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政治とカネ物語り はじめに1999年07月20日元中国公使 伴 正一 | |
| ご意見 | ●はじめに 重要法案がスラスラ通って行くなかで、一体どう収拾する積もりなのか小渕の意中が読みづらいのが、衆議院定数の削減問題だが、それにも勝る根深い問題なのに永田町はおろかマスコミでも、大論戦を繰り広げようとする動きがさっぱり見えないのが、来年以降の企業献金の問題である。 デモクラシーであろうとなかろうと、政治くらい腐敗し易いものはなく、カネくらい政治を腐敗させ易いものはない。 一度でも国政選挙に出たことのある者なら、それがどんなにカネを食うものか、骨身にしみているはずだが、その経験のない人々には分りにくい。夜を徹して説明を試みても、どれだけ納得が得られるだろうか。 さあそのカネが、このままだと来年以降、企業からは貰えなくなるのだ。 私の予感だと、すんなりそうなるとは到底考えられない。理屈をつけ与野党あうんの呼吸で先送りしてしまうのだろう。そしてそれは、事柄が事柄だけにあまり責められないことのようにも思えるのだ。 選挙のカネ集めはつらい仕事である。 それでも企業献金の場合は、企業側の担当者にもよりけりだが、業界で影響力のある著名人の紹介状がある限り、それほど卑屈感に苛(さいな)まれずに、充分とは言えないまでも多少はまとまった額を集めることができる。 だが個人からカネを貰うということは、そんな生易しいもの話ではない。 昔なら自前で新橋通いをしていたであろうくらいの人でも、今は会社のツケにする。それ以下のランクになると、定期昼食会の会費程度でも社の経費で落とすのが当たり前だ。豊かになっても、前よりずっとせちがらい。一度個人の財布に入ったカネは容易のことでは出て来ない。 自腹をきる気前のよさがすっかり影をひそめた当世の風潮だ。 この、まるで氷河期のような寒々とした現実に気づかないまま、個人献金で選挙のカネを賄えと言うのは、余りに現実離れしていて、無責任だと断定せざるを得ない。 企業献金を禁止するだけで解決するほど政治資金の問題は生易しくないのである。(続く) |
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