Sakigake Touron
Shoichi Ban   
 

魁け討論春夏秋冬

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戦中派諸兄姉へ
2001年07月14日 


 戦中派の何パーセントかは今もなお憂国の士である。口を開けば日教組が土佐をダメにした。そして昔はああだった、こうだったと言う。

 私も戦中派だ。半分は共鳴する。だが。 「しかし」

と最近は反問するようになった。今の若い者はどうだこうだと、要するに「なっとらん」ということを言うが、その親は誰だったの? 日教組、日教組というが、日教組を作り上げて来たのは戦前教育で鍛えられたひとびとではなかったか?

 戦中派の多くが身を挺して国を守ろうとした、その史実を否定するものではない。現に私の海軍の同期で生き残ったのは787人中半分にも満たない358人だ。それにも拘らず、というより、それだからこそ、生き残った戦中派が損得の力学に埋没し飽食の時代を享受、満喫しながら、口だけで国を憂えていることに、憤懣にも似たものを覚えるのだ。

 戦中派後期に当たる人々は、俗に言う定年退職をしたばかりの年頃だ。昔だったらいくさ(戦)というものを物差しにして役に立たないとされた年齢だが、平和時の物差しで判定するならば、役に立つどころではない。体も頭もピンピンしているといったほうがいいくらいだ。これから先、持てる力を注ぎ込んでいったら、その多彩な体験から英知も涌き出て来るだろう。それをもって二十一世紀日本社会のあるべき姿を模索したらどうか。

 父親というものはどうあるべきか。ごく身近な例として親子関係を取り上げてみても臨教審任せにしておける事柄ではない。

 東京裁判の鵜呑みでない、さりとて戦争中の聖戦思想に逆戻りするでもない。公正な昭和史を日本の心で書き上げる仕事も残っている。

 土佐のあちこちでシンクタンクが生まれ出る、その先頭を戦中派で切ろうではないか。

【魁(さきがけ)9号=昭和61年4月2日】

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