華人の世界(5)―Pak Ling(リンおじさん)の決断
2002年02月25日(月)
 ハリラヤ・ハジ(巡礼祭)が終わった。そして中国正月も明26日の元宵節(Chap Goh Mei、正月15日)で終わりとなる。政治の世界もまた動き出すことだろう。南極、アルゼンチン、英国などで一ヵ月の休暇を過ごしたマハティール首相は28日帰国の予定。

 なお、マラッカでは明日128組の獅子舞が繰り出し、賑やかな Chap Goh Mei の祭りが行なわれるそうだ。華人の世界(5)は2000年6月2日のコラム「Pak Ling(リンおじさん)の決断」を再掲する。

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  (運輸相を)辞めるべきか、辞めざるべきか ―

 Pak Ling こと、リン・リョンシック(林良實)マレーシア華人協会(MCA)会長は、今、オーストラリアのパースで、一人静かにこの難しい問いに最終的な答えを出そうとしている。

 5月22日、リン・リョンシック会長がMCAの幹部会議で突然運輸相のポストを辞任すると発表したため、衝撃がマレーシア中を駆け巡った。「昨年の総選挙では苦戦を強いられた統一マレー国民組織(UMNO)を助け、与党連合国民戦線(BN)を勝利に導いたMCAの会長が、華人閣僚の中で最も重要な運輸相のポストを自ら退く?? 一体何があったのだろう?」と誰もが思ったに違いない。新聞に目が離せない日が続いた。

 MCAの副会長や副会長補ら幹部、党員、UMNO幹部らはじめ、全国津々浦々から、リン大臣に辞任を思い留まるようにとの熱い支持の声が湧き起こり、MCA本部やリン大臣のオフィスは騒然となった。リン大臣の人望がこれほど厚いとは、当の本人も知らなかったのではないだろうか。

 それでも意思が堅いリン大臣は、24日辞表を携えてマハティール首相と面談した。首相はリン大臣に翻意を促した後、2週間の休暇をとって慎重に考え直し、最終的な決断を下すよう指示したという。辞表は受理されなかった。

 首相のアドバイスを受け、リン大臣は26日夜、2年前の開港式で主役を務めた、あのスパン国際空港からパースへと旅立った。本人にとっても、国家にとっても重大な決断を意味する、「辞めるべきか、辞めざるべきか」という大きな宿題を抱えて。

 このリン運輸相の突然の辞任表明はどうして起きたのだろう。そして、それはマレーシアの国家運営にどのような影響を及ぼすことになるのだろうか。この2週間の動きを追いながら考えてみたい。

 5月23日朝、新聞を受け取ると、私がかって「坂本九と菅原洋一を足して2で割ったような」と描写したリン大臣の大きな顔写真が目に飛び込んできた。驚いて文字に目をやると「リン、閣僚ポスト辞任」との衝撃的な見出しがついており、記事は次のような内容を伝えていた。

 「MCAのリン・リョンシック会長は、先週マハティール首相に意向を伝えた上で、運輸相のポストを辞任した(has resigned)。 MCAの幹部たちの反対にもかかわらず、14年間務めた運輸相を辞任するとのリン氏の決意は固い。但し、MCAの会長のポストには留まる。この爆弾発言はMCAの指導層、党員、支持者、運輸業界などに大きな波紋を投げかけている。なお、リン氏は後任にチャン・コンチョイ(陳広才)副蔵相を推薦している」

 リン氏は辞任の理由を「去る時が来た。MCAは若い血を必要としている。MCAの団結のため、私が犠牲になる」と述べたと伝える新聞もあった。事実は明らかでないが、昨年の総選挙でMCAが好成績を収めたにもかかわらず、閣僚のポスト数を増やすことができなかったことや閣僚ポストの割り当て方法に不満を抱くものがあり、MCA内部が分裂しているとの噂がある。つまり、リン氏の「弱腰」を批判する者がいるというわけだ。

 ここで少し解説を加えると、現在MCAは大臣28ポストのうち4ポスト、副大臣27ポストのうち6ポストを有している。MCA会長が運輸相、副会長は前回の選挙で不出馬、4人の副会長補のうち3人がそれぞれ人的資源相、保健相、住宅地方自治相の職に就いている。副会長補で大臣のポストに就いていないのはチャン・コンチョイ副蔵相だけである。

 リム・アー・レ(林亜礼)副会長はリン・リョンシック会長との不仲説があるにもかかわらず、即刻次のような声明を発表した。「MCA理事会と中央評議会はリン・リョンシック会長の閣僚ポストを辞任するとの予期せぬ突然の発表に驚きと悲しみを感じています。リン会長は閣僚ポストを14年間にもわたり務め、辞める時が来たと述べています。しかし、我々は中国コミュニティーと党を代表するシニア閣僚のポストはリン会長をもって余人に代え難く、同氏が決定を再考されることを、満場一致で強く要望します。我々はまた、同氏のリーダーシップの下、現在の党内のいかなる問題も友好的に解決できると確信しています」

 そればかりではない。翌日、リム副会長は3人の副会長補とともに(1人は海外出張中で不在)マハティール首相を訪れ、リン会長がポストに留まるよう説得してほしい旨、嘆願した。

 このような相次ぐリン会長支持の動きを見ていると、リン氏がなぜ運輸相辞任を決意したのかが益々「ミステリアス」になってくる。中にはリン氏は自分の人気を確かめるために芝居を打っているとか、息子のビジネスがうまくいかず、近々汚職疑惑で告発されるだろうとか、様々な憶測が飛び交うようになった。

 また、辞めるならMCA会長を降りるべきで運輸相の職を突如辞任するのは無責任だ、運輸相のポストは経験を要するので、必ずしもMCAの指定席とは言えない、MCAは重要な閣僚ポストを失うかもしれない、正副会長が閣僚のポストに就いていないのは不自然であるなどという意見もでてきた。他方、チャン・コンチョイ副会長補は「今回のことはまるで私がリン大臣を追い出しているようで、心外だ」と述べたりしている。

 ところで、マハティール首相はこの問題にどう対応しているのだろうか。同首相はリン大臣在任中に港湾関係の事業が2倍に伸びたことなどを例に挙げ、同氏の実績を高く評価しており、一貫して考え直すよう説得を続けている。

 「先週リン氏が相談に来た時は、もうMCAが彼を必要としていないのかと思い、MCAの意向を尊重して、リン氏の辞任を受け入れるところだった。しかしMCAの副会長以下指導層が揃って、私のところへ駆けつけてくるところをみると、どうもそうではないらしい。閣僚のポスト数をめぐって意見の相違があるらしいが、MCAのポストを増やすことはできない。MCAは今回の総選挙ではよくやったが、次回はわからない。1990年選挙の時には成績は良くなかったが、ポストは減らさなかった。長期的な方針が大切だ。彼に残ってほしいと思っているが、最終的には本人が決めることだ」と首相は言っている。

 多民族国家の複雑な政治事情に加え、政治というものの不可解さもあり、今回の事件は実に複雑怪奇である。

 数日後、Pak Ling はどんなお土産を持って、帰ってくるのだろう。「去る時が来た」と本人は言うが、まだ56歳の若さである。Pak Lingが多民族国家に生きる中国系コミュニティーのためにどのような最終決断をするのか、期待と不安の中で見守っている。

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注:6月5日、スパン国際空港で千人以上の支持者に熱烈に迎えられたリン大臣は、翌日マハティール首相に運輸相留任の報告をした。しかし、2001年に入って、MCAの内部抗争は再び激化している。


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