魁け討論 春夏秋冬



政治とカネ物語(1)
   −−政治家は何でメシを食うのか

1999年08月08日
 元中国公使 伴 正一

ご意見
 政治家は何でメシを食うのか。

 このことはなおざりにしてはいけないはずのことだが、結構おざなりにされている。

 正面から取り上げて議論しているのを聴いたことがない。

 どうやら世間では、政治家がそれぞれ自分で工面すること、いわば私ごとと考えてきたのではないか。だから、政治資金問題を論ずる公(おおやけ)の場で、政治のシステムとして取り上げることなど、思いもつかぬことだったに違いない。

 それと言うのも,政治はやはり、食うに困らない(身分の)人のやるものという、牢固として抜き難い政治観があったからだろう。政治家のメシのことなど、国民が心配することではなかったのだ。

 国民が問題にしてきたのは専ら,選挙のときに動く巨額の運動費や、普段からの組織活動に出費を余儀なくされる夥しい人件費、PR経費のことだった。そしてそれはそれで重要なことに違いはなかった。

 だが考えてもみるがいい。今どき食うに困らない人間がそんなにいるだろうか。

 生活費が、打ち出の小槌でも振るように軽く片手間で稼げる、なんて言う「うまい話」が、まともに考えられるだろうか。

 ほとんどの人が、家族を支えるのが精一杯で、その生活費のために朝から晩まで汗水たらして働いているのではないか。

 傍(はた)から見ていて派手に見える政治家の私生活から、政治家とは「生活費のことが苦にならないでいられる人種」のように錯覚し易いが、そんな現実離れした想定で政治の在り方をツメて行ったら、政治制度の設計図面に重大ミスが発生するのは当たり前である。

 政治とカネの論議が今もって空転気味なのも,「政治家は何でメシを食うのか」という基本部分で設計がブランクになっているからではないのか。

 どんな分野のシステムでも、設計に空白や無理な個所があると、その部分は実際上の必要性から,理屈は二の次にして何とか「やりくり算段」をして行かねばならない。

 そうこうしている中に、自ずから設計図代わりの「裏マニュアル」が仕上がって行く。そしてそれがやがて、ホンネ世界の自然則として当然視されるようになるのだ。

「政治家は何でメシを食うのか」という問題は、戦後夙(つと)に政治制度の設計課題として登場すべきであった。にもかかわらず、何しろ事が面倒で、手を着けると収拾がつかなくなる心配があり、お茶を濁して先送りされるのが毎度のことであった。そしてマスコミは極楽トンボよろしく「きれい事づくめ」の論評を載せ続けて来たのである。

 それを一概には責められない事情もあるにはある。ここでも極く簡単に触れておこう。

 功成り名遂げた政治家の場合でも、カネの心配は事情に精通した名参謀や腹心秘書がしてくれていて、本人は碌に知りもしないケースが少なくない。

 デモクラシーであろうとなかろうと、政治におけるカネは、あたかも閨房の秘事のように容易には外へは洩れない性質のものなのであって、いくらマスコミが逆立ちしてもその全体像が掴めるはずがない。

 まして選挙の修羅場を潜ったこともなければ,私費で人一人雇ったこともない象牙の塔の政治学者にそんな実情が見えるわけがない。総じて日本のエリート層の頭にあるこの方面の知識水準は,幼児のそれと横並び程度、信じられない程のお寒さなのである。

 政治家の中に常識で考えられない巨額の産を成す事例が生じたりするのも、こんなところから来るのだろう。そこまで行かなくても、政治家の家計や資産形成が、あの手この手の思案を経て、簡単には世間の目には留らないように、うまく処理されているであろうことは想像に難くない。

 そこで次回は、(議席があって生活費も歳費で賄える状況にある政治家とは似ても似つかぬ)雌伏時代の政治家、即ち、中々議席を得られないでいる新人や、議席もろとも議員時代の年収を失っている落選期の議員に焦点を当ててみることにしよう。(続く)


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