号外 マレーシア国王逝く
2001年11月22日(木)
 昨11月21日(ラマダーン5日)、マレーシア国王(Agong)がお亡くなりになった。75歳だった。マレーシア国民は一週間の喪に服します。国民に親しまれ、愛された国王のご冥福を心よりお祈りいたします。

 「サルタンが輪番制で国王となる、この国のかたち」を再掲します。
また、BERNAMAの特集も併せてご参照下さい。http://www.bernama.com/agong/homebi.htm 

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 緑の中に点在するクアラルンプールの観光名所のひとつにイスタナ・ネガラ(国王宮殿)がある。宮殿といっても、少しも威圧的なものではなく、丸いドーム型の屋根を持つ、クリーム色のこじんまりとした建物である。その昔、中国人富豪の邸宅だったというこの王宮は、手入れが行き届いた小さな丘の上に建っており、緑に遮られて、麓の正門からはその全貌が見えない。さながら、おとぎばなしに出てくるお城のようである。

 英国の近衛兵を真似たと思われる衛士が門を固めているが、緊張感は全くない。王宮を外部から守る鉄の柵も金色の模様が施してあり、まるで装飾品のようだ。夜になると正門前の巨木に単色のイルミネーションがつき、観光客がフラッシュをたいて記念撮影をしている姿をよく見かける。

 現在、この王宮には73歳と27歳という微笑ましい国王夫妻が住んでおられる。スルタン・サラフディン・アブドゥール・アジズ・シャー・アルハジ国王は、1974年までクアラルンプール(連邦直轄区)もその一部であったセランゴール州の第8代目のスルタンで、1999年4月26日に第11代国王に即位された。王妃は平民の出身で、18歳の時に、スルタンの4人目の妃となられた、現代のシンデレラ姫である。

 去る9月23日、新国王の即位式が王宮の王座の間で、古式豊かなマレー宮廷文化の伝統に則り、厳かに執り行われた。

 4月25日にはトゥンク・ジャファー・インビ・アルマーフム・トゥンク・アブドル・ラーマン前国王の離任式、翌26日には新国王宣誓の儀式が盛大に行われたので、即位式はもう終わったものと思っていたが、約半年後に行われた今回の儀式が正式な即位式だったのである。

 余談だが、前国王は離任に際し、わざわざ列車でクアラルンプール中央駅からネグリスンビラン州へと下京された。その風景がいかにも牧歌的で、私はその時、なぜか江戸時代の参勤交代を思い浮かべてしまった。

 マレーシアは、世界でも珍しい国王の輪番制というシステムを採っている。マレーシア13州のうち、スルタンを持つのは9州であるが、この9州の統治者が互選(実際はローテーション)で、国王及び副国王となる。任期は5年である。高齢のため在任中に亡くなられた国王もおられるので、独立後42年で、既に2巡目に入っており、現国王は第11代目である。

 このユニークな国体は、近隣のアセアン諸国と比べても多くのことを考えさせられる。特に同じイスラーム島嶼圏であるインドネシアが、独立の際にサルタン制度を全く廃止し、共和制を導入したの対し、異民族の比率が高いマレーシアではサルタン制が維持されたばかりでなく、新たに輪番制による「国王」が設けられたことは興味深い。このあたりの歴史的経緯については、いつかもっと詳しく知りたいと思っている。

 東マレーシアの中にぽつんとあるブルネイという小国はスルタンの専制君主国である。そういえば、ブルネイ国王が唯一の外国元首してマレーシア国王の即位式に出席されていたことが目に留まった。マレーシアとブルネイは親戚のような間柄なのであろう。

 この、異なった「国のかたち」は独立後半世紀を経たそれぞれの国の姿にどれ程の影響を与えているのだろうか。ポスト「スハルト大統領時代」のインドネシアの混迷を憂慮するにつけ、この地域の歴史や政治風土にあった「国のかたち」というものに思いを馳せずにはいられない。

 9月23日の国王即位式の前後、テレビでよく国王夫妻の姿が映像で流れた。国王は「国の長」、「宗教の長」であることが強調されていた。国王は立憲君主国の元首としての役割とともに、イスラームの最高権威者としての役割がある。例えば、毎年のイスラームの「断食」の開始日を決定するのは国王である。

 マレーシアと陸続きのタイは王国であり、国王がタイの求心力となっている話はよく聞く。国民の国王に対する敬慕の念をわからずして、タイ人のこころを理解することは出来ないと言っても過言ではないかもしれない。マレーシアの事情はタイとは異なるが、やはり国王夫妻の写真が、首相やその州のサルタンの写真とともに、どの職場にも飾られているという文化を持つ国であることは忘れてはならないだろう。

 先日、一年前に解任されたアンワル前副首相の支持者たち数千人が、王宮に向かってデモを行った。「アンワル砒素疑惑」に抗議するためで、国王に対し同疑惑への調停を訴える嘆願書を届けたのだ。野党も時々国王に対する直訴を試みるのは興味深い。

 同じ立憲君主国でも、今の日本では見られない風景にハッとすることがある。

 国王は「私」とはおっしゃらない。「Beta」(中国語訳は「朕」)というサンスクリットから来た言葉を使われる。日本では近代化や民主化の過程で過去のものとなった文化がここでは息づいていることがあり、不思議な気分にさせられる。

 多民族、多宗教、多文化の国、マレーシア。しかし、国体はあくまでも、イスラーム教を基本にした立憲君主国であり、ブミプトラ(大地の子)=先住民としてのマレー人の特権を明確にした国のかたちをとっている。

 最後にマレーシア国歌(仮訳)をご紹介する。

私の国
私が生まれた祖国
国民は統一と発展の中に生きる
神*が授けてくれた恵みと幸せ
我らが国王の在位が平安でありますよう
神が授けてくれた恵みと幸せ
我らが国王の在位が平安でありますよう 

 *マレー語は「Tuhan」。大文字で書かれた場合はアッラーの神をさす。

                         (1999年10月5日)

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