魁け討論 春夏秋冬



協力隊の原点--「ボランティア・スピリット」(4)
       人のために役立ちたい

1999年08月13日
 元中国公使 伴 正一

ご意見
 人のために役立ちたい。殊勝な心がけだが、本当だろうか

 回を重ねるにつれて、この連載は時宜を得ていてなかなか良いとの感想が相次いでいる。そのことを伴氏に伝えると、そのほめ言葉は20年前の隊員たちが受けるべきでしょうとのこと。この本に書かれていることは、すべて当時の隊員たちとの対話から生まれたものだからだそうだ。

 さて今回は「三 協力隊参加の意義(『ボランティア・スピリット』27ページ)」から。以下に引用するところは、今も当時とまったく事情は変わらない。

 隊員は、青春の貴重な二年を海外での協力活動に捧げる。その間の必要経費は国の支援を仰ぐけれども、それによって経済的に得るところはない。あるとすれば、国から支給される現地生活費に多少のゆとりがあって、帰路一、二の国を廻って来れる程度である。勤めていた会社を退職したり、休職で行っても同期のものから遅れてしまうことなどを計算したら、こんなに割の合わないことはない。協力隊参加によって得るところありとすれば精神面での収穫以外には考えられない。「ただで海外旅行」などという考え方は、日本人全体が貧しかった時代のことである。
 このところ、訓練所に入所した候補生の間から、帰国後に受け取ることになっている「国内積立金」(退職したり無職で参加する方に、訓練期間中は1カ月5万円。協力活動中は1カ月9万9700円)が支払われることをもって、ボランティアではないのではないかという疑問が呈されることがあると耳にするが、その疑問に対しては上記の引用文があらかたの答えになるだろう。

 これに続いて、では、精神面で協力隊参加の意義をどう考えるのか。

 精神面でも、収穫のあるなしは問題にしなくていい、人のために役立てばそれだけで満足だ」とすっきり割り切るのも一つの考え方である。しかし、そこまで徹底するということは、いくら純粋だといっても容易ではない。(略)

 海外にいる間が2年、それに4カ月(現在は79日間)の派遣前訓練期間などを入れると2年半近く、本業を離脱しなくてはならない。(略)

 ビルマ(現在のミャンマー)のウ・タントさんが国連事務総長であったころ、「私は、いつの日か、ふつうの青年男女が―また彼らの親たちも雇用主たちも―遠い外国で、あるいは自分の国の遅れた地域において、一1年か2年の間、開発のために働くことを、人間形成のうえで当然のこととみるようになることを待望している」という有名な言葉を残している。

 だが、その いつの日か がやってくるのは、まだ日本ではいつのことか見当さえ立たない。今の日本の通念で、2年フルタイムの奉仕ということは、すぐには納得してもらえない型破りの行動である。

 20年前の派遣中隊員数は624人、現在は2290人。これをどう読むかだが、協力隊を取りまく状況は時間が止まったように、伴氏の指摘と変わらない。

 現在でも、応募の動機をたずねると「人の役に立ちたいから」と答える人が少なくない。まさに聖職者のような応募者もいるのだが、中には皮肉な面接官が「じゃ、最近どんなことで人に役立った?」と聞くと、「……」。つまり困っている途上国の人を助けたいので、日本では特に何もしないということらしい。「電車で席をゆずったとかは…」と助け舟を出しても「ないですねー」と答えられて、頭を抱えたという話はよく聞くところだ。

 伴氏は、案外それでいいのではないかという。

 投入する歳月が長くなるほど「純粋奉仕」の気持で持ちこたえることがむずかしくなる。志願者の動機も、したがって、単純にヒューマニズムだけで割り切れないようになる。端的に言って 海外へ行ってはじめて得られるもの がなければ、協力隊の志願者がそんなに続くはずがない。

 げんに、志願者の多くはその動機を聴かれて、「自分を試してみたい」という答え方をする。ヒューマニズムの要素も入ってのことであろうが、試みに、「自分を試すだけなら、日本にいてもいくらでも方法はあるはずだが…」と、意地の悪い質問をすると、うまく答えられない もどかしさ のなかにも、「そうではない」と言いたい気持ちが、その表情から読みとれるのである。

 思うに、毎日の仕事のなかで、

「自分はなんのためにこの仕事をしているのか」

 と自問することは、若者が社会に出てからしばらくの間しばしばあることであろう。だがそれはかんたんに答が出せる性質の事柄ではない。解明の緒さえつかめないで終わる場合が多いに決まっている。そのようなとき、途中でさじを投げないで考えぬいていると、よく発想の転換ということを思い立つ。

 それまで考えてきたこと、あるいはいままでの考えの筋道を、いったんご破算にして、別の方向から出直しをしてみようとするのである。その環境設定として、別の世界に飛び込むという着想が生まれても、成り行きとしてはごく自然のことであり、その別世界が海外であっても別に不思議ではない。

 それに、自分中心、あるいは経済的打算と縁のない形でしばらく生きてみようという気持ちが加わると、途上国での奉仕活動などは うってつけ だということになる。

 以上、試みに「自分を試してみたい」としながらうまくそれ以上を言えない志願者の心のなかを忖度してみたが、つまるところ彼らは、豊かな社会、ある意味で 発展しすぎた社会 のなかにいて得られないものを、第三世界に求めようとしているように思えるのである。そしてそれはまさに 精神面での収穫 を目指しているというべきなのではないか。(略)

 協力隊への参加は、長期フルタイムの奉仕である。例外はあるだろうが、純粋奉仕の気持ちで取りかかれる限界は優に越えている。精神面でなら自分の収穫を求めていいではないか。ボランティアであること、経済的には一文の得にもならないという点で認識がしっかりしていれば、それでじゅうぶんだと思うのである。

 今でもこんな調子で、応募に当たっての動機については誠にこだわるところのない伴氏だが「国や世界共同体から見た協力隊の意義」に話が及ぶと俄然表情が一変する。

 「とてもそこまでいってませんなあ。」

 吐き出すようなその一言が印象に残る。この点は氏が2年前に書かれた小冊子「ボーイズ・ビー・アンビシャス」に詳しいが長くなるので省略し、次回は「精神的収穫の重み」に進みたい。


 月刊「クロスロード」連載「伴 正一著『ボランティア・スピリット』を著者と共に読み解く」(本誌・斎藤儀子)から転載
1999年12月11日 (7)−「自分がこの国の為政者だったら」という視点
1999年11月06日 (6)−旗印の「民衆指向」が意味するところ
1999年09月03日 (5)−10年後に本当に分かる隊員だったことの意味
1999年08月13日 (4)−人のために役立ちたい
1999年07月26日 (3)−隊員は一匹狼であるべきか否か
1999年06月30日 (2)−現地の人々が隊員の活躍ぶりをせせら笑うとき
1999年06月18日 (1)−協力隊の原点--「ボランティア・スピリット」

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