魁け討論 春夏秋冬



私の大戦回顧 その5

2000年01月08日
 元中国公使 伴 正一

ご意見
 ウルトラ平和主義よ、さようなら
 ---軸足を、もっと実効性問題に---
 それにしても、日本が鋒を収めたあの八月十五日から、星霜流れて既に五十有余年です。

 その間、今から考えるとおかしなこと、恥ずかしくて耳が赤くなるようなことが幾つかあるように思います。

 敗戦国なるが故に勝者には抗し得ず憲法に掲げたのが

「陸、海、空の戦力を保持しない」
という、町人国家宣言に等しい条項だったはずではありませんか。

 それをいつの間にか、"世界に冠たる"平和宣言に見立て、臆面もなく

「平和憲法の理想を高く掲げ」
などと嘯(うそぶ)くようになるあたり、知性の問題に止まらず、国家、国民の風格を問われる振舞いではなかったでしょうか。

 そうかと思うと逆に、その戦力保持禁止条項もどこ吹く風、自衛隊という名の、何故陸、海、空軍と呼ばないのか何度きいても理由のハッキリしない"実質陸海空軍"が産声を上げ、黒を白と言わんばかりのいい加減さを印象づけたまま世界有数の軍事力にノシ上がるわけですから、日本国憲法に書いてあることを本気で信用する国などなくて当然です。

 そうしておいて、その自衛隊の海外不出を護憲ラインと謳いあげ、それをいかにも崇高なもののように言いふらしてきたのですから、いい気なものです。

危険を伴うお役は真っ平ご免
のホンネが見え見えなのに、そのことが自分では気がついていないのですからおめでたい話ではありませんか。

 これでは諸外国の失笑を買っても仕方がありますまい。

 国際協調体制の下で平和の仕事に携わっていると、ボスニア紛争が正にそうであったように、戦乱の収拾にはP.K.F.などでは間に合わなくて、重装備の戦闘部隊を投入するしかない事態が起り得るのですが、そういう乗るかそるかの大手術、國際共同作戦の話になると、どの国も多かれ少なかれ腰が引けてくるのですが、中でも日本は水際立って逃げ腰で、

「何とか話し合いで」
という、耳ざわりのいい"空砲"まがいの呼びかけでお茶を濁してきました。

 こんな時にまともな対案を打ち出す能力も意欲も今の日本にはまだ出来てないのです。

 長い間の平和ボケで、レッキとした知識人の間でさえ集団安全保障と集団自衛権の区別のつかない向きが少なくないのですから、それも無理からぬことかも知れません。

 湾岸戦争で世界が固唾を呑んで事態の推移を見つめていた時、正念場での日本の態度が諸外国の眼に徴兵逃れ的に映ったとしても不思議はありません。

 そのことを裏書するように、130億ドルという大金を拠出しながら、クエート政府が感謝を表明した国のリストに日本の名が見当たらないという、常識では考えられないようなことが起こりました。

 そしてそれが、物笑いの種というか、格好の話題になって世界を駆け巡ったことは記憶に新たなところです。

 憲法改正は可能なのにそうはしないで、いつまでも今までの憲法を楯に取って国際的安全保障行動への参加を拒み続けていたら、いずれその中、卑怯者国家日本のイメージが定着してしまう日がやって来るに違いありません。

 日本人としてそんな不名誉に我慢がなりますか。それで先祖に顔向けができますか。

 憲法を改正して集団的安全保障行動参加の道を開いたとしても、筋の通った留保をつけられないわけはないでしょう。

 前大戦で日本が武力進攻した国について、あらかた怨念の消える時期をメドに行動留保することなど、至極尤もな配慮として諒承されるに違いありません。

 将棋でいうあの手、この手の思案は外交に不可欠のものです。それをなおざりにして、徒らに問題を先送りし、今まで通りの言い方を繰り返してきたのが、残念ながら戦後の日本の姿ではなかったでしょうか。

 20世紀の終わる今年中にはこの惰性から足を洗うキッカケをつかみたいものです。

 最初はバラバラでいいから意見を出し合い、日本の名誉がかかっている問題だという共通意識だけを頼りに真剣な論議を重ねて行けば、次回に取り上げる予定の人命至上主義のようなハードルはあっても、今までにない盛り上がった論戦が始まり得るのではないでしょうか。

 世界新秩序を実務的に構築することを真剣に考えようではありませんか。

 それにはどうしても今までのウルトラ平和主義の呪縛から足を洗い、まともな平和主義の国家として出直すことが必要になります。そうして始めて、国連その他の場で諸外国と噛み合った議論をすることも可能になるのでありまして、これからの日本にとってこれほど重要なことはありません。


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