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NATOに国連の代役は務まるか1999年05月24日元中国公使 伴 正一 | |
| ご意見 | 湾岸戦争のころ、本来の国連機能が発揮され始めるかに見えた時期があった。アメリカを主力とする多国籍軍の武力行使をオーソライズする安保理決議も発出された。 しかし今、バルカンで起こっているエスニック・クレンジングなる人種間の追い立ての修羅場を目の前にして国連は無力である。 百万単位の死者と難民が出たボスニア・ヘルツエゴヴィナでも、それだけの犠牲者が出た後、最終的に戦乱を収めたのは、ロシアも加わって、NATO重装備戦闘部隊の進駐であった。 今コソボでも、同じような装備と構成での戦闘部隊の進駐以外に,殺戮や追い立てに「待った」を掛け、アルバニア系住民を原状に復帰させる手はありそうにない。 ユーゴ側がそれを受け入れれば空爆は終わる。だが2ヶ月の抵抗は何だったのかとい責任論が噴きだして、ミロセヴィッチ政権の存続も危ぶまれよう。 ユーゴが上記部隊の進駐を受け入れなければ、仮にロシアが加わらなくてもNATOは武力進駐の作戦に出る外はあるまい。 そこまでやらないと、地域安全保障機構としてのNATOは、その存在意義を問われる羽目になる。逆に、追い立てという残虐手法を駆使しての「ミロセヴィッチ流」民族運動は、最後にコソボで凱歌を上げることになる。 そしてそれが、例えばアフリカなどに飛び火して、今までの民族闘争を一挙に凄惨極まりないものにしないという保証はないのである。 国連は安保常任理事国中の一国の拒否権発動で眠らされる。そうなった時のことは、自動を手動に切り換える式の発想で、やはりきちんと考えておかねばなるまい。 日本のマスコミは、NATOの誤爆報道もいいが、国連が機能しない時に、(例えばヨーロッパ地域での安全保障機構と見たてた上での)NATOにどこまで国連の代役を果たさせるべきか、といったテーマで大所高所から、世界を傾聴させるくらいの論陣を張ったらどうか。
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