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 南国のはなたち(1)
2001年04月25日(水)  

 日本では、新緑の間から燃え出るツツジやサツキが華やかさを競っていることだろう。マレーシアでは同じような色彩のブーゲンビリヤが鮮やかに咲き乱れている。今日はそよ風(今の時期、熱風に近いが)に吹かれるまま、南国の花たちについて綴ってみたい。
 
 マレーシアの代表的な花を三つあげよと言われれば、私は躊躇せず、「ブンガラヤ」、「ブーゲンビリヤ」、そして「ラン」をあげるだろう。
 
 ブンガラヤの「ブンガ」は花、「ラヤ」は大きいという意味で、マレーシアの国花である。名前からして、いかにも「大きいこと」が大好きなマレーシアらしい。ご存じ、ハイビスカスのことである。情熱的なハイビスカスは南国そのもののイメージで、確か「男はつらいよ」シリーズにも「寅次郎・ハイビスカスの花」というのがあった。沖縄を舞台にしたものだったに違いない。まるで南国の看板娘のようなこの花は、お土産の小物やTシャツのデザインに使われたり、店やホテルの宴会場の名に使われたりと、ちょっと安売りし過ぎの感が否めない。
 
 実物はその真っ赤な色や大きさに反して、意外に花びらの感触が柔らかく、ナイーブな花である。命も短いという。中には白や淡いピンク色の種類もある。長く伸びた雌しべが線香花火のようで愛らしい。
 
 ブーゲンビリヤはマレー語でブンガ・クルタス、即ち「紙の花」という。マレー・カンポンの高床式家屋の前庭やコンドミニアムのプール・サイドなどに群生している姿が美しい。いつも「アンギン」(そよ風)という名のボーイフレンドに誘われて愛のメロディーを奏でている。季節によって、「燃える」時と「燃えない」時がある。
 
 茎にはトゲがあり、花だと思われている部分は実は「ホウ(くさ冠に包むと書く)」という一種の葉であることは案外知られていない。美女には御用心!である。
 
 ランの花は熱帯の花でも漢字名を持つ。古くから日本人にも親しまれて来た所以だろうか。マレー語では「オキッド」または「アングリッ」という。
 
 薔薇と同じで、一輪でも、花束でもよし、それぞれの魅力がある。南国では蘭は「歓迎」、「ホスピタリティー」の花である。
 
 もう十年近く前になるが、初めて国際交流基金の駐在員としてクアラルンプールに着任した時、泊まったシャングリラ・ホテルのウェルカム・ドリンクに蘭の花が添えてあった。フレッシュ・ジュースの爽やかさとともに、その蘭の花のやさしさが、いっぺんに海外赴任の緊張をほぐしてくれた。
 
 1985年に栗山駐マレーシア大使とともに赴任された昌子夫人はスバン空港で抱きかかえられないほどの大きな蘭の花束を、日本人会婦人部の「かとれあ会」のメンバーに贈られ、その美しさと豪華さに目を見張ってしまったと、その著書『マレーシアの魅力』のプロローグで述懐されている。蘭の花は多くの日本人にとって、マレーシアの第一印象と切っても切れない思い出の花なのである。
 
 国際交流基金の駐在員だった頃は、今と違って懐も暖かだったので、それまでお世話になった日本の方々に国際宅急便で蘭をお届けするという楽しみがあった。
 
 恩師の中嶋嶺雄先生に東京外国語大学学長就任のお祝いに花束をお送りしたら、「まるでクアラルンプールからあなた自身が持って来て、届けてくれたような、南国の香り一杯の花籠でした」とお葉書をいただいた。
 
 対中国特別事業(日本語・日本研究)でお世話になった戸川芳郎先生からはある年の年末に「ビックリ仰天。家内ともども右往左往して、水につけたり、花瓶をさがしたりしました。・・・ どうかよいお年を!」とユーモラスなお便りをいただいた。
 
 蘭の花は人と人のこころを繋ぐ、特別な花である。 (つづく)
 
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