(20)コンツェルン-中ノ郷信用組合

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 今も賀川精神を受け継ぐ金融機関があります。中ノ郷信用組合です。弱った信用組合を引き受けるうちに大きくなりました。戦後、金融制度の改革で多くの信用組合が信用金庫に改組しました。組合員に対する貸し出しを中心とする点では大差はありませんが、格が上になった気分になるのです。中ノ郷は以前から十分に信用金庫に格上げできる経営基盤を確立していますが、あくまで信用金庫のままで満足しています。

yokinryo.jpg 日本には都市銀行、第二都銀(旧相互銀行)、地方銀行、信金、信組、農協・・・、多くの業態があります。役割はそれぞれ違うため業態が違うのですが、いまでは同じような金融業務を行っています。面白いのは、たとえば僕が住んでいる高知県には都市銀行はひとつしかありません。みずほ銀行だけです。みずほ銀行はもともとは国策会社だった日本勧業銀行を母体としています。明治期、勧業は農業を意味していました。ですから各県に支店を持っていたのです。地方都市に行くと都市銀行の存在はものすごく薄いのです。逆に信金、信組の役割が大きくなっています。意外と知られていない日本の金融の実態です。

 たとえば大都市の京都でも市民に一番親しまれているのが京都中央信金です。京都市内では地銀の京都銀行よりも存在感があるのです。みんな「チュウシン」と親しんでいます。預金量も4兆円を超え国内最大の信金となっています。協同組合金融が株式会社と対等に勝負しているのはどうしてなのか考えなければなりません。こういったことは東京に住んでいては分かりません。

 中ノ郷の前の理事長さんに話を聞いたことがあります。東京のような大都会でどうして信組が成り立つのか聞きましたら、「中ノ郷はバブルのとき、都銀のように土地に融資しませんでした。また融資する場合でも、顔の見える範囲でお金を貸します。土地を担保に取ることも少ないので、担保価値が下がることによって中ノ郷のバランスシートが崩れることはありませんでした」

 さすがに賀川たちが設立した金融機関だと思いました。

 中之郷の50年史を見ますと、やはり特徴のある人々が歴代の経営中枢にいることが分かります。初代の理事長は田川大吉郎さんといって明治学院大学の総理(学長)だった方です。二代目は木立。三代目は奥平定蔵でした。

 そもそも、中之郷は質屋から始まりました。関東大震災後に本所で救済活動をしていた賀川を訪ねたのが質屋を経営していた奥平でした。

「関東大震災の社会大混乱のなかで、質屋業者があまりに不当な高金利で庶民階級を圧迫するのをみて義憤を感じ、同志と計って質屋改善連盟をおこし、業者の覚醒を促した。また一方では、有限責任北豊島消費購買組合を設立し、スローガンに『団結は力なり』『消費者の団結は新社会を生む』」とし、これを大きく掲げて協同組合の理想の実現に努力した。賀川が本所基督教産業青年会を設立して社会事業に精進しているとき、奥堂は訪ねていった。その目的は、日本における産業組合の運動をいかに実践に移すかということを問うためであった」(中ノ郷信用組合五十年史、1979年)

 奥平のアイデアは真面目な質屋を本所で経営したいというものでした。

 森静朗・元日大教授は信用組合について「運動として、大資本に対抗し、或は高利貸からの収奪から逃れるために弱い者同志が集って、一つ一つは弱いけれども、集って力となった場合には大きな爆発力になるとの発想があった」(賀川豊彦学会論叢創刊号「賀川と信用組合理論と実践」1985年)と言っています。

「賀川と信用組合理論と実践」ではまた次のようにも書いています。「商業銀行は古今東西を問わず、庶民の汗水の結品である資金を自らの手に戻すことなく、大企業、大資本のための資金の供給源となってしまう。自分達の資金がなぜ、自分達で利用できないのか、つねに自分達が日陰であってよい筈はない。自分達の資金を自分達の手にひきもどせというねがいが、信用組合運動になり、広く自分達と同じ弱い立場にある者が呼びかけ合い、相互に手をにぎり合おうとして展開して行ったのが、信用組合運動でもあった」

 いま、多くの協同組合金融は存在感が薄れていると思われがちですが、地方ではなかなか健闘しているのです。信金、信組と労金を合わせると郵貯の預金量に匹敵し、農協を加えると都銀の合計額に迫っていることを覚えて置いてください。

 

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このページは、伴 武澄が2012年2月10日 22:13に書いたブログ記事です。

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