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米国を震え上がらせるイラク原油のユーロ建て輸出

2003年03月05日(水)
ドイツ在住ジャーナリスト 美濃口 坦


 イラクは世界で二番目に大きな原油の埋蔵量を誇る。またそこの油田は採掘コストが低いために魅力があるといわれる。ブッシュ大統領以下現政権のメンバーは石油業界とコネクションが深い。そのような事情から、この油田がお目当てで、米国が戦争をはじめると考える人は少なくない。
 でも、もしかしたら事情はもう少し複雑なのではないのだろうか。

 
「油田お目当て」説反対の論拠

 「油田お目当て」説の反対者は次のようにいう。 
 米国は自国にも油田があり、これで消費の約半分をカバーし、足りない分を主にベネズエラなどの米大陸の産油国から輸入している。中東から輸入分は米国の消費全体の14%を占めるに過ぎない。こう考えると、米国にとって中東の油田は戦争するに値するほど重要でないことになる。
 
 もちろん米国の油田も長期的に見るとだんだん底をつく。でもこれも先の話で、その時までに時間をかけて解決することができるので、米国が今世界中の反対を押し切って戦争をする動機になるとは思いにくい。

 現在、米国は不景気である。今イラクの油田を手に入れて安い石油を大量に供給することは景気回復につながる。メディアの帝王といわれるマードックは戦争がもたらすこの利点を広言してはばからないそうである。確かに戦争で彼のメディアはもうかるかもしれない。でもブッシュ政権と関係の深い米国の石油業者が石油の値下がりを歓迎するかどうか、かなり怪しい。というのは、値下がりは利益減につながるし、またアラスカ油田開発など種々のプロジェクトを抱える米石油業界に低価格は望まししことでない。

 また景気をよくするために戦争するとしたら、これはあまりリスクが大き過ぎるのではないのだろうか。戦争が長引き中東が不安定になり石油価格が高騰するかもしれない。これは世界経済に深刻な結果ひきおこす。このことを考えると、石油のために米国が戦争すると考えにくい。
 他の論拠もあるかもしれないが、米国が石油のために戦争するという説に納得しない人たちは、以上のように考える。

 
ドル建てからユーロ建て

 「石油お目当て」説に反対する人は経済専門家に多い。彼らの多くは「平和主義者」でないが、今回の戦争の動機が経済合理性に反するとみなし懐疑的である。また経済界にも戦争を歓迎しない人々が多いのは、戦争が冷え込んだ景気を更に悪化すると思っているからである。
 
 昔は米国のする戦争で景気がよくなったが、この景気刺激効果も、米国以外の国々の経済規模が大きくなり、軍需産業のパイ全体に占める地位も低下したためにあまり期待できないとされる。

 私も、正直にいうと、「石油お目当て」説に納得していない。でも、財布にいっぱい金が入っている人も万引きするし、戦争の決断というものがかならずしもいつも合理的でないので、もしかしたらイラクの油田の確保が理由になるかもしれないと思っているていどである。

 石油に関して私の気にかかることは、石油そのものでなく、石油代金を支払う通貨のほうである。米国の指導者は、ユーロが欧州の地域通貨にとどまり、ドルと同格の機軸通貨になることを望まないといわれる。

 なかでも、米国は産油国が原油価格をユーロ建てに切り換えるのを嫌がる。お膝元の産油国ベネズエラでチャベス政権が登場した。この政権は石油輸出国機構(OPEC)のなかで原油を減産するほうのグループに加わっただけでなく、ユーロ建てに切り換えようとした。ベネズエラは米国の嫌がることを他にもたくさんしたかもしれないが、米国はクーデターまがいのことを画策したといわれている。

 イラクのフセイン政権は2000年11月6日をもって、原油取引きをドルからユーロ建てに切り換えた。これは、自国を敵対視する米国の通貨を嫌うためである。産油国イランも「悪の枢軸」にリストアップされているが、以前からユーロ切り換えを検討している。また中東の産油国のなかには、資産保存のために不安定なドルからユーロに切り換えようとする国が今後かなり出てくるといわれている。

 米国は何が何でもイラクを攻撃しなければいけない重要な理由は、イラクをここで叩いて示しをつけ、軍隊を駐留させて中東産油国がドルを離れないように牽制するためではないのだろうか。イラク攻撃の目標として、米国は中東全体の「民主化」による安定化を掲げている。これは、米国が、石油代金をドルで請求しない国を今後「民主化必要」と見なすためかもしれない。

 
米国に都合のよいドル一極体制

 この通貨の問題は、私企業、またそれとつるんでいる政治家にとって重要な油田確保より、米国の存在にとってはるかに重要と思われる。
 
 この事情は中東の産油国が原油取引きをドル建てからユーロ建てに切り換えて、何が起こるか想像したら理解できる。

 中東原油の主要輸入国は日本や中国などの東アジア諸国である。原油がユーロ建てになると、これらの国がドル離れのテンポをはやめる。貿易で米国に対して出超の日本や中国などから輸出代金が米国にだんだん還流しなくなる。これは米国に都合が悪いのではないか。

 米国の貿易赤字も、経常赤字も、財政赤字も凄まじい。通貨の専門家は、マネーゲーム・バブルのためにドルの垂れ流しになり、流通量は気が遠くなるほど膨張していると指摘する。米国の通貨政策を「錬金術」と断言する人は少なくない。

 米国が「普通の国」なら、今頃IMFに経済安定化・プラン作成を要求されて監視を受けているのではないのだろうか。そうならないのは、米国がIMFを牛耳っているからである。

 経済の数値からみれば、普通なら米国は通貨危機とか、超インフレとかいわれて大騒動になると思われる。そうならないのは、ドルの一極支配で米国の通貨が世界中でつかわれているからである。これは、広い海に流し込んだ公害の有毒物質が薄まるのと同じ理屈ではないのか。この結果、米国は株価が下がったくらいで涼しい顔をしていることができる。このような特権は誰だって手離したくない。

 米国の金融当局者は、金価格を不法に市場操作したことで訴えられて裁判になっている。これも、米国が資金がドルから金塊に流れるのを阻止し、ドル増刷の「不滅の自由」を享受できる現在の通貨体制を維持したいためといわれる。米国にとって自国に都合の良いこの体制を維持することのほうが、イラク油田から自分の息のかかった人々に原油を汲み上げてもらうことなどより、はるかに重要なのではないのだろうか。

 
反戦デモも景気対策

 このように経済的側面を考えていくと、米国のイラク攻撃も日本と関係の深い出来事である。日本経済は80%近くを中東油田に依存する。戦争で中東が不安定になることで、日本経済に対する望ましくない影響を心配する声はドイツでよく聞かれる。もう何年も前に会っだけのある経済研究所の人がこのことで少し前に電話してきた。これは、今や国際経済はお互いに持ちつ持たれつの関係になっている証拠である。
 
 日本の政治家はイラク攻撃について不安を感じないのだろうか。この点が私に不思議で仕方がない。ブッシュ政権はイスラム対西欧の「文明の衝突」をエスカレートさせる。これは中東を不安定にし、本当は日本の国益にならないのではないだろうか。日本の為政者は米国任せで、万事うまくやってくれると思っているかもしれないが、これも保証の限りでない。

 また通貨問題も、日本はドル建ての世界最大の対外純債権をもっているといわれる。リスクの分散という観点からも、またその他の理由からも、この状態を今後徐々に変えたほうが日本に望ましいと思われる。

 米国が現状を変えることを望まないのは当然で、だから数年前「アジア通貨基金」構想に反対した。イラク戦争でドル支配体制がこれ以上強化されたら、これも日本にとって今後今以上に窮屈なことになる。

 私には、日本の議論がどうなっているか、正直のところもう一つわからない。でも「戦争か平和か」の問いを人道的な観点に限定して論じないほうがいいように思われる。誰もが爆撃で死ぬ無辜の人々を見て戦争に反対したい気持なる。でもこのような感情は長続きしないし、一般的にならない。
 
 少し前、アイヒェル独蔵相は「今、我々にできる有効な景気対策は戦争を阻止することだ」といった。少々我田引水の感がしたが、理屈に合っていないことはない。平和運動は、何よりもこれ以上財政赤字を増やさない。いずれにしろ戦争は、いろいろな観点から論じたほうがいいようである。

 美濃口さんにメールは Tan.Minoguchi@munich.netsurf.de

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