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オラクルの円柱−シリコンバレー見聞録

1998年12月06日(日)
 土屋 直


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 「オラクルができてから、急にこの101号線が混みだしたのよ」

 1986年には株式公開を果たし、エヌ・キューブ社を買収するなどして超並列コンピューター分野にも進出し、同分野でもトップ・ブランドとなっている。近年は、ネットワーク・コンピューター構想やアップル買収の噂などで何かと話題にのぼる事の多い企業である。

 オラクル社は、かつてコンピューターの雄のひとつだったアムダール社の元技術者、ラリー・エリソン氏によって1977年に設立された。リレーショナル・データーベース・ソフト開発の成功により急成長した会社である。

 「シリコンバレーではアドバルーンを打ち上げる能力がとても重要なの」という飯田さんの言葉が耳に残った。

 オラクルの円柱形のビルは初夏の生暖かい微風にふかれ、レッドウッドシティの真中にそびえ立っていた。孤高に並びたつビルディングの威容はエリソン氏の経営姿勢をそのまま表現しているように思えたのだが、どうであろうか。

 私はサラリーマン時代、トフラーの「第三の波」を読んでシリコンバレーの情報企業群に関心を持っていたものの、海を隔てた言葉の違う国の話であって自分には縁のない世界だと諦めていた。それだけに、とうとう空想の中の出来事でしかなかった遠い世界に、現実に足を踏み入れることができたという感動が潮のように押し寄せてくるのを感じた。

 だだっ広い駐車場をあとにして、オラクルの円柱の周囲を廻っていると湖の河畔にカフェがあった。プラスチック製の白いテーブルと椅子の置かれたなんの変哲もないカフェなのだが、そこから見える河畔の柳と湖の風景が美しい。その日は残念ながら休業中であったのだが、「オラクルのカフェを利用したことがある」というのはシリコンバレーではちょっとした自慢になるらしい。

 オラクルを率いるラリー・エリソン氏はシカゴ大学物理学科に在学中、フェアチャイルド・セミコンダクターの設立などで第一次ブームに沸いていたシリコンバレーを見て大学を中退、成功を夢見てシリコンバレーに移り住んだ野心家経営者である。エリソン氏の持論は「新しい技術への挑戦というリスクを取らないほうがリスクは大きい。この世界では何もしない事が大きなリスクになる」であり、その経営は強力な技術を背景にした常識破壊とリスクテイキングの精神に貫かれている。

 また、大の親日家としてもとしても知られ、エリソン氏の自宅は広い日本庭園と武家屋敷などの建物を配した日本風の豪邸である。オラクルの周囲を歩いている途中そのことを思い出し飯田さんに言うと、ネット・スケープのジム・クラークも一時期、京都に留学していたことがあり、シリコンバレーの親日派は意外と多いですよ、という返事が返ってきた。

 土曜日だというのに、オラクルの技術者たちはラフなポロシャツやジーンズといった格好で続々と出社してくる。心なしか中国人やインド人といった非白人系が多いように思えたのも、世界各国に拠点を構え1万6000人の社員を抱えるオラクルのイメージから来る私の僻目なのだろうか。

 オラクルのホームページには「The Oracle Million Dollar Challenge」「Are you game?」「The Interner Changes Everything」などという、社員の「変革」や「挑戦」を促し鼓舞するような表現に満ち溢れている。エリソン氏の冒険者精神が社内の隅々にまで浸透していることをうかがわせる一面である。(NAOSHI TSUCHIYA)

 メールマガジン「セコイアの木に引き寄せられて」3号より。土屋さんは現在、脱サラして国際公認会計士を目指して勉強中です。配信希望は ここへ

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