「魁け討論 春夏秋冬」1992秋季号
 

世界新秩序5―くに論議 その三 ―新秩序と日本―

    目  次

 一、日本のナショナリズムを振り返る………………………………………………
 二、私の中のナショナリズム その一 国の興亡、悲曲の一日…………………
 三、私の中のナショナリズム その二 ためらいからロマンティシズムヘ……
 四、意識革命への登山口、世界新秩序……………………………………………
 五、選択肢について…………………………………………………………………
 六、ナンバー・ツーに馳せる夢………………………………………………………



  一、日本のナショナリズムを振り返る

 よくよく考えてみると、われわれ日本人は今まで、漫然としか国を考えることがなかった。また、それで済んでいた。島国であったこともあろう。幸せな民だったことの結果なのかも知れない。

 それが第二次大戦の後は、それまでの日本人の国家観念を払拭させようとするアメリカ占領政策の誘導が効いて、「国のため」を口にすることすらはばかる風潮が一世を風靡し、国を考えたり語ったりすることは益々少なくなっていった。

 時々の事情は違っていても、理詰めで国を考えることでは、戦前も戦後も意外に低調だったということができる。ところが、情緒で実感し、意識するしないは別として、安んじて国を心の拠りどころとする点は、日本民族の特色であったように思われる。単一民族でもあり、国は自然な形で人々の心の中に存在していて、わざわざ愛国などという言葉を作り出すことは、明治になるまで不要だったに違いない。

 それが幕末あたりになると様相が一変する。当時の世界情勢を正視するなら、明治日本は、その富国強兵策によって辛うじて、国の保全をはかり得たのだと考えていい。そして、その精神的な支えとして、古来自然な形で存続してきたものに人為的な飾りつけを施し、ナショナリズムの高揚を図ったことも異とするに足りない。先人苦心の跡だと謙虚に受けとめていいのではないか。

 だが日露戦争以後になると、この説明は通じなくなる。実際上も大正デモクラシー、政党政治の発足などがあり、国家の危急存亡を前提に高揚されてきたナショナリズムの是正、ないし、相互の調合が課題となる。そしてそれが成功するかに見えた時期もあったのだ。

 しかしそれは長続きしなかった。昭和に入り、内外の情勢が不安になってくるにつれて、過激な国粋思想の擡頭を見るに至る。こうして十年そこそこの間ではあったが、世にウルトラ・ナショナリズムといわれる、極端な、時には神がかり的な言論が幅を利かしたのである。

 私の青春の前半が正にその時期に当たっていた。その青春のある日、国の存亡を賭けた、史上空前の日米海上決戦が行われる。一九四四年六月一九日のことである。

  二、私の中のナショナリズム

  その一 国の興亡、悲曲の一日

 私の生涯で、これほど希望に満ち、胸の高鳴った日はなかった。そしてこれほど焦躁に駆られた日もなく、これほど絶望のドン底につき落とされた日もない。国の運命が大きく変わっていくのを若い心が満身に感受した、あとにも先にもない人生体験の一日であった。

 帝国海軍をこぞるわが機動部隊が、勝ちほこる敵洋上兵力と雌雄を決し、ミッドウェー以来の頽勢を一気に挽回しようとした。世にいうマリアナ沖海戦の日である。「皇国の興廃」は正にこの一戦に在った。

 そのかけがえのない一戦を失ったのである。敗れて帰航する艦隊の恐らく全員に、もはやこれから先の勝ちいくさを考える気力はなくなっていたと思う。

 思えば去年、海軍経理学校を卒業、名ばかりとはいえ、われら候補生を乗せた帝国海軍最後の練習艦隊が、当時はまだ悠々とトラック島向け遠洋航海の途に就く。遠い、遠い、東方洋上のマキン、タラワ海軍部隊が玉砕したと聞いたのは、その帰りだった。

 それから半年そこそこで、大事な決戦が敗北に終る。サイパンとともに、広表数千マイル、西太平洋の制海権が、一気に敵の手に落ちるのだ。

「次は朝鮮海峡……」ああ何たる思いぞ。
 明治に戻る!しかもその退き潮の、また、何と無残にも急なることよ。
 非運の果て「日本民族悠久の歴史も遂に幕を閉じることとなるのか…」星空の下、滅亡の譜を海風が運んでくる。そしてその悲曲が「願わくは名を惜しむ栄光の曲であって欲しい」とも思う。

 更けていく洋上の六月一九日は、はたちになったばかりの私の心を、国の運命さながらに、希望のあしたから焦躁の午どきへ、そして限りない絶望の渕へと、揺り動かし、突き落とすのであった。

 戦争は更に一年二カ月継続し、私には想像もできなかった降伏で幕を閉じる。同期の桜は半ばが散っていた。残る私を虚脱感が襲う。国を考えるにも、メガネの度がすっかり合わなくなった感じの私は、ただぼんやりと、生きているだけの日を送る。

  三、私の中のナショナリズム

  その二 ためらいからロマンティシズムヘ

 そこで約半世紀を経たいま、改めて胸に手を当て、国に寄せた若き日の思いが、一体、何であったのかを問う。

 ウルトラ・ナショナリズムとごちゃ混ぜにして否定し去られた長い歳月がある。
 神がかり?神州不滅の信条など、その日には吹き飛んでいたではないか。
 明治この方喧伝されてきた愛国心なるものとも何か違っていた。
 かといって、今でいう自由と民主主義とは縁のないもの、むしろそれと戦っていたのだ。

 こうしてペンを握ったまま、原稿用紙を前に考え込んでいると、あのときの心情は、真っ青な空と海、満天の星の下での、誠に素朴なものであったことに思い到る。

 そうだ、明治になる前の祖先の中にだって、似たような状況があったら似たような心の動きを示した人がいくらでもいたのではないか。万葉の歌人や防人たちの心情とだって、どこがどう違うのだ。

 時間をたっぷりおいて、遠景から眺めたら、何ということはない。日本古来のもの、有史以来の国への愛惜の情。そんな素朴なものだったのだ、というところに落ち着きそうなのである。

 だが、今こう思っている私に、日本なんか消えてしまえ、というに近い気持が忍びよっていた時期がある。

 何の使命感もなく日々の飽食に浸っている日本人よりも、一人当り、その何十分の一かの資源しか消費できないで生きている例えばネパール人を大切にする方が、ずっと尊いことに思われたのだった。

 この気持は、爾来、私の中に根強く潜伏し続け、湾岸戦争の頃から再び勢いづき始めていた。

 世界にはまだ、戦争に明け暮れている国がたくさんあり、血を流している人々が大勢いるというのに、日本人の念頭にあるのは自分たちの安全だけ……。

 口を開けば平和を言うくせに、行動となるとカネだけですませようとする。今年になってやっと、汗を流すところにはたどりついたが、いかに平和のためであることがはっきりしていても、自分たちだけは、血を流すのはおろか、危うい目に遭うことさえ真っ平なのである。

 世界から見て臆病者に見えなかったらどうかしている。そんな身勝手な国民は、攻められるだけ攻められてトコトンひどい目に遭った方がいいのだ。世界共同体が守ってくれる必要なんかないのだ。

 吐き出すような激しい思いが募る私だったが、そんなときあの若き日のことが、そしてそのとき国に寄せた切々の情が蘇ってきて、私をやけっぱちの虚無感から立ち直らさせてくれるのだった。

 これだけの国力のついた日本ではないか、と思い直すのである。

 うんざりすることの多い世相ではある。世界でも悪者役にされそうな気配が濃厚である。しかしそれでも、国も企業も個々人も、経済力では、世界で一頭地を抜いている。

 問題は、詮じ詰めれば、これから先、国民の意識革命が成るのか成らないのかであって、作った仏に魂を入れるように、ここで日本人に精神力が加わってきたら、二一世紀がこの島嶼国家にとって、咲く花の匂うが如き、ユメ多き世紀になって不思議ではない。

 個人の幸せを、家族に、コミュニティーに、そして更に進んで国に、世界に拡げることに思いを馳せるなら、「ここぞわがロマンの領域」と見定める場は到るところにある。

 それだけではない。国の意思がそう決まるなら、世界への貢献を国是の主柱にすえた、人類史上始めての国家を、アジアの東に出現させることも夢ではない。

 肇国以来、日本列島がこんな潮時に恵まれたことがあろうか。志を立てて、今ほど立て甲斐のあるときはなく、理想を掲げて、今ほど掲げ甲斐のあるときはない。仏法にいう大我の思想が地で行ける時代。そんな一時代を築き上げようと思えば築き上げることができる、ということではないか。

  四、意識改革への登山口、世界新秩序

 さあ、それでは、着想は着想として、意識革命への具体的なステップは?

 史上、富み栄えたくにが意識革命に成功したためしはない。厳然たる事実である。そんな難物の意識革命を、どうして達成できるというのか。最初に直面するのは、どこから着手するのか、この壮拳の登山口の発見である。

 そのところに関連するが、ものを考える手順としても、事を運ぶ段取りとしても、敗戦後遺症的なものに最初に手をつけると、出てくる発想がうしろ向きなものになる事は免れ難い。現今の憲法改正論が、そのいい例である。

 真っ先に手がける事柄は、これから先の展望にかかわるものがよく、中でも「世界新秩序」は最適の検討課題といえるのではなかろうか。

 まだ世界が戸惑っている。「考えて」「まとめて」「持ち込む」時間の余裕がある。

 日本の新しい国づくりの基本設計も、世界新秩序の目鼻をつけたあとでその枝ぶりを考えるのが順当だろう。

 今までにも、国連中心主義という考え方はあったのだが、それは国連の決定に忠実に従うというほどの意味でしかなく、国連の意思決定を左右するくらいに、強い影響力を保持しようという気概を伴ったものというには程遠かった。

 日米関係でも、グローバル・パートナーというと聞こえはよいが、日本はもっぱらアメリカの顔色をうかがいながら行動してきたというのが内外の定評である。

 このような受動的な姿勢から足を洗い、世界新秩序を、先ず日本人同士で徹底して論じ合うことは、その意義絶大ということができる。

 そこで早速だが、論戦の火ぶたを切ろう。

 日本人が世界新秩序を考えていくのに、一番の障碍は、戦後日本独特の平和哲学である。

 アメリカが占領政策として鼓吹し、後には左翼勢力と進歩的文化人が唱道してやまなかった平和哲学は、日本人の間にだけ通用してきたもので、国境を越えた普遍性を主張する意気込みは、唱道している日本の知識人たちにも碌にうかがえなかった。現にアメリカやソ連に向かって、日本憲法に傲え、と働きかけることなど、正気の沙汰でないことは彼等自身が肌で知っていたはずだ。

 日本の平和哲学は、同じく平和を希求するにしても、ほかの国々の努力に期待して、自らはひたすら好戦的にならないことを誓う方式であるが、このほかに選択肢として、平和秩序の大構想を打出し、実践面でも意欲的に参加していくという、能動的な道のあることを忘れてはならない。

 国づくりの基本設計に当たっても、今までの平和哲学を再点検し、改めてその是非を問うことが不可欠である。こうして世界新秩序と、国づくりの基本設計を連動させながら、いま問題の意識革命の段取りを考えていると、現在わが国で大騒ぎしている政治改革や、いっときの行政改革、教育改革が、大切な基礎作業を完全にバイパスして進められてきていることに思い当る。

 世界新秩序の大構想にチャレンジする素地は目下のところゼロなのだ。

  五、選択肢について

 世界が平和のための新秩序を築いていく過程で、大多数の国々が、圧倒的に受益者にとどまっている状態は、免がれようがない。それらの国々は、国力の殆どを自国だけのために投入していればいいのだ。明治の日本も、自国のことで精一杯だった。時に東洋平和のためなどきれいごとを言ってはいたが、それは陸奥宗光自身がその著「蹇々録」で述べているように飾りの言葉であって、実際には国益を守ることに余念がなかったのである。

 しかし今の日本は違う。国民の合意が整うなら、世界史に燦然と輝く、超大型の役割が一つや二つは果たせる。それだけの国力がついてきている。仏道の大我思想を地でいけるということでもあることは、既に触れたところである。

 ただ、そういう考え方が可能である一方で、過ぎたるは及ばざるが如し、既に国民が「応分」の貢献まではよしとしているのだから、これ以上、貢献で勇み足になるべきではない、という意見も根強く存在するであろう。

 潮時を逸することは、いかにも惜しいことではあるが、議論が尽された上でそうなるなら、それもやむを得ない、最後は国民、即ち有権者が決めることだ。ただ、純粋に狭義の国家利益を重視する立場に立った上でも、なお別に第三の選択肢を立てる可能性があることを、指摘し説明しておきたい。

 国家利益を、国と国民の活力保持と見立て直すなら、物的利益の追求があらかた目標を達した段階では、ユメといいロマンといい、志とも使命とも呼べる目標を新たに設定し、その道程に試練の仕掛けを設けることが、かえって狭義の国益に資することになるのだという発想である。ここでは、次に述べるような一つの自然則が根拠として想定されている。即ち、利を追う道は、ある段階を越すと、他を搾取するしか前に進めなくなって、良心の支柱を失い、これが、活力の致命的な減退につながる、というものである。

 説明としては、こんな言い方もあろう。日本とて、その経済力はやがて下降する。だが、右のように形を変えて活力を存続することに成功すれば、その活力は必ずや、この下降を押しとめる力強い歯止めの役を果たすだろう、ということだ。

 更にいえば、人類の歴史を通じて偉大なる教師であった貧困が姿を消したあと、同様に偉大な教師を新たに求めることは不可能だ。強いて求めるとするなら、それは志であり、試練でしかないのではないだろうか。華やかにいうなら、ユメであり、ロマンであり、チャレンジである。

 長期に利を追うことを考えれば考えるほど、道義論の結論に、殆んど区別がつかないところまで近接してしまうのも、大自然の訓しのように思われて厳かな気持になる。国益論議は選択肢をきちんと立て、もっともっと哲学的になって深めていく要がありはしないだろうか。

  六、ナンバー・ツーに馳せる夢

 私が日本人のこれからの進路目標として、ここに提言するナンバー・ツーというのは経済力のことを言うのではない。経済なら今でもナンバー・ツーである。ここでいうナンバー・ツーというのは、世界新秩序、平和の話に戻って、アメリカにナンバー・ワンを期待しながら、そのアメリカがリーダーシップの運用を誤らないように助言し、協力する右(みぎ)腕的存在という意味である。

 アメリカヘの非難が、日本で過剰気味である。日本の知識人は、一言それを言わないとインテリとして気恥ずかしいように、頭の中のどこかで考えているフシがある。

 しかし、過ぐる四十数年、共産主義はいかん、とストレートに言い続け、社会主義もまた、国民の自由を束縛するものだとして退けてきたアメリカ人のクソ度胸は史上の壮観であった。そしてその主義、主張のために、過ちも冒したが、体を張り、血を流してきた実行力が抜群であった。

 世界赤化の恐怖から、とうとう世界を守り切った功績を認めない訳にはいかない。

 だが世界赤化の恐怖がなくなったことが、世界平和に真っ直にはつながらないことが、残念だがはっきりしてきている。

 民族紛争や国境紛争を原因とする戦争は、むしろその多発が予想されている。国境を越えて兵を進める国がしたい放題のことをしても、された国が弱ければそれを押し戻すことはできない。攻め得の先例が、一つ二つと増えて行ったら、弱肉強食の現象が世界のあちらこちらに起こるに違いない。

 その蔓延を封じることが、いま現在の世界にとって、平和の上での最大課題であり、世界新秩序の目的も正にここにある。国連安保理が拒否権発動でその機能を麻痺させられることが少なくなった今、残る最大の難題は一つ。越境する侵攻部隊を討って、元の国境線まで押し戻す攻撃兵力の結成である。

 今までだったら、アメリカを主力とする兵力結成が期待できたし、湾岸戦争では、それが迅速果敢に行われた。しかし、出血の負担、少なくとも出血の危険の負担はアメリカ人の上に過重にのしかかっていた。それ故にでもあるがアメリカは、湾岸戦争に際しても、指揮権を国連に委ねる国連方式を頑強に忌避してきた。ところが旧ユーゴの戦乱に当たっては、こんどは態度がガラッと変わって、戦闘部隊そのものを出そうとしない。

 アメリカがこの有様では、これから多発しそうな民族戦争に対する基本方針が立たない。言葉の上での制止がどんなに巧みであっても、それを無視して軍事制裁を受ける心配がなく、頑張っていれば最後は攻め得に終る見通しだったら、侵攻軍が進撃を思い止まって兵を引くとは思われない。事前の抑止でも同じである。

 アメリカの出血負担は再考しなくてはならないが、アメリカ軍主力の出兵の保証がない限り、平和秩序はバック・ボーンを欠いて絵に画いた餅になる。その意味で、経済や環境などの分野にまで拡げるのでなく、適用分野を専ら平和秩序の領域に限定し、それを明確にした上で、リーダーシップは、これからも継続してアメリカに求める必要が絶対的にある。

 ただ、アメリカのリーダーシップをいかにはっきり平和秩序に限定していても、先々、ナンバー・ワンであるアメリカが、また元気になり過ぎて、その軍事力を背景に天下の権を振り廻したり、たとえ善意でもその軍事力の運用を誤る危険がないとはいえない。もっとはっきりいえば人間のやることであるから避け難いと見なくてはならない。

 この視点に立って考えていくと、これから議論を尽さなくてはならないことが多々あるが、その中でも重要なのは次の二つの点である。 

 一つは、軍事制裁発動の条件であって、いいかえれば世界新秩序の目的そのものの更なる明確化でもある。

 平和の破綻とは、現在の国境を越えて他国領に兵を進める国が現れたというときだ。

 ところが、気懸りなのは、自由、民主主義、人権などが侵害されたといって、いつ軍事行動が発動されないとも限らない状況が現にあることである。国内事項に関する従来の国際通念が無定見に崩され始めている兆しのあることである。

 世界共同体のいまの実力は、国家間の侵略をなくすことで手一杯のはずで、力の限界を弁えず、あちこちに手を出し始めたら、そのムリはどこかで新秩序全体にハネ返ってくるはずだ。悪くすると折角の新秩序を短命に終らせてしまう恐れさえある。

 詳しくは後日に譲るが、世界共同体の、制裁としての軍事力発動は国家間の侵略だけを対象とし、国内的な自由、民主主義、人権の侵害には、どんなに坐視するに忍びない状況があろうと手を染めないことが、切に望まれるのである。

 第二は地域安全保障構想についてである。このような仕組みが地域覇権争いを誘発することは目に見えている。国連やアメリカが気弱になってそんなものを推奨するようでは、もう世界新秩序は滅茶々々だと思う。

 このように、たった二つの点を覗いてみただけでも、アメリカのためのご意見番の存在することが、どれだけ重要なことであるかが分かる。そしてそれは、平和秩序の設計段階からのことでもある。

 紛争が力ずくになりそうなのを、司法的解決に持ち込むことも、これからの重要な課題であり、こういう司法機能では、軍事制裁発動の場合のようにアメリカ一国のヘゲモニーを前提とする必要はさらさらない。だが、平和における軍事と司法の両者は車の両輪のようなものであって軍事関連での司法のシステム設計が、かなり遠い先のことではあろうが、世界新秩序にとって、第二段階の大仕事となることは必至である。

 このアメリカのご意見番、それをナンバー・ツーと仮称するとして、このための重厚な識見培養をこそ、日本自身の国づくり基本設計の中で、国是の主柱教育の目標にすえるべきではなかろうか。

 ナンバー・ツーは、安保理常任理事国のような、形の上での地位ではない。その能力を世界が黙認するようになればそれでいいことであって、日本と日本人の、自らを励ます言葉に止めていてもいい。何々大国などという無神経ないい方をして、日本文化が守り続けなくてはならない風格に傷をつけてはならない。

 実際的にいえば、さし当たり一〇年やそこらは、英国に追いつけ、追い抜けとでも言った方が、掛け声として実感が出せることなのだ。

 分かり易くいうと、ナンバー・ツーに馳せる夢とは、世界共同体にとっての最重要課題、平和の問題ついて、日本が四〇年間閉じこもっていた殻を割って飛び出すため、体いっぱいで掛ける気合いでもあるのだ。
 


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