替えかねないほどの衝撃力を持っていると見られている。そうなれば、後発の日本勢が中国で奇跡を起こすことも不可能ではない。

【参考−1】携帯電話の3大製造基地
 中国大陸における携帯電話メーカーは1997年の5社から2002年には37社に増加した。その大半は北京、天津を中心とする「北方基地」(9社)、揚子江デルタ地域の「華東基地」(6社)、そして広東省を本拠地とする「南方基地」(9社)に集中している。

【参考−2】電話加入者数と普及率(2002年)


※本文の作成に当たり、主に下記の資料を参考しました。なお、グラフは、中国情報産業部の発表資料に基づいて作成した。

・「郵電月度統計資料」 中国情報産業部
・「2002年、中国携帯電話の製造と販売に関する分析」 万暁東 中国情報産業部
・「2002年、中国携帯電話機・部品産業の展望」 株式会社富士経済
・「中国の携帯電話市場分析」 経済参考報
・「中国の携帯電話市場がすごいコトになっている」 大門太郎 Mobile News Letter

 文さんにメールはmailto:fwavez@yahoo.co.jp

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WJCF 第一回国際シンポジウム
2010年の中国経済と日本企業のビジネスチャンス

   開催 2003年7月17日(木)13:30〜17:30
   場所  早稲田大学国際会議場(井深大記念ホール)

中国政府は2010年までに国内総生産が2000年の倍になる見通しと発表しています。(約2兆米ドル)
急速に成長する中国市場で確実にビジネスチャンスを掴むために日本企業は今何をすべきでしょうか?
講演者 早稲田大学アジア太平洋研究センター  柳孝一教授
株式会社三井物産 戦略研究所 寺島実郎所長
 (財団法人日本総合研究所理事長)
経済産業研究所 関 志雄上席研究員
株式会社富士通総研 金堅敏主任研究員
株式会社みずほコーポレート銀行 菅野真一郎顧問
ソフトブレーン株式会社 代表取締役会長 宋文洲
早稲田大学アジア太平洋研究センター特別研究員 朱偉徳
主催者 早稲田大学アジア太平洋研究センター
 「日中ビジネス推進フォーラム」

詳しくは下記のサイトをご参考ください。
http://www.j-fep.co.jp/waseda/wjcf_symposium.htm

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