佐川町での花見

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sakawaDSC_0315.jpg 佐川の駅で下りて花見会場まで歩く。司牡丹の酒蔵の横を通り、有名なうなぎ屋の前を過ぎる。何度も車で通った道だが、徒歩で行くと趣がまた違う。見える景色が異なるのは目線の違いから来るのだろうか。否、目に映る風景のスピードが違うのである。

 川沿いの道に出て、思わず声を上げる。花筏(はないかだ)だ。風で散ったサクラの花びらが川面をピンク色に染めている。仁淀川沿いではこんな現状を「花筏」と呼ぶ。

 
559664_197364583708876_100003060075032_283166_1823648458_n.jpg  佐川町は牧野富太郎の生地。造り酒屋に生まれたが家業は継がずに草と花を愛し続けた。青山文庫には牧野が残したサクラのスケッチが何枚か残っている。

 牧野博士と桜(青山文庫の説明から)

 牧野博士が桜を好んだことはよく知られており、自叙伝に収録されている三女蝸代さんの回想からも「日本にはサクラが少ない。もっとたくさん植えて、サクラの国にしなければならない(『牧野富太郎自叙伝』より抜粋)」と博士がよく言っていたことかわかる。

sakuramakino1000.jpg 陣士は、桜の中でも特に華やかなソメイヨシノを好み、明治三十五(一九〇二)年にはこの時まだ高知にはなかっだソメイヨシノの苗を数十本高知へ贈っており、その中の数本が奥の土居(現牧野公園)に植えられた。

 残念ながら、博士か贈ったソメイヨシノは現存していないが、佐川は日本さくら名所百選にも選ばれ、博士のいう「サクラの国」に少しでも近づこうとしている。

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このページは、伴 武澄が2012年4月 7日 20:29に書いたブログ記事です。

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