魁け討論 春夏秋冬



平和の仕事(5)−アフリカで手の汚れてない日本

 3月20日、高知市内のラ・ヴィータで開いた「平和の仕事」と題した「ふるさと講演会」のまとめです。

1999年08月04日
 元中国公使 伴 正一


ご意見
 ●アフリカで手の汚れてない日本
 まだまだ色々お話したい事が沢山ありますけれども、あと一つだけ突飛な話をして、終りにさせていただきます。

 アフリカは今アメリカが匙投げとると言いましたよね。そのアフリカは、日本にしてみれば、全く手の汚れてない地域なんです。ヨーロッパ諸国のような侵略歴が皆無なのです。アジアのように日本が、かつての軍事支配を咎め立てられている地域とはわけが違う。アフリカで、ヨーロッパが悪びれるというのなら話はわかるのですが、日本が悪びれたり前科者視される理由はどこを探しても見当たるはずがないのであります。私はパキスタンに2年あまり在勤しましたが、そこらあたりでも侵略国日本のイメージはほとんどありませんでしたよ。

 日本が内心、徴兵逃れ的な気持ちで平和愛好国づらをするんではなく、自らの良心に誓って平和の仕事に打ち込もうというのだったらですね、憲法は憲法として別途論議を進めながら、アフリカのように全く手のよごれてない地域での平和の仕事を、雄大な構想で検討し始めていいではありませんか。

 ●平和というものへの思い違い
 それで思い付いたことなんですが、そもそも平和とは何かということについて、日本人は思い違いをしているのではないでしょうか。

 それにはどれだけ苦労があり、それを守るためにどれだけの血が流れているか、ということが分っとらん。そういう苦労や犠牲によってやっとありついているのが平和だということが分っとらんように思えるのであります。

 放っといたらジャングルの論理で人間以外の世界、鳥や獣と同じように一晩たりとも安閑として寝られはしませんよ。それが大自然でしょう。その中で人類だけが苦心惨憺して、平和な十年とか、平和な二十年を持ち得ている。

 それを当たり前と思い違いしているから多くの文化人の平和論が"おめでたいもの"になってしまうのだと思います。平和がちょっとした心掛けで簡単に得られるものなら、人類は二千年前から平和で、戦争なんかとっくの昔になくなっている筈じゃありませんか。

 では皆さんどうぞご質問を。


 【質問にこたえて(抜粋)】

 T ナンバー・ツーを目指す

 アメリカであろうが、どんな権力であろうが間違いは起こす。

 今いい質問をして下さったから"悪ノリ"させて頂きますと、そこで、アメリカに「アメリカさん、ちょっと待ちなされ」と、言ってアメリカが耳を傾けるような助言者、たまには指南役に日本はなろうやというのが私のナンバー・ツー論なのです。ナンバー・ワンのアメリカが薩長藩閥政府みたいになったらいかんからその横から、間違った時はストレートにものが言えるだけの国に、日本はなろうじゃないかというのです。

 それにはやっぱりですね、平和の仕事の面でもしっかりやらんといきません。厳しい局面になると逃げ回って、「血を流す役はよその国でやってくれ」みたいな、身勝手なことを言いよったら、そんな日本の言うことにアメリカが耳を傾ける筈がありません。

もう一つは見識が無けりゃいきません。

 アメリカが一目置くような見識を日本が持ち備えるようになるということは、国家百年の計と言える大目標です。素晴らしい若者の夢にもなり得ましょう。いい大学とかいい会社、そんな次元でしか目標を立てれないようなことでどうなりますか。日本は維新この方、有色人種の先頭を切ってきた国ではありませんか。

 ところで私が、アメリカの行動でこれはよくないと思ったことがあります。それはハイチへ攻め込もうとしたことです。

 カリブ海にハイチという国がありますが、選挙で通った大統領がクーデターで軍部に追放されるということが起こったんですね。

 多数の難民がやってきて対応に手を焼いたからかも知れませんがアメリカは、ハイチへ軍隊を送ろうとした。かなりの独裁政権には違いなかったようですが、コソボのような、ルアンダのようなひどい事態になっていたとは考えられない。軍事政権が隣のドミニカを攻め取ろうとしているわけでもない。人権とか政治的自由とかアメリカなりには一応の大義名分はあったんでしょうが、カリブ海は自分の庭先という、今まで式の思い上がった感覚もあって軍事行動に出たんじゃないでしょうか。幸いカーター元大統領の軍事政権説得で危機一髪、アメリカの軍事行動は回避されましたが、こんなケースのとき助言,進言が受け入れられるくらいの重みのあるナンバー・ツーになることを日本は長期目標に立てるべきではないでしょうか。

 国連査察を拒むイラクに対してアメリカが攻撃を開始した時、その作戦に協力したのはイギリスだけでしたが、 私はそのときハイチの場合とは逆に、アメリカのやったことは正しいと思いました。

 フランスは先々のイラクにおける利権のことが念頭にあってイラクに気がね気味だったんでしょう、苦渋をにじませた発言が印象的でした。

 問題は中国とロシアです。すらすら何のわだかもりもなく、アメリカはなっちょらんとアメリカ叩きをしとるんですなあ。

 しかし叩くだけで事がすむんですかねえ。国連との約束を守らうとしない国にも色々あるでしょうが、イラクの場合など口だけの説得では十年経っても埒があかないかも知れません。

 でもそうした事態を打開する武力発動決議を国連の名で打ち出そうとすると、中国とロシアが安保理で拒否権を発動し、国連の機能を麻痺させる。そうしておいてアメリカでもNATOでもが、国連代わりに何かやろうとすると「国連の決議もなしに何事だ」と非難を浴びせる。

 「もう一年説得を続けろ」なら結構ですよ。イラクが国連との約束を守るように仕掛ける方法論を呈示するなら分るのですが、どうも中国やロシアのやったことはそうではなくて、アメリカを悪しざまに言って自分たちの存在感を高めようとしているだけのように思えるんです。

  それで北鮮の場合でも本来なら、国連として、いざ暴発となったら北鮮のミサイル基地を叩けるだけの状況を作りながら事態の推移を見守る義務があるわけですが、安保理常任理事国で拒否権を持っているロシアや中国の気心が分らないのでは、それは吹けば飛ぶような他愛ない期待にすぎません。

 2  橋本知事の非核条例案

 ミサイルが敦賀へ落ちようが東京へ落ちようが、アメリカには何も頼まん。ソウル周辺で一万五千の日本人が北鮮に包囲されておってもアメリカに頼まんという腹がすわっとるなら、橋本知事のようなこと言ってもいいと思う。

 しかし、いざとなりゃあ国民の命をかけたことを頼むアメリカなのに、そのアメリカをあたかも対象にしたような非核条例は虫が良すぎると私は思います。

いざという時何万という人命に関することをお願いするんだから、そういう可能性を孕んでいるアメリカに対して偉そうに自治体がツベコベ言うな。高知からの観光団一〇〇人がソウルで死にかけていてもアメリカの力は当てにせんという覚悟が決まっとるなら話は別、というのが私の意見です。

 日本周辺に関する限り、こっちも頼むし、向こうから頼んで来たら気前よく応ずる。そういう持ちつ持たれつの関係を大切にするのが日本の良心であり、見識であるというのが私の持論です。

 3 見通し立たぬアフリカでの平和の仕事

 今まで言ったことの繰り返しになりますけれども、止め男は腕っ節が強うないといかんというのは緒方貞子さんでも言ってる訳ですよ。

 弱わっちいのが「やめて!やめて!」言うたって「黙っとれ!」と一喝されたら終わりです。すごいのが来て「やめ!」ってドス声で言うたらやまります。国際関係も全く同じなんですが、アフリカではソマリア出兵に懲りてかアメリカの腰が引けていて、外に止め男が務まりそうな国なり國際機関が見当たらないんですね。

 地域紛争の根っこにある今のアフリカの国境線なんか、イギリスやフランスのいい加減な植民地政策の爪あとともいうべきもので、欧州主要国の手はすごく汚れている。

 このままでは、アフリカには気の毒だけれども打つ手はないんじゃありますまいか。アフリカで何か出来そうな潜在的条件を備えているのは日本かも知れないんですが、それとても二十年、三十年の世論醸成期間が必要でしょう。

 NATOがアフリカをカバーできないか、というのも気の遠くなるような話だと思います。

 4 千載一遇の好機

  橋本さんの出した修正案は最初の案よりはましです。県知事の権限でアメリカの艦船の入港を拒否するというところはもう取り下げたわけで、その点は進歩があるんですが、所詮は大きな目で見たら四の五の言っとる訳ですよ。

 その背景を考えると橋本大二郎だけが悪いんじゃない。県民の軍事アレルギーが嫌米感情と重なってこんな屈折した発想になってくる訳で、軍事力を悪と決めつけて世界中から無くしてしまったら平和になるのかという、人類がまだ解き得てない課題まで遡る話になるのです。

 知事は六月県議会に再提案するように言うておりますが、はっきり言わしてもらえば橋本さんはまだ国際問題が分かってない。おそらく進歩的文化人の先生から習ったことをまだひこずっていて、何となく聞こえのいいことで一石を投じようとしてるくらいのことだと思いますね。まだ高知県なんかろくに船も入って来んのに、あんなに偉そうに言うことないやないですか。

 少々 雑談的なことを言わせてもらいますと、前の知事選挙の終わり頃のことです。「しもうた!と思った。橋本さんとこへ行ってね、「あんた今度はいくら票が減ったって落ちることはないんだから。こんな時こそ思い切った事を言いなさい。沖縄の基地の一部分を本土の代表として我が高知県は引き受けますと大見得を切りなさい」と言いに行っとけばよかったと思ったのです。

 どこの県も尻込みして、気の毒な沖縄に義侠心を見せる県がない。そんな腰抜け県ばかりの本土の中で、坂本龍馬じゃないが、颯爽と土佐がさむらいの気概を示す。

 戦時沖縄県民の力戦奮闘、余りにも長かった戦後の異民族統治、そして今も続く過重な基地負担。それを見て我が高知県が立ち上がる。その狼煙(のろし)を橋本さん、あんたが上げなさい、という勧めをやっとけばよかったということですよ。

 そしたら票は半分になるかも知れん。半分になったって勝ちますがな。

 そうなったらですよ。アメリカも日本を見直すでしょうし、日本に対する世界全体のイメージにも変化が出て来るに違いありません。

 国内からは「さすがは土佐、龍馬の気宇は今も生きとる」となるところだったろうに。もうちょっと早う気がついたら良かった。惜しいことをした、と今でも思っているのであります。

 5 勝った国、強い国にひがみ根性を持つな

 憲法制定の経緯ですが、占領中は、もう負けたんだから潔い敗者になろうと言う心情で、あの憲法を国会で通したところもあるでしょう。

しかし占領が終わったら心機一転して憲法論議を盛んにし、アメリカの悪口を言うんじゃなくて、これからの憲法はどんなのがいいかという議論をじゃんじゃんやるべきだった。

 にも拘わらず、それをやらなかった日本の学者、インテリ、オピニオンリーダーは何という腑抜けだったかと思うんです。

 それからもう一つ、吉田さんは今何でもかんでも褒められますけれど、憲法については大失敗をしていると思うんです。

 講和条約の前に、のちに国務長官にもなるダレス特使(講和条約担当)から、もちろん朝鮮戦争も始まってからですが、日本の再軍備をせんかと持ちかけられるわけです。

 吉田さんがねえ、それを断らずにですね、渋々という顔をして「あんたら身勝手やないか」と少し厭味も言いながら、「そうまでおっしゃるなら変えましょう」と応諾の返事をする。「そのかわり十万も二十万もはいきませんぜよ。あんたらあがこんなに超平和主義の国民にしてしまったんだから。せいぜい五千ですなあ、陸・海・空で。はずんでも一万ですなあ」とやっとけば、アメリカに恩を着せながら、一万の軍隊というものが出来る。

 軍が出来れば今みたいに国の交戦権は認めないだとか、陸・海・空の戦力はこれを保持しないだとか、憲法解釈混乱のもとになる規定は全部姿を消すわけですから、その後半世紀にわたる不毛の"神学論争"は無くて済み、日本はどれだけすっきりした、アジアからも世界からも分り易い国になっていたことでしょう。

 惜しかったですねえ。あの時だったら出来たんだから。

 負けた方が勝った方の悪口を言うくらい見苦しいものはないんですが、あの憲法で、衆参両院それぞれの三分の二の賛成がないと憲法改正の発議が出来ないとしたのは乱暴ですなあ。

占領軍は食べるものはくれたけど、精神的武装解除はやりまくったですねえ。江藤淳なんかがぼやくのは無理ないと思いますよ。

 ぼやきと言えば中国のことに触れたくなるのですが、中国は戦勝国とはいっても個々の戦闘では負け戦が多かった。その恨みつらみめいたことを動機が何であれしつこく言うのは大国の風格と言えませんなあ。同じように日本もアメリカに対しては気をつけなくてはなりません。

 昔のことでなくてもアメリカにはいくらでも悪口を言う種はあります。横暴ですよ。しかし薩長藩閥政府が横暴だったからといって明治維新は失敗だったとは言えません。横暴でも、やっぱり日本をあれだけ高めた功績はあるんです。

 権力者の悪口を言ってメシの種にする傾向が、学者や評論家にはありますが、実際の国家運営は難しいですよ。そこらの大学教授が言うようにいきますもんか。

 6 占領統治の裏表

 共産党の野坂参三が国会での質問で自衛の必要性を述べたことは有名な話ですが、答弁に立った吉田さんはこう言っています。

    「今までの戦争と言うのは皆自衛戦争の名において行われて
     おります。今野坂議員のおっしゃることは誠に有害無益…・」

それが内閣総理大臣の答弁ですよ。それに「そうだ、そうだ。」と思った国民が何人いたか。黙っとった国民は、もう負けたんだから、負けた者が未練がましいことは言うまいというのが半分じゃなかったでしょうか。

 私はその時は大学へ入学していました。自衛権が無いような国があるかと思いましたが、そういうことをあのころ言おうもんなら、大学の学生仲間から袋だたきになったでしょうね。アメリカの精神的武装解除が徹底していて、とても自分の自由意志で物が言えるような雰囲気ではなかったというのが私の実感でしたよ。

 それどころか私のような軍人出身者はそれに輪を掛けて酷い仕打ちを受けたものです。

 海軍のクラス会をやるのにハガキを出したら危ないんです。追放者が三人集まったら犯罪になる。戦争が終わった時まだ二十一歳でしかなかった私ですが、海軍士官だったというだけの理由で公職追放になり、それだけでなく、三人集まったら犯罪になる。そんな苛酷な、人権無視の進駐軍命令だったんです。その後私は結婚するんですが、女房とのラブレターなんか随分検閲されたものです。その時に生きた人達の素直な気持ちを、それぞれ自分の胸に手を当てて思い出してもらうと色々なことが浮かび上がってくるでしょうが、今からではもう遅いでしょうね。

 7 特に政治家にとってタブーだった防衛論議

 国を守るためには戦争もやむを得ん。やっとそこまでは、それほど抵抗なく言えるようになりましたね。

 ところが今から十年か十五年前、ロンドンの大学にいた森本という学者が本を出しましてね。敵が攻めて来たら降伏だ。そしたら国民の生命は一つも失われずに済む。下手に守るじゃ言うて血を流すのは阿呆の骨頂や、と書いて結構世間受けしてましたよ。

 私は十年選挙をやりました。最初は参議院、全部で三回。その間、なんとか防衛問題を言おうとずーっと思い続けながらとうとうよう言わなかった。

 それを正直に言うたら票がガクンと落ちるに決まっている。当選はあり得ないとして出馬した最後の選挙でもですねえ、それを言うことによって、さなきだに減っている票がさらに激減して目も当てられぬ票に落ち込む。それが恐さにとうとうよう言わなかったですよ。

 しかし、内心本当は言いたかったですね。

 森本教授の言うようにみな降伏して、人が一人も死ななんだとしてもですよ。ソ連軍がダーッと重戦車で入って来る。さあ、生活水準は日本の方がソ連よりも数倍上ですがな。ソ連が自分の国より数倍上の日本の生活水準を許容するなんてことが考えられますか。マイカーも影をひそめること請合いですよ。でもそこまでは命を助けて貰ったんだから仕方がないとしましょう。

 それに追いかけるようにして、ソ連が日本の工業力を軍事産業に転用し始めたらどういうことになります?日本の工場の半分とは言わんけど三分の一位はソ連のための軍需工場になってしまう。人を殺す弾や、戦車を作る工場になってしまう。

    「こうなったとき皆さんはその、人を殺すものを作りに行きますか」
と選挙民に聞いたら
    「そりゃ行けん。拒否する」
という答えが返って来るでしょうね。そこで更に問いかける。

 「おまさん、ソ連の言うことを拒否して命の保証がありますか。デモをやる? ソ連でデモなんて聞いたことがない。それでも命がけでデモをやるんですか」
とですね。そこで、
    「構わん、命がけでやる」
と言えば立派ですが、こういう土壇場に来てですね、
    「そりゃ命は地球より重いきんのう」
と言うんだったら何ということはない、自分たちの命を守るためなら人殺しの手伝いもするというところへ結論は行ってしまうじゃないですか。

そんな見っともないことはできん、と土佐人なら言う人が少なくないでしょうね。
 ここまで話を持ち込むことができたらあと一息、

「命がけで占領軍に楯つくくらいなら、始めから占領などされないように命がけで戦う方が、考え方として数等上だ、ということになりませんか。占領されてしまった後でソ連に追い込められて銃殺になったり、監獄で絞首刑になるんじゃあ人間の在り方としてみじめ過ぎはしませんか」
 私が有権者の皆さんに訴えたかったのはこういうことでして、一生懸命、右のような理論構成をしたわけですが、三段論法式で回りくどい。とても一ぺんで有権者の頭に入りそうにない。

    「若者を戦場へ送る伴」

などと連呼でやられたら一コロですわ。こっちの話は

 今でも五分かかってますでしょう。五分もかかる話は選挙では禁物、やっぱり車で走りながら連呼で言えるスローガンには歯が立たない、ということでとうとう言いたいことをよう言わなんだというわけであります。今だからこそ票が要らんから、思い切ってこういうことが言えるんです。

 でも政党ともなると今でも、国を守る話を戦争につながる形でして大丈夫か。まだちょっと危ない、要注意だぞ、という懸念があると思いますよ。

 現に自民党の中の議論は腰が引けてます。それだけまだうっかり言うたら自民党の票が減るというすごい恐怖心が、もの言わぬ先生方にあるのだと思いますねえ。私自身にあったんだからそこはよくわかりますよ。

 日本人はまだまだ目が覚めてない。目からうろこが落ちるのはかなり先のことだろうと思います。ご清聴どうもありがとうございました。



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