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特定という名の不特定--臨時暫定特定国家

1999年02月15日(月)
萬晩報主宰 伴 武澄



 萬晩報がまだ世に出る前、「日本を映す三面鏡」というコラムを書いていた。読者はゼロである。まだ多くの読者には目に触れていない1997年07月20日付け「特定という名の不特定--臨時暫定特定国家」を再録したい。
 「特定新規事業法」という聞き慣れない名前の法律が1997年にデビューした。通常の日本語に翻訳すると「ベンチャー企業の資金調達支援法」。通産省が認定した企業に産業基盤整備基金(郵便貯金の一部を運用する通産省の基金)が債務保証したり、官民共同のベンチャーキャピタルである「新規事業投資」(官民出資の会社)が出資したりする制度だ。

 しかしどう読んでもこの法律の「特定」が「ベンチャー企業」を意味するとは理解できそうにない。今日は官僚が国民を体よく騙すノウハウがたくさん詰まっている用語について説明したい。

 「特石法」という法律を覚えている人は多いと思う。「特石法」が1996年4月に廃止され、ガソリンの輸入が解禁された。

 「ほう、ガソリンは輸入が禁止されていたんだ。輸入ガソリンがなかったから競争もなく、ガソリン価格が高値で維持されていたんだ」

 多くのドライバーは当時そんな感想をもったに違いない。実は、廃止が決まった前年から市中のガソリン価格は一気に下落した。ガソリンが輸入されるということが分かっただけで、価格が下がるのだから市場主義経済は恐ろしくもおかしくもある。

 この特石法の正式名称は「特定石油製品輸入暫定措置法」とややこしい。頭のいい人が読めば、特定の石油製品を暫定的に輸入するための法律だと考えそうだが、実は逆だった。通常の日本語では「ガソリン輸入禁止暫定措置法」だったのである。官僚が作る法律にはこの手のものがいくらでもあるから騙されてはいけない。

 特石法が、施行された1986年4月1日以前、ガソリンの輸入は通産省への届け出だけ済んだのだが、この日を境に「国内に精製設備を持つ企業のみが輸入できる」ことに制度が変わった。この「できる」がみそなのだ。普通だったら「国内に精製設備を持たない企業は輸入できない」と法律に表記するはずなのに「・・・のみ・・・できる」と表記するところに官僚のずるさがある。だから事実上の輸入禁止措置がなんだか輸入のための法律のような錯覚を起こすのである。

 特石法が制定された背景には、とんでもない経緯がある。ガソリンは1995年まで通産省への届け出だけで輸入できたことはすでに述べた。制度的に輸入はできていたのが、それまで実はだれもこの制度を利用してガソリンを輸入しようとしなかった。国内で流通する石油製品はすべて国内で賄おうとする通産省にあえて反旗を翻す企業がいなかったでけではない。そもそも内外の価格差は少なく、輸入するメリットも小さかったからだ。

 しかし、プラザ合意以降の円高で内外のガソリン価格差は広がり、ガソリンを輸入するメリットが大いに出てきた。そんなチャンスにお上に敢然と立ち向かうガソリン業者が現れた。神奈川県を地盤としたライオンズ石油の佐藤社長だ。佐藤社長は、法律通りガソリンの輸入の届け出を試みた。驚いたのは通産省の輸入課だった。輸入できる法律があっても「よもや」と考えていたのだろう。業界をすべてコントロールできると考えていた通産省はこの「届け出書」を受理しないという手段に出た。

 しかし、佐藤社長は諦めなかった。内容証明付き郵便で改めて「届け出書」を送りつけ、シンガポールからの輸入手続きに入った。本来、届け出制度は「受理する」も「受理しない」もない。通産省はここでライオンズ石油に一本取られた。1986年の正月、シンガポールからのガソリンを満載したタンカーの第一弾が大阪の堺港に入港した。なんとしてもライオンズ石油のガソリン輸入を阻止したい通産省は、最後の手に出た。

 大蔵省に手を回し、ライオンズ石油の取り引き金融機関だった城南信金に圧力をかけた。城南信金はただちにライオンズ石油に融資打ち切りを宣告した。資金繰りに窮したライオンズ石油は結局、ガソリンの輸入を断念せざるを得なかった。話を簡潔に説明すると、こういうことが水面下で起きていたのだ。

 それで、堺港に入ったガソリンはどうなったかというと、日本石油が買い取り、通関上はナフサとして輸入された。ナフサとガソリンは組成上ほとんど同じだが、石油ショック以降の日本の石油化学業界への保護策として安い海外のナフサだけは輸入が許されていたのだ。

 通産省の石油政策は一貫して産業重視である。ガソリン税がべらぼうに高くて、軽油税が安いのはもちろん、原油を精製してできるもろもろの石油製品価格を国際的な市場価格に委ねるではなく、民生用のガソリンに多くの負荷をかける形で産業界に優遇措置を与えてきたのだ。

 名古屋のカナエ石油がガソリンの安売りスタンドを開店したときにガソリンの「供給ルート」を報告させようとしてマスコミに批判されたことは記憶に新しい。通産省はガソリンスタンドの設置を認めても「安売り」を敢行する業者に対してはあらゆる手段で阻止を図ろうとした。

 ライオンズ石油は金融機関を通じた圧力がかかったが、カナエ石油には石油元売りを通じて供給ストップをかけようとした。そして官僚と国内津々浦々にまでネットワークを張る業界との癒着を通じて国内の新しい試みをすべてつぶしてきた。

 そんな、通産省が「このままでは日本の産業がつぶれる」とベンチャー育成に乗り出しているのだから悲しい。新産業育成のためには官僚はこれまでなにをしてきたのだろうか。

 廃止されたこの[特石法」は日本の法律や制度、つまり官僚の発想を理解する上でこのうえなく興味ある存在なのだ。

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