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Mikiko Talks on Malaysia 
 マレーシア国民大学外国学部講師 伴 美喜子
1999.12.24
 
テー・シューピンが教える愛

 今夜はクリスマス・イブ。明日のクリスマスはマレーシアでは祝日である。でも、私は中間試験の準備や採点などで、折角の休みもままならない。

 昨日授業の合間に、元の学生がにこにこしてやってきた。手を後ろの方にやって何やら隠している。少し雑談をした後、右手をぽんとさし出して、「先生、はい」と言ってビニール袋の小さな包みをくれた。何と、カレーパフ(カレーパイ)が2個とマレー和菓子が1個、無造作に入っていた。キョトンとする私に、その学生は「先生、Merry Christmas!」と照れくさそうに言い残して、立ち去った。

 次のクラスでは、授業が終わった後、1人の女子学生がやはり恥ずかしそうに、きれいな紙で包んだ小さな箱をくれた。後で開けてみると、学内のミニ・ショップで売っているクッキーだった。何となく、マレーシアらしくていいな、と思わず顔がほころびてしまった。

 その他、カードを手渡してくれた者や、電子カードを送ってきた者もいる。クリスマスは祖国や家族を離れて異国に住む「外国人」に対し、この地の人々がいつも以上にやさしくなる時なのだろうか。いろいろな人がクリスチャンでもない私にかけてくれる「Merry Christmas!」の言葉に、そんなものを感じる。

 今日は、「愛が心に与える力」というエッセイをクリスマス・プレゼントとしてお届けしたい。1997年の第13回日本語弁論大会で優勝したマレーシア工科大学高専予備教育課程在籍(当時)のテー・シューピンさんの作品である。

 ●愛が心に与える力 テー・シューピン

 予備教育課程に入ってから、ほかのことを考える暇が全くありません。「本の虫」のように勉強、勉強の毎日で、気がつかないうちに心が乾いてしまいそうになります。

 そんなある日、家族に電話をかけました。私が来週の試験はあまり自信がないと言うと、母は「心配しないで、とにかくやってみなさい。どんな成績をとっても、あなたは私の自慢の娘だから」と言ってくれました。この言葉は、私に自信と力を与えてくれました。その日から私は何をするにもまず、心が満たされていることが大切だと実感しました。

 皆さん、心と言うのはどんなものですか。心というのは目に見えない、実体のないものですが、私たちの人生という旅において大切な役割を果たしているように思います。この心が満たされていないと、私たちの人生はどうなるでしょうか。

 私の友だちは、裕福な家庭に生まれ、欲しいものは何でも持っています。そんな彼女がある時、スーパーで盗みを働きました。自分で買えないわけではないのに、どうしてわざわざ盗んだのかと聞くと、彼女は親の注意を引くためだと答えました。彼女のご両親は、ビジネスマンで、二人ともお金を稼ぐことに精を出しています。彼女が何かにつまずいても、ご両親はそのことに気づきませんでした。

 彼女が非行に走るようになったのは、親にかまってもらえなくて寂しかったからではないでしょうか。親というものは子供に欲しい物を与えるだけではなく、子供に関心を示すことが大切なのではないでしょうか。

 この友だちのように心に隙間があると、幸せにはなれません。それとは逆にほかに何もなくても、豊かな人生を送れるということを、証明してくれる人がいます。わたしの塾の先生です。

 先生は十年前、交通事故で体が不自由になってしまい、一生車椅子の上で過ごすことになりました。その時、医者には30歳まで生きられないと診断されたのに、今はもう35歳です。

 SPM(フォーム5終了時に受ける全国統一試験)の前、私がやる気をなくしかけている時、先生はこんな話をしてくださいました。

 「シューピンさん、がんばりなさい。どんな困難にも負けてはいけないよ。私は交通事故の後、生きる希望を失ったけど、家族や友だちから愛情をたくさん受けて立ち直ったんだ。妻もこんな私を嫌わないで、結婚してくれた。私は本当に彼女に支えられて、今のように充実した生活が送れるようになった。シューピンさんも、支えてくれる家族がいるね。その家族のためにも諦めないで、ゴールにたどり着くまでがんばりなさい」

 私は本当に心から感動しました。どうして体の不自由な先生が、何不自由のない私を励ませるのでしょうか。先生の意志が強いことはいうまでもありませんが、それに加えて奥さんが常に先生を勇気づけているからだと思います。先生の生き方は、心の支えがあれば、人はどんなことにも立ち向かえるのだと教えてくれました。

 私には家族の心の支えがあるのだから、夢にたどり着くまでがんばれる、という自信を持つことができました。そして、絶対に家族の期待を裏切らないと心に誓いました。

 心は大地に生えている木です。その木が健康に成長していくのに、最も必要なものは十分な光と水です。水と光りが足りなくて、枯れそうになっている木は、まるで私の友だちのようです。半分枝が折れた木は、まるで私の先生です。この先生の木は枝が折れても十分な光と水が与えられて、生き生きとしています。みんなの木が元気に生き生きと育つためには、光と水、つまり愛が必要です。

 皆さん、自分の心の声を聞いてみてください。もし、その心が助けを求めていたら、水の源を探してください。もし心が十分に潤っていたら、枯れそうな木に快く水を分けてあげて下さい。いつか私たちの森から枯れた木がなくなって、緑豊かな森なることを願ってやみません。

 どうもありがとうございました。


 前回のコラム1999年12月22日「戦時下のクリスマスケーキ

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