Yorozubampo
 
謎深まるフリゲート艦事件(1)
2001年04月26日(木)
中国情報局  文 彬 

 3月13日の日経新聞夕刊の2面に「仏エルフ裁判が再開」と題する130文字足らずの小さな記事があった。フランスのエルフ・アキテーヌ社を通じた不正資金授受事件の公判がパリ軽罪裁判所で再開され、事件の中心人物とされるエルフ社元幹部のアルフレド・シルパン被告が初出廷したという。極ありふれた海外ニュースの一つと読み流されがちなこの記事、実は世界を舞台にした大掛かりなスキャンダルが隠されている。そしてそのスキャンダルの深層に検察とマスコミのメスが入った今、事件はただの汚職事件としては終わらないような色合いが日増しに濃くなってきた。

 ■「オペレーション・ブラボー」計画

 背任隠匿、共謀などの容疑でパリの予審判事に起訴されたのは、シルパン以外にもエルフ元社長ら6人いたが、もっとも注目を浴びたのはロランド・デュマ元外相とその元愛人のクリスティン・ジュンクール夫人だった。1月24日、78歳のデュマが警察に両脇を抱きかかえられながら法廷に姿を現わしたと同時に、「フランス共和国史上最大の政界スキャンダル」という速報が世界を駆け巡った。

 事件のあらすじは大体こうである。1988年ころ、中国大陸の軍備増強に危機感を覚えた台湾の軍部は、台湾政府を説得して最先端の兵器と装備を購入することを目的とする「光華プロジェクト」をひそかに始めた。

 中でも海軍が購入を予定している6隻のフリゲート艦はこのプロジェクトのメインアイテムで、何時も目を光らせている兵器ブローカーも当然これを見逃すことはなかった。アメリカ、韓国、イスラエルなどの国々も意欲的だったが、フランスの大手軍需商トムソン社はこれをきっかけに台湾への兵器輸出を拡大しようと、フランス国防省造船局まで動かして入札に向けていち早く工作を開始した。

 関係者の間ではこの計画を「オペレーション・ブラボー」(Operation Bravo)という明るい名称で呼んでいた。しかし、中国はこの計画に関する情報を入手するや否や、国交断絶も辞さない強い調子でフランス政府に抗議した。そのため、一旦フリゲート艦の売却を許可した当時のミッテラン大統領とデュマ外相は慌てて「オペレーション・ブラボー」の凍結を指示した。

 だが、台湾という魅力的な兵器マーケットを虎視眈々と狙っているトムソン社がそんなに呆気なく諦めるはずはなかった。ただ、その工作は誰にも気づかれないように水面下の動きとなった。トムソン社は早速説得作戦をエルフ社に秘密裏に依頼した。その見返しとして取引が成立した場合、エルフ社が契約金額の1%をリベートとして受け取ることになっていた。もちろん、この交渉を知っているのはエルフ社の社長と、ナンバー2のアルフレンド・シルパンら数人しかなかった。

 パリに本社を置くエルフ・アキテーヌ社は世界の石油会社のトップテンに名を連ね、石油事業ばかりでなく、化学製品・医薬品事業を世界80数ヶ国で強力に展開していたが、1999年からはトタルフィナ社と合併し、世界第4位の石油会社として業界に君臨している。また、ミッテランの大統領在任中、エルフ社は政界のヤミ金庫役と囁かれるほど政府との癒着が強く、シルパンら会社の重役も政府要人と太いパイプを持つと言われている。トムソン社が軍需産業とまったく関係のないエルフ社に助け舟を出したことにはこういう背景があったのである。

 シルパンは政府への説得工作を更にジュンクール夫人に頼んだ。エルフ社の広報部に席を置いて高給を取らせることと、パリの一等地に建てた豪邸を贈与することが交換条件だった。ジュンクール夫人はこれを快く引きうけ、デュマ外相に対する説得工作を熱心にこなしてきた。……

 そして1991年6月、フランス産フリゲート艦の売却契約がトムソン社の期待通りに成立した。しかも、当初台湾側が見積もった金額の4倍近くの155億フランという望外の成功だった。ここで、トムソン社は当初の約束通り関係者にリベートを握らせ、一件落着させるはずだったが、何故かトムソン社はエルフ側への支払いを堅く拒んだ。そればかりか、こともあろうにリベートを要求してきたシルパンを詐欺だと法廷に訴えたのである。

 当初の契約書を証拠に抗弁したシルパンが勝訴した。だが、裁判の過程で事件の暗部が明るみに出たため、シルパンもジュンクール夫人も公金横領の容疑で再び裁判沙汰に巻きこまれた。そして、93年にジュンクール夫人は3ヶ月間刑務所暮らしを余儀なくさせられ、シルパンも一時国外に逃れて、フィリピンなどで所在をくらましていた。

 ところが、ここでもストーリーを狂わせるようなことが起こった。今までデュマ外相との関係を堅く口をつぐんで語らなかったジュンクール夫人が出獄した後に書いた「共和国の娼婦」と「オペレーション・ブラボー」という二冊の本のなかでデュマ外相との関係、そしてフリゲート艦事件に関する事実を彼女の知るかぎりさらけ出してしまった。そのため、老練の外交家であり、市司法界の重鎮でもあるデュマはついに憲法評議会議長という名誉の座からしごき落され、一介の被告として法廷に立たされる運命になってしまった。

 検察側がいま抑えているデュマに対する証拠物件はジュンクール夫人からプレゼントされた一足の革靴と数個のギリシア人形だけだ。その購入金はジュンクール夫人がシルパンからもらったエルフの公金なのだと検察側が主張しているのである。もちろんこれは検察側がデュマを法の場に引き出すための口実である。(つづく)

【ここまでの主な登場人物】
ロランド・デュマ:元フランス外相、フランソワ・ミッテラン元フランス大統領側近
クリスティン・ジュンクール夫人:デュマの元愛人、「共和国の娼婦」「オペレーション・ブラボー」の著者
アルフレド・シルパン:エルフ・アキテーヌ社元ナンバー2 

文さんにメールは mailto:bun@searchina.ne.jp

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