椰子殻の下のカエル
2002年03月24日(日)
 外国で暮らしていると、時々さりげなく使われている諺にハッとすることがある。短い表現の中に風景が凝縮されていたり、民族の心の結晶が見られたりするからである。また、日本語との類似を発見すると、とても愉快な気分になる。今日はMikiko が選んだマレー語の諺・格言をお届けする。

(1) Sedikit-sedikit lama-lama menjadi bukit
(塵も積もれば山となる。小さな努力の積み重ねがやがて大きな成果をもたらす)
* 教室でよく使う言葉です

(2) Seperti katak di bawah tempurung
(椰子殻の下のカエル。井戸の中の蛙大海を知らず)
* 椰子は日本人にとっての米と同じように、この地域では風景、生活に欠かせない植物です

(3) Sepandai-pandai tupai melompat akhirnya jatuh ke tanah juga
(リスのように上手に跳ねても、遂には地に落ちることもある。サルも木から落ちる)
* リスとサルの違いです

(4) Ikut resmi padi, semakin berisi semakin tunduk 
(稲の癖に従い、実るほどに頭も下げる。実るほど頭の垂れる稲穂かな)
* 西マレーシアの北部州はマレーシアの米倉で美しい田園風景が広がっています。米には日本語と同じくpadi(稲)、beras(米)、nasi(ご飯)の三つの語彙があります

(5) Sabar adalah separuh iman
(我慢は信仰の半分)
* マレーシアではsabar(我慢)は生きていく上での重要な価値です。中国系も「忍」という言葉を大切にしています

(6) Di mana manapun ada rezeki
(生活の糧はどこにでもある)
* 人間、食いはぐれることはないという意味です。rezeki はよく耳にする言葉ですが、神によって与えられるものというニュアンスがあるようです

(7) Seperti anjing dengan kucing
(犬と猫のよう。犬猿の仲)
* マレー人(ムスリム)は犬を「汚れている」と嫌いますが、猫は大変可愛がります

(8) Biar lambat asalkan selamat 
(遅れてもいいから、安全第一で)
* マレーシアは交通事故が多い国です。車社会のクアラルンプールでは路上事故を見かけたり、交通渋滞でイライラすることがよくありますが、そんな時この言葉がふと口をついて出ます

(9) Ada gula、 adalah semut 
(砂糖があるところ、アリが集まる)
* 大都会のように利益や生活の糧があるところに人が大勢集まってくる。今のクアラルンプールの様子をよく表わしています。また、この現象は家の中で日常的に見かけます。但しアリはとても小さいので害はあまりありません

(10)Berat sama dipikul ringan sama dejinjing
(重い物は一緒に肩に担いで運び、軽い物は一緒に手に提げて運ぶ)
* 相互扶助を意味するgotong-royong (ジャワ語)という言葉もあります

(11)Hutang emas boleh dibayar, hutang budi dibawa mati
(金の借りは返せるが、親切の借りは死ぬまで)
* パントゥンの一部。深いご恩はお金や物では返せないという意味で心から感謝している時に使います

(12)Biar mati anak jangan mati adat
(子を死なせてもadat伝統(習慣)は死なせるな)
* 過激な言葉ですが、伝統を守ろうとする気概を表わしています

(13)Bahasa jiwa bangsa
(言葉は民族の魂)
* bangsaは民族、国民という意味です。マレーシアはbangsa Malaysia の形成途上にあります

(14) Jauh di mata, dekat di hati
(目には遠くとも、心の中では近い)
* 別れる時によく使う言葉です

 なお、文学者のモハマッド・ハジ・サレー氏は現在マレー世界から5000以上の諺を集めて編集中で、イスラーム以前のマレー世界に光りをあてたいと述べている。(2001年3月31日、記)


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