011.jpg 1943年(昭和18年)4月26日午前8時、マダガスカル沖にドイツ潜水艦UポートU一80号が浮上した。ドイツのキール港から79日間、一度も海上に出ることなく、喜望峰を回ってきた。

 待ち受けていたのはイ26号。帝国海軍の大型潜水艦だった。マレー半島の潜水艦基地ペナンから特務を帯びてこちらも極秘の航行だった。戦争が始まって1年半、インド洋の制海権はまだ日本にあったが、Uポートとイ号の接触を連合国側に知られるわけにはいかなかった。

 Uポートには、チャンドラ・ポースとドイツからただ一人同行した副官のアビド・ハッサンが搭乗していた。インド解放の闘いの軸足をアジアに移すため、地球半周の潜行の旅が日独間で計画された。

 日独海軍の間で、会合地点到着後たった一度だけ無線連絡することに決められていた。U一80号が弱い電波を送信すると、イ26号からただちに応答があった。

 報告を受けたイ26号の指令、寺岡大佐はホッとした。戦局を変えることになるかもしれないインド政界の重要人物を迎える心の準備はできていたが、その賓客をどうやってUボートから乗り移せるか決めていなかった。

 海は荒れていたから、接舷はできない。

 突然、Uボートから二人のドイツ人が飛び込み、イ号に向かって泳ぎ始めた。決死の行動に出たのだった。

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