ネタジと日本人  
Subhas Chandre Bose Academy

はじめに 1995年8月18日 アカデミー事務長 林 正夫
 
第1章 ネタジ・スバス・チャンドラ・ボースの生涯
 1 少年・学生時代(明治30年−大正10年)
 2 インド国民会議派の若き闘士(大正10年−昭和2年)
 3 インド独立闘争における着きベンガルの指導者(昭和2年−昭和15年)
 4 国外脱出・ドイツヘ(昭和15年7月−昭和16年4月)
 5 ベルリン(昭和16年4月−昭和18年4月)
   ドイツにおけるポースの活動
   自由インド、その問題点(ボースの論文)
 6 チャロー・デリー(昭和18年5月−12月)
   ドイツ脱出‐インド洋上の邂合
   イ26号を難艦するにあたり将兵に対する感謝の言葉
   ラス・ビハリ・ポース氏との対面
   インド独立連盟総裁・インド国民軍最高司令官に就任
   IIL総裁就任演説(昭和18年6月4日、シンガポールにて)
   征け征けデリーヘ……岩原唯夫……
   自由インド板政府主席就任演説(昭和18年10月21日)
   対米英宣戦布告(昭和18年12月24日)
   大東亜倉議のボースについての報道
   自由インド板政府制定国歌……岩原唯夫……
   INAの進軍歌 …………………藤井千賀郎……
 7 インパール作戦(昭和19年1月−9月)
   日印共同作戦‐INA進軍
   インド国内の同志への呼ぴかけ(ポースのラジオ放送)
   ジャンシー連隊隊員への特別教書
   インドを生かすために死を(ボース演説)
 8 イラワジ会戦・日本の降伏・ネタジ台北に死す(昭和19年10月−昭和20年8月18日)
 9 スバス・チャンドラ・ポース氏の最後の一日
   ハビブル・ラーマン大佐の覚書と回想
   スバス・チャンドラ・ボース氏の最後
   スバス・チャンドラ・ポース氏の遣骨について……望月教栄……
   44年間異国に眠るネタジの遣骨
 10 ネタジへの衰悼の辞
 ネタジの偉大さについて……マハトマ・ガンジー……………
 偉大なる世界的人物………ビルマ連邦首相ウー・ヌー……
第2章  ネタジと留学生及び江守喜久子さん
 1.INAにおける教育・訓練機関
 2.留学生の母と呼ばれた江守喜久子さん
 3.大東亜戦争とインド
 4.INA東京士官学校留学生名簿
 5.日本留学の思い出
 
第3章 スバス・チャンドラ・ボース氏への追憶
 ネタジに近侍したころの思い出 元光機関員ネタジ専属連絡員 根岸忠素
 スバス・チャンドラ・ボースの思いで 元駐ドイツ大使 大島浩
 ネタジは尚生きている-われら日本人の心の奥に 元ビルマ方面軍司令官 河辺正三
 ビルマにおけるネタージ 元岩畔機関長 岩畔 豪雄
 スバス・チャンドラ・ボース氏について 元光機関長 山本敏
 スバス・チャンドラ・ボース主席 元光機関長 磯田三郎
 ネタジの思いで 元衆院議員 高岡大輔
 ネタジを憶う 林正夫
 ネタジ・スバス・チャンドラ・ボースに捧ぐ 野口米次郎
 スバス・チャンドラ・ボース先生 有末精三
 ボースさんに対する思いで 北部邦夫
 ネタジのこと 前田(嘉悦)博
 光機関とインド国民軍 桑原獄
 チャンドラ・ボース氏とインド国民軍 遠藤庄作
 温顔英知の闘志スバス・チャンドラ・ボース 村田克己
 私のボース氏との出会いと氏の最期 高倉盛雄
 チャンドラ・ボース氏の冥福を祈る 吉見胤義
 ボース氏の憶い出 河野太郎
 ボースさん 高木脩三
 中村嘉一との対談 林田達雄
 レッド・フォートの暁 片倉衷
 
第4章 スバス・チャンドラ・ボース・アカデミーの創立と活動
 アカデミーの発足の経緯 橋本洋
 アカデミーの活動 林正夫
 スバス・チャンドラ記念館 ネタジ・パワンに建設決定
 アカデミーと再度の訪印に際して 1960年4月18日 江守喜久子 English
 遺骨送還に関する報告書
 スバス・チャンドラ・ボースの遺骨について 林正夫
 ネタジ・スバス・チャンドラ・ボースの英霊について 蓮光寺住職 望月康史
 スバス・チャンドラ・ボースアカデミー活動記録
 
あとがき   林正夫
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