日マ関係を回顧する(12)ー日マ青年間のジェネレーション・ギャップ
2001年08月28日(火)
 このホームページを公開して2年になるが、最近は日本語を解するマレーシア人の方からもメールをいただくようになった。「日本人がどのようにマレーシアを見ているかを知る上で大変勉強になります」などと言って下さるが、本当のところはどうなのだろう、と気になってしまう。

 九州に留学中のジョージさんからは2度メールをもらったが、最近来た便りには次のような文面があり、久しぶりに心の中を清々しい風が吹きぬけたような思いがした。

 「僕の夢は母国を発展させることです。将来、研究者になって、素晴らしい研究成果を出して、現在のマレーシアを変えるんです。なぜかというと、僕の人生は一生サラリマンに終わるのではなく、それ以上の価値があります」

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 前回のコラムで、日本の若者とマレーシアの中国系青年が一つの時代感覚を共有しているという話を紹介した。いわゆるグローバライゼーションの一つの現象だ。

 他方、同じ社会にあっても、世代間の「断絶」、あるいはそこまでいかなくとも、「感覚のずれ」は異文化ほどに違うこともある。その現象は、かって日本で「新人類」という言葉を生み出したほどだ。マレーシアでも大人たちは、「今の若者たちは・・・」とよく言う。

 これは、経済発展による社会の急速な変化と国際化の嵐が世界中を吹き捲くった、この半世紀の時代の特徴と言えるだろう。

 では、「社会」の違いより、「世代」間の違いの方が大きくて、若者は世界中どこでも同じなのだろうか。

 マレーシアで考える限り、「否」である。共通する部分もあるが、明らかに異なる部分もある。今日は、その問題を鋭くついた、チュア君の「日本人の忘れ物」と題するスピーチをお届けしたい。


 ●日本人の忘れ物 (Chua Chee Hui *)

 「マレーシアの学生を見ていると、私が学生だった頃を思い出すんだ・・・」と、私の勉強しているマラヤ大学で日本の政治や経済を教えてくれている日本人の教授が、以前大変嬉しそうにおっしゃいました。私は、その教授がおっしゃっていることがはじめは理解できませんでした。

 現在、私達マレーシアの学生に伝えられている日本に関する書籍やメディア等の膨大な情報によると、日本は第二次世界大戦後、経済がほとんど崩壊し、鉱工業生産が7分の1に減少、食料供給も深刻な問題であり、人々は大変に苦労されたようです。

 しかし、ご存知のように、このような状態は戦後わずか10年間で大きく変わり、1955年には、経済成長率は10%を超えました。この成功の理由は日本人の勤勉さと強烈な勤労動機があったからだと思います。その精神こそが、私にとっては日本人を尊敬する大きな理由であり、私の生き方そのものにインパクトを与えてくれたものです。また、それに加えて、日本の発展を導いた技術にみられるような日本人の創造力にも深く敬意を表しています。

 今年の4月に、私は幸運なことに日本に行く機会があり、日本の学生といろいろなことについてお話する機会を得ることが出来ました。わずか6週間という間ではありましたが、この期間中に私の日本観、日本人観は大きく変わりました。

 はじめの頃、私は大学内の素晴らしい設備に大変驚きました。洗練され、効率化された大学の行政は学生がひとつひとつの設備を最大限に利用できるように考えられていました。

 また学生がお互いに協力し合いながら、何かを成し遂げていく能力に優れていることに大変感動しました。彼らの能力は組織活動をしていく上で、最も必要とされることであります。

 反対に日本に滞在中に発見した、私が以前思っていたことと異なる点は、日本の学生は勉強そのものにはそれほど積極的ではなく、深い関心を示していないということでした。また、何かを成し遂げていこうという気持ちの強さも、私が思っていたほどではありませんでした。

 日本に滞在している間、この違いは何故、またどこから生じているのかを考えました。いろいろ考えた末に、ひとつの結論に至りました。それは、彼ら日本人の学生は大学に入学するために死ぬ思いで勉強しなければならず、また大学を卒業してからは会社に入って猛烈に働かなければならないという厳しい現実が、彼らをせめて大学在学中だけはゆっくりしたいという気持ちにさせているのだろうということです。

 それに加えて、日本の学生は私たちに比べると大変豊かな生活環境にあります。豊かな生活そのものは間違っているとは思いません。特に日本のような発展した国にとって、それは当然のことなのかもしれません。しかしながら、自分は苦労せずに両親から全て与えられているという状況は、それを得るために如何に上の世代の人たちが苦労してきたかという大切な部分を若い人が知らない、またはわからないという点において、とても可哀想なことだと思います。

 最近、ある日本の新聞に新入社員のセールスポイントに関するアンケート結果が掲載されていました。面白いことに、現在の若い人は自分の能力として「協調性」を一番重要視していました。そして2番目に「ヤル気」とありました。これは5年前の調査結果とは大きく異なるものです。つい最近までは「ヤル気」こそが一番重要なことであり、協調性はそれほど重要なセールスポイントではありませんでした。

 私はこのような現実をマレーシアの学生として観察しながら、日本は私が思っていた日本から、実は次の段階へと変化していることに少しずつ気がつき始めました。急速な経済成長の時期を走り抜けた1つ前の世代が持っていた「あの精神」を若い世代は失い始めているのではないでしょうか?

 ご存知のように、現在東南アジアは世界において、最も急速な経済成長を示している地域であります。この地域にいる若い世代は、自分自身の成長こそが国の発展に大きく貢献し、経済的に大変な状況にあって、私達を支える家族に報いることだと自覚し、来るべき21世紀に向かって一生懸命勉強しています。

 日本の若い世代と東南アジア各国の若い世代の性質の違いはちょうど親子のジェネレーション・ギャップに似ていると思います。しかし、その性質は親子ほど違っていても、生きぬかなければならない時代は同じです。21世紀のアジアの繁栄はマレーシアをはじめとした東南アジアの若い世代と日本の若い世代とが如何に力を合わせていくかにかかっています。

 こうした意味からも、私は日本とマレーシアの学生の相互交流が更に深まっていくことを希望いたします。確かに毎年沢山のマレーシアの学生が日本に行って勉強しています。しかしながら、マレーシアに来て勉強している日本人の学生はまだ大変少ないです。もし、日本の学生がマレーシアで勉強することが出来たら、きっと彼らは、彼らが失いかけているもの、もしくは忘れてしまったものを見つけることができると確信します。  どうもありがとうございました。


 *1996年の日本語弁論大会で優勝したチュア君は、日本在外企業協会の招待で日本に招かれ、東南アジアから集まった他の弁論大会優勝者とともに、東京でもスピーチの発表を行った。私は東京で彼の発表を聞いたが、21世紀のアジアを担う頼もしい青年との強い印象を受けた。

 彼はこの3月にマラヤ大学を卒業し、4月から慶応義塾大学経済学部大学院の研究生として東京に滞在している。来年修士課程に進み、日本とASEANの貿易に関する研究を行う予定だという。将来はマレーシアの福祉、特に身障者のために働きたいという夢を持っているそうだ。

                                         (1999年9月17日)

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