父の随想から(4)−昭和史の教えるもの
2001年07月4日(水)
 日本の政治について考え続けた父は、小泉内閣に対して大きな期待を抱きつつ、この世を去った。16年前に書かれた次の文は父の遺言状のようにも思える。

政治を見放したらー昭和史の教えるもの

 日支事変を起こし太平洋戦争を起こしたのは「軍閥だ」と多くの日本人が信じている。

 だが、それはおかしい。

 大正14年から成人男子にはすべて選挙権があった。今で言う選挙民、有権者なんだが、その人たちに責任はなかったのか。責任を軍閥だけに押しつけて、軍閥をノサバラせた方の責任を、歴史は問わないですむのか。

 政党政治に愛想をつかした、というのが当時の選挙民大多数の率直な気持ちだったろうが、そこで匙を投げたのがいけなかった。それが国を誤るモト、不幸な昭和史の始まりとなった。

 高知のような地方都市までを焦土と化したアジア、太平洋の戦火は、こうして生まれた政党政治の荒廃の中に火を発したのである。

 一口に選挙民といっても、武力や経済の大きい国の場合、彼等が投げやりになったり頭がおかしくなると、自分達や子孫を不幸にするだけでなく、禍いを周辺諸国から世界に及ぼしてしまう。

 今の日本は、昭和の初めの日本とは比べものにならないほど経済の大きい国になった。日本の選挙民はそれだけ、世界に責任を持つようになっている。

 どんなに政治に失望しても、「政治に愛想をつかした」とは二度と言ってはならないことを昭和の歴史が教えている。

 政治の荒廃は、すぐに目にみえて国を衰えさせることもあるが、徐々に空洞化が進行してそれと気のつく頃はもう手遅れになっていることもある。

 何れにしても政治家が有権者におもねっているときではない。

 いま大切なのは有権者の自覚、政治を見放してはならない責任の重さの自覚である。

 「甘えの構造」から足を洗って、坂本竜馬のように目を水平線に向けるときだ。

                   【魁(さきがけ)4号=1985年4月10日】

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