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Mikiko Talks on Malaysia

手で食べるというマナー
 1999.07.26 Mikiko BAN

 国際交流基金を辞めてマレーシアに戻って来た時、ラムリー・イブラヒム氏が食事に呼んでくれた。彼はマレー人でありながら、インド古典舞踊のグループを主宰する著名なアーチストだ。写真家のチュウ・ リー女史に案内されて、同氏のスタジオ兼住まいを訪ねた。

 それまで、仕事上でのつきあいはあったが、お互いにいつも慌ただしくプライベートでゆっくりお会いするのは初めてのことだった。

 男所帯にもかかわらず、テーブルはきれいにセッティングができていて、 洋皿の両側にスプーンとフォークが並び、バティックのナフキンがさりげく添えてあった。 テーブルの中央には、チキン・カレー、チリソースがたっぷりかかった揚げ魚 、豆腐と野菜の炒め物、薬草のような生野菜などが並んでいた。

 料理は別段豪華なものではなかったが、魚の下にバナナの葉が敷いてあったり、カレーが素焼きのポットに入っていたりして、西洋式のアレンジにトロピカルな趣向が加味されているのがシャレていた。生野菜は平たい籠に無造作に投げ入れてあり、野から採ってきたばかりの草のようだった。

 見渡すと、木造の部屋の中にはいくつかの白黒のポスターや写真が飾ってあるだけで、ほとんど物がない。簡素で清々しい部屋から窓越しの庭を伺う と、青々とした珍しい熱帯植物が茂り、開け放たれたドアからは昼さがりの心地よいアンギン(そよ風)が吹いていた。裏の台所の老婦や隣の稽古場のお弟子さんたちの姿が見え隠れし、どこからともなく、哀調を帯びたインド音楽が聞こえてきた。

 私は「ああ、マレーシアに戻ってきたのだわ。これこそ南国マレーシアのSuasana!」 と懐かしさと安らぎに包まれ、しばし、うっとりするのだった。Suasanaは、マレー語で空気とか雰囲気という意味だが 風情、風景と訳してもいいかもしれない。

 勧められるままに席に着いて、私は思わず、「手で食べてもいいですか」と言っていた。

  他の二人はびっくりした様子で、顔を見合わせた。私がマレーシア人以上に「現地化」していることに驚いたにちがいない。何しろ、 言った本人も気づく前に言葉になっていたのだから。 機転を利かせたラムリー氏が、「じゃ、僕たちもそうしよう。」と言うと、スプーンとフォークは瞬く間にテーブルの上から姿を消し、再び楽しい会話がはずんだ。

 手で食べるマレー料理は本当においしい。 豊かな緑の中に点在するマレーのカンポン(村、ふるさと)の風情の中で味わうと尚更である。

 日本語の授業で、「・・・でたべます」という文型を教えた時、日本で 作られた教科書の用例にある、「箸で食べます」、「ナイフとフォークで 食べます」のほかに、「手で食べます」、「スプーンとフォークで食べま ます」という 例文を教えなければいけないことに気づいて、はっとしたことがある。

マレーシアでは、中国系は箸で、マレー系とインド系は手で、そして三民族共通して、右手にスプーン、左手にフォークというスタイルが普及している。

 やはり、その土地の風土のなかで生まれた作法というものがあるのではないだろうか。

 ナイフ・アンド・フォークや箸の他に、手で食べるというマナーを持つ人々が、世界に何億といることを意識し始めた時、これまで「無知」と「無関心」と言うレッテルで封じられていた世界の扉が開かれ、もうひとつの「文化」が鮮やかに目の前に繰り広げられていくような気がした。


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