Mikiko Talks on Malaysia 
 マレーシア国民大学外国学部講師 伴 美喜子
2000.06.08
 
読者の広場(1)
 2000年5月2日の「アクセス2万突破」を記念してアンケートを実施したところ、多くの方にご協力いただきありがとうございました。回答者の中から、先着順で下村まゆみ様、植田知美様、佐藤裕明様のお3方にマレーシアの高級(?)Tシャツをプレゼントさせていただきました。

 さて、お寄せいただいた感想の一部を、これまでにいただいたメールなども交えながら、数回にわたりご紹介していきたいと思います。これからもどうか忌憚のないご意見・ご感想をお聞かせ下さいますようよろしくお願い申しあげます。


ホームページ開設の頃
 伴さん、ごぶさたしています。いやあ、今日インターネットを開いてびっくりしましたよ。MSNのページに「伴美喜子」の文字があり、まさかと思って開いてみたら、なんと伴さんのホームページではありませんか。当時の伴さんは、報告書なども手書きで、それを山岸さんがワープロで「清書」していたように記憶しています。そうでしたよね…。

 楽しくまた懐かしく読ませていただきました。目線は普段着のレベルに置きつつ、文化交流の仕事を通して得た知識が必要に応じちりばめられてあるので、軽く読みつつもいろんなことを学びました。もう私の「お気に入り」にブックマークしました.。これからも連載を続けてください。(元在マ、平賀)


 女性ながら、というのは、時代錯誤、女性の特質と言った方がむしろ妥当かもしれませんが、環境への順応、行動力、外国で思ったように生きられる力強さに感服しております。(小沢)
マレーシア的マルチ言語社会(萬晩報転載)
 貴殿のコラムを読み感動しました。 この記事は、今年中学に入学し英語教育を受け始めた長男に読ませ、英語教育は異文化に触れる事だということを判ってもらいたいと思っています。貴殿の国際協力へのご尽力に敬意を表します。(T)

 マレーシアへの熱意が静か深く伝わってまいります。日本の地ではなく、マレーシアを選択された 理由の少しを垣間見た思いでございます。 ・・・・・・ 「新たな言語を学ぶことを通じて自分たちを高め豊かにする」のフレーズ、「異質なものへの社会的包容力」等、自分自身への宿題として読ませていただきました。(猿田)


マレーシアのラマダーンの一ヵ月(萬晩報転載)
 冴えざえとした澄んだものを感じました。ラマダーンをものめずらしい異国の宗教のものとしてではなく、深い理解と温かい敬意をこめて書いておられる文章を拝見して、ラマダーン明けの浄化された喜びが伝わってくるようでした。(田中)
 このコラムを読んで、ラマダーン月こそ旅行してみるべきと思いました。今年は「神秘的で美しい夜」を体験する予定でいます。(下村)
「平和なマレーシア」という愛唱歌を持つ国家(萬晩報転載)
 「Sejahtera Malaysia」という題名を聞いて本当に懐かしく思いました。私は1991年から1997年までシンガポールに在住しておりました。シンガポールではマレーシアのチャンネル3が見れますが、赴任直後から「Sejahtera Malaysia」は本当に気持ちのよい国民歌だと思っていました。マレーシアのTVチャンネルが終了する午前0時頃、いかにも国民的な支持を得ている風の男性歌手(注:Roy)が熱唱するこの曲は、マレーシアという国の万全の安心感を感じさせました。その後、女性5人がそれぞれの民族衣装を身に纏い、それぞれの個性と歌いまわしでリレーするバージョンもよかったのですが、やはり私はあの男性バージョンが好きです。

 KLは首都でありながら喧騒とした印象を与えず、悠久とした時の流れを感じさせる都市として極めて気に入っています。シンガポールもとても住みやすい国ですが、小さい人工都市でもあり、大自然と Asian Muslim のおおらかなムードを併せ持つKLの魅力の方が普遍的だと思いました。(清水)


 何なんだろうって、ずっと考えていたんです。「国」って概念。大きな家族って解釈はとても自然ですよね。・・・ 感謝とか尊敬とか我慢とか畏れとか一生懸命とか素直とかをベースにした自由や夢を取り戻したいです。(日和)
 「平和なマレーシア」を拝見し、びっくりしました。我ら日本人はなんて不幸な人たちなのだろうとい う感慨がつのってきます。とてもいいお話をいただいたのですが、なんとなく淋しいですね。またびっくりするような新鮮なニュースをお知らせ下さい。(山田)
 マスコミが伝える印象と随分違いますね。マハティール首相の強権や通貨危機、経済の混迷というのが日本で受ける単純なイメージではないでしょうか。そのような事件の方がマスコミも記事にしやすいのでしょう。伴さんの記事は現地からの実感が込められていて、日本にいてなかなか伝わってこない雰囲気を理解することができました。平和で安全な多民族国家が成り立っているのはやはりマハティール首相の独自のアジア的な政策が成功しているということでしょうか。(鈴木)
 お隣のシンガポールに82年から住んでいる者です。当時からマレーシアに出入りして86年ペナンに、88年KLに支店を出し、その後現地法人化し、2年前にしっかりした中国系マレーシア人の従業員に全経営を任せました。その間、マレーシアの推移を見てきた60歳の男性です。何時も貴方のレポートを拝見するのを楽しみにしています。ビジネスマンやジャーナリストと違った視点が非常に新鮮です。

 83年にマハティール首相著の『マレー・ジレンマ』を読み、彼の忍耐力を伴った知性に敬意を払ってきました。その彼がアンワルへの暴行を指示したと、どうしても思えません。偏狭な忠誠心を持ち、所謂「職務熱心のあまり」と形容される官吏は、どの国にでも、どの時代にもいるものです。無論、内務相としての責任問題はありますが。貴方や貴方の周囲のご意見はいかがですか。是非、お聞かせ下さい。(野村)


マレーシアの中「インド」
 インド系国民に対する意義および価値、出生国インドで禁止されている行事であることを知ることができました。(福岡)
マレーシアでなお息づく中国の農暦新年(萬晩報、中国情報コラム転載)
 伴さんの文章を読みながら、伴さんにもご寄稿戴ければと強く思っています。特に『マレーシアでなお息づく中国の農暦新年』など、中国と直接関係のある文章を転載でもさせて戴ければ幸甚に思います。(文)
翻訳という文化交流について考える
 翻訳の記事にも考えさせられました。私はアメリカで翻訳の仕事をしているのですが、お金を目的としない翻訳をしている人も世の中にいることを知りました。(齋藤)
 私も9年ほど、マレー語の子供の本を友人とともにほそぼそと翻訳しています。私は以前夫の赴任についてマレーシアに5年ほど住んでいたことがあります。その時に、マレー大学で英語を教えていると言う方に、マレー語を教えていただきました。友人もここで一緒にマレー語を学んだ仲間です。

 日本に帰ってから、ひょんな事で、マレーシアから、大阪の国際児童文学館に留学されていた児童文学研究者の方を紹介していただき、マレーシアの絵本を訳して見てもらうようになりました。彼女は1年ほどで帰られましたが、その後も児童向けの本を訳しつづけてきました。

 幸い仲間がいて、ほそぼそと続けられてきたのですが、自分たちだけの自己満足ではなく、何かの役に立てばと思い、最近(ここ1年ほど)児童文学館にある絵本の翻訳をして、寄贈すると言うボランティアをはじめました。

 貴ホームページを読んで、翻訳と言うのは文化交流なのだ、と自分たちのしていることに少し自信が持てたような気がします。お話がたまったら、何かの形にして残したいなあと言うのも私たちの夢です。

マレーシアから帰国して、13年。マレー語を続けることでマレーシアを愛した気持ちを忘れずに、また更に理解を深めていくことの喜びを支えとしながら、これからも、がんばっていきたいと思っています。(元在マ、武田)


国立劇場の完成で思い出した6年前の暑い夜
 日本と比較したマレーシアを如実に表していると思いました。Processを大事にするとうのは、今の日本では価値がおかれておらず、問題だと思いました。(植田)
 マレーシア国立オーケストラの自分たちでやろうとする姿勢に感動しました。(元在マ、北井)
南国の空に広がる日マ友好の輪(萬晩報転載)
 素晴らしく、また、大変心強い記事でした。私は現在、米国のサンディエゴに駐在していますが、BON ODORIの持つ魅力をここでも再現できたらと考えています。(掘越)
手で食べるというマナー
 ホームページを拝見して、懐かしい方の名前や地名をまざまざと思い出すとともに、伴さんの鋭い視点からの優しい文章にいつもながら感心させられてしまいました。「手」で「食べます」の例文は日本で教えていても、私のなかでは必須です。もっとも主に中国人対象ですので、少々変な顔をされてしまいますが・・・。(元在マ、池田)
 前回のコラム「Pak Lingの決断-−(運輸相を)辞めるべきか、辞めざるべきか
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