魁け討論 春夏秋冬


平和の仕事

1999年06月29日
 元中国公使 伴 正一

ご意見
 耳慣れない言葉で、NGOの集会かな、くらいのところが普通の人の頭に浮かぶイメージだと思うのだが、実は大違い、戦争の危機が迫っているときとか、一刻も早く戦争を終わらせなくてはならないときとかに展開される、國際政治の中でもウルトラC級の"荒療治"なのである。

 臓器移植のときの物々しい手術室の、張り詰めた空気そっくりと思えばいい。しかも懸っているのは一人ではなく、万単位の人の命であり、その生涯の命運ときている。

 平和の祈りやアピールと違って、平和の仕事は、それを正視する限り、戦争という対象物に立ち向かう、油汗びっしょりの力仕事という実感がしてくる。

 ボスニアからコソボに至る10年近いバルカンの流血を振り返ってみよう。

 さしもの動乱が一応の終息を見るに到ったことは、いま述べたような「平和の仕事」の数多くの営みなしには考えられない。平和とはそんなにしてやっとこさ辿り着くことのできるものなのだ。

 ロシアやG8の出て来る局面だけでなく、重武装NATO戦闘部隊6万のボスニア駐留や、あまり評判のよくなかった2カ月半のユーゴ空爆についても、平和の仕事の中でどれだけの役割があったのか、なかったのか、重厚味のある討論が日本で始まることを願ってやまない。

 神学論争は聞き飽いた。「平和の仕事」に目を向け、言論界も政界も実践論的な論議で国民の啓蒙にあたって欲しいのである。



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