スバス・チャンドラ・ポース首席
              元陸軍中将・元光機関長 磯田三郎
 昭和十九年初め私は「光」機間長を拝命、大本営及陸海軍省、外務省、大東亜省等と連絡の上、寺内総指令官に申告指令を拝受したる後、二月十日頃、蘭貢に赴任、「ポース」首席と初対面をしてから終戦直後に当る八月十七日面貢で御別れする迄、ーカ年半余りの間、大体行動を共に致しました。

 斯くて色々な場面におけるネタージーの御壮容は、彷彿として目前を去来し、彼の朗々たる音吐と、相手を説得せねば己まない力強い調子は今尚耳朶に残って居り、真に感無量のものがあります。私の脳裏に深く刻み込まれている多くの印象の中から、「ポース」首席の第三次訪日に関する思出のごく概略を述べ度いと存じます。

 訪日の目的は、小機内閣及大本営の首脳即ち小磯首相、杉山陸相、米内海相、重光外相兼大東亜相及梅津、及川両総長等と親しく面接、東案前内閣の対印政策を、豪も変更することなく踏襲すると云う日本政府の真意を確めると共に、日印借款協定の締結、会便の派遣、INAの装備の増強に関する要請等でありました。

 一カ月に亘る滞京間、私も彼と大抵同席し、折衝などに当ったので、彼の堂々たる態度、公明正大な精神、祖国の独立に対する百析不撓の熱意と、努力には、頭の下るものがありました。この様に行事が山積し多忙を極めたにも拘わらず、彼は寸暇を利用して盟友知己を訪れ、同志の死に衰伸の誠を捧げるなど温情溢れる友情を披瀝致しました。

 即ち印度独立運動の先輩である盟友ラス・ビハリ・ボース氏を病床に見舞い、親しく慰間し、その快復を祈った。また東条前首相を私邸に訪れ、お互に胸襟を開いて懐旧談に耽った。この熱識と人情のこもった訪間は、今尚その御遣族を大変感激させて居る次第である。先年首席の死因など調査のため来朝された彼の御令兄に対し、東条勝子未亡人から親しく涙ぐんで述べられた謝辞は非常に私の胸を打った。

 尚東亜来着以来、首席と行動を共にした干田司政長官逝去の悲報に接するや、彼は直に遣族を弔間、次で小生が委員長となって築地本願寺で催された葬儀に参列、声涙倶に下る弔辞を述べられ遣族等をいたく感動させた。また青少年指導に、特に熱心な首席は、興亜同学院を訪れ、青少年留学生の学修状混を親しく視察し、その優秀な成績に満足して懇切な訓辞を写えた。またこの訪日に先立ち、光機関から伝えられた勲一等旭日章贈呈の内意を、首席は独立達成後、部下と共に頂き度い旨を述べて、固辞した如きは、その名利に活淡な一端を示すものと思われる。

 

 
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 ネタジの思いで 元衆院議員 高岡大輔