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協力隊の原点--「ボランティア・スピリット」(3)
1999年07月26日 | |
| ご意見 | 続いての項は「一匹狼」(12ページ)。 青年海外協力隊という名称は、部隊編成を想像させる。しかし、事実はさに非ず、現に約500名(現在約2300人)の隊員たちが20余り(現在59カ国)の途上国に展開しているけれども、そのほとんどは別れ別れの形で仕事に就いているのである。この部分は、現在の隊員たちには羨望すべき状況であるかもしれない。現在では都市の隊員が増え、日に一度は隊員同士が顔を合わせるという国や地域もあり、隊員同士のつき合い方などがストレスの引き金になるというような問題も起こってきているからだ。 事務局では無線機携行など通信網の整備が整ったこともあり、すでに地方展開の方向に大きく舵を向けていると耳にしている。伴氏は「毎日、日本語を喋る機会があるとすれば、それは隊員としては逆境にあると認識すべし。またそのような逆境にあって、人付き合いの悪さを指摘されようとも、あえて孤塁を守るべし」とかつての自説を改めて強調された。 「協力隊参加は、農業や小企業の後継者にはうってつけの修行だがなあ」といつも思う。若くして孤独を味わせることが、後日経営者となった場合、大変役にたつはずだ、という気がしてならないのである。これは仕事の上だけではない。今の日本では、テレビをひねればドラマが出、手をのばせば新聞がある」「孤独、そして原点に立ち帰ること」というのはどういう意味か。伴氏は、苦笑しながら
「それこそが協力隊の醍醐味、と言えるように思いますがね。経営者は孤独なり、と言うでしょう。天上天下、頼れるのは自分だけ、というのは悲壮な思いではありますが、見立て方では荘厳な、王者のみの知る境地でもあります」協力隊イコール技術協力という図式がいまだに強固に隊員を縛り、異文化の中でたっぷりと哀歓を味わう面がないがしろにされていないだろうか。伴氏の話を聞きながら、この部分を隊員たちはどう受けとめるのだろうかと思いを馳せた。 協力隊の主人公は本当に隊員?「隊員」の章の最後(17ページ)に次のような一文がある。 協力隊の主人公は隊員である、という言い方がされている。それは隊員がボランティアであるということを構造図式で言い直したものなのだ。主人公だというなら、もっと自由な行動が取れていい。ルールだって、『隊員ハンドブック』式に他から与えられるのではなく自主的に決めたらどうなのか。主人公というのは、聞こえはいいが、どうもよく分からない。 そこで伴氏に「こんなのは、国民が主人公というのとよく似ていますね。建前論めいていて何だか空々しくはありませんか」と問いかけてみた。すると返ってきた返事が振るっている。 「協力隊を一般向けに説明するためのようなものです。18ページから26ページまでのくだりは、自分としてはずいぶん骨の折れた苦心作なんですが、出来映えは実践者向けになっていない。人に説明しなくてはならなくなったときに読んで、参考にしてもらえればいいんです」まだ言葉としても熟しきっていないボランティア活動なるものを条文らしい言葉で表現し体裁よく法律に書き込むのは、ハタで見るほど楽な仕事ではなかったようだ。本人は「実践者向けになってない」とボヤくが、国際協力事業団法という国の法律の中に明文化したのは伴氏の功績と聞いている。氏は「知る人ぞ知る」とのみ語る。そうこうしている中に話が弾んで伴節になった。
「ボランティアばやりで、それを売りものにする人間もふえてきました。隊員も気をつけないといけませんね。人がそう言ってくれている限り別に謙遜しなくてもいい、神妙に承っていればいいと思うんですが、自分からボランティアを口に出すのはあまり感心しないですね」さて次回は、27ページにジャンプする。 月刊「クロスロード」連載「伴 正一著『ボランティア・スピリット』を著者と共に読み解く」(本誌・斎藤儀子)から転載 1999年12月11日 (7)−「自分がこの国の為政者だったら」という視点 |
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