官僚支配の最近のブログ記事


  最近、意味の分からない議論が多すぎる。東日本大震災の復古財源に充てる復興債の償還期間が25年に延長されることで与野党が合意した。そもそも復興債の 発想は「次世代に負担させたくない」(野田佳彦首相)ということから始まった。当初10年で返済するはずだったものが、自民党の要請で25年に延長されて しまった。

 与野党の合意は歓迎すべきことだが、25年となれば、確実に次世代に引き継がれることになってしまう。そうなら、あえて「復興債」などという仰々しいこ とをしなくても建設国債でも赤字国債でもよかったはずである。この間の与野党の議論はなんだったのかと思うととたんに疲れが出てしまう。

 一方、会計検査院が野田首相に提出した2010年度の決算検査報告書によると、税金の無駄遣いは約4283億円だったそうだ。金額で2009年の1兆 7904億円に次いで過去2番目に多かった。ちょっと待て。東日本大震災の復興に使う11兆2000億円を25年で割ると4480億円。国の無駄遣いとほ ぼ同じではないか。政府が無駄遣いをやめれば、復興債など出さなくとも賄える金額ではないのか。

   そんなに毎年、巨額の無駄遣いが出るわけではないといかぶる向きもあろうと思うが、実は2006年度までは数百億程度だった無駄遣いの指摘が翌年度から 千億円の単位となっているのである。2006年度310億円だったのが、2007年度は1253億円、2008年度は2364億円と続く。

 これは消費税増税の議論の中で「まずは無駄遣いをなくせ」という与野党の機運が盛り上がり、会計検査院としても本気にならざるを得なくなったからである。民主党の仕分け会議でなくとも、公務員でもやろうと思えばできることを証明しているのである。

 野田政権は何もやらない政権かと思っていたが、なかなかしたたかである。というより従順である。消費税増税、TPP、復興税、普天間・・・。官僚の振り 付けのままに中央突破を図ろうとしている。官僚の議論はある意味で緻密に積み重ねられているから、国会の論戦でもたじろぐことはない。ちゃんと答弁書を用 意してくれるから心配もない。

 官僚のへりくつに従って、後は馬耳東風を決め込んできたのは歴代の自民党政権だった。その自民党の手法を真似ていれば「政権の安定」が図れると考えてい るのだとしたら、それは偉大なる勘違いであろう。脱官僚を目指した民主党が官僚に完全に取り込まれている姿はいかにも痛々しい。

 よく考えてみよう。国民の前で一度だって公言したことのない「消費税10%」の議論を野田首相はカンヌサミットで「国際公約」だと約束してみせた。「税 と社会保障の一体改革」で財源である消費税増税議論を進めながら、肝心のどういう年金を目指すのかの議論は止まったままなのである。8日の国会論戦で、野 田首相は、自民党の野田毅氏が問い詰めたわけでもないのに、質問に対して「ごまかしはありません」と自ら墓穴を掘っていた。

 消費税増税によって民主党のマニフェストである税金による基礎年金の負担ができるのであれば、国民の一定の理解もすすむだろうが、今回の消費税増税によって改善するのは「財政」だけとなれば話は別である。

「税と社会保障の一体改革」は完璧なまやかしとなる。(伴 武澄)
 UR、本体赤字も関連10法人の剰余金519億円 

 東京新聞の一面トップの記事である。「本体赤字で子会社大幅黒字」。どこかでみた構図だ。日本道路公団がそうだった。郵政事業は国営時代、黒字になった り赤字になったりだったが、子会社群に黒字が溜まる構造だった。国営でやっても、独立法人となっても体質は同じ。官僚が独立法人に天下り、独立法人がさら に子会社に天下る。たっぷり溜まった資金は、パーティー券などの原資にもなったはず。飲み食いやタクシー代の原資として官僚に還流しているはず。

 国家予算が破綻しても自らの懐のことしか考えない役人が多すぎる。三つも四つも団体を天下り続け、そのつど退職金をもらうことが国家財政を圧迫している ことに鈍感なのだ。鈍感というより、そういうセンサーをほとんど持ち得ていない。そんな官僚を頂くのが日本という国家なのだ。
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 UR、本体赤字も関連10法人の剰余金519億円 2009年11月16日 09時09分

 市街地整備や住宅供給事業を行う独立行政法人「都市再生機構」(UR、横浜市)の関連10法人の利益剰余金が昨年度、総額519億円に達していたことが 明らかになった。10法人にはURから再就職した"天下り"の役員らが304人に上っていた。約4千億円の赤字を抱えるURとは対照的に関連会社がURか ら独占的に事業を請け負い、多額の利益を上げている実態が浮かび上がった。

 会計検査院の調べによると、剰余金の最高額は、UR住宅の駐車場管理や改修などを行う「日本総合住生活」(JS)の210億円。同社は今年6月、批判の 高まりを受け、124億円をURに寄付した。同社の社長は建設省(現国土交通省)OBで、UR前身の旧都市基盤整備公団副総裁を経て2003年に2度目の 天下り。昨年度、同社には役員10人を含め、UR出身者が32人在籍した。

 次いで剰余金が多かったのは、URの市街地開発の関連事業を行う「新都市ライフ」の128億円。社長は元国交省審議官で、旧公団理事を経て04年に社長に就任した。

 再就職が多かったのは、UR業務の一部を代行する「URリンケージ」(剰余金37億円)と、UR住宅の管理を行う財団法人「住宅管理協会」(内部留保 15億円)で、いずれも68人。両法人ともURからの売上高が総売上高の9割以上を占めた。URから10法人に役員として再就職したのは64人。10法人 のURからの売上高計1426億円のうち、38%の536億円は随意契約によるものだった。

 URは企業の累積赤字に当たる繰越欠損が3930億円で有利子負債は13兆7千億円。毎年、国と地方自治体から補助金を受けており、昨年度は1093億円。このほか国は1兆円近くを出資している。

 政府は07年末に策定した独立行政法人整理合理化計画の中で、URに関連法人の剰余金や随意契約の見直しを求めている。URは政府の行政刷新会議の事業仕分けの対象になっている。

 ◆国の方針に従い競争

 <都市再生機構の話> 日本総合住生活は同業他社と比べて自己資本水準が高かったので、剰余金の寄付を求めた。他の会社の剰余金は必要の範囲内。機構 OBの再就職は機構で培った技術が生かせる点で再就職者にとって好ましい。国の方針に基づき、関連会社との取引は随意契約から競争性を有するように努めて いる。

 ◆寄付の要請あった

 <日本総合住生活の話> 2008年の政府の行政支出総点検会議などで剰余金が取り上げられ、機構から当社に寄付の要請があった。

(中日新聞・東京新聞)
環境雑誌「オルタナ」の編集長の森摂さんのメルマガが面白い。昨日の内容は八ツ場ダム取材記である。以下、冒頭部分を転載させてもらう。

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先日、群馬県吾妻渓谷にある「八ッ場ダム予定地」に、NPO法人緑の家学校の芝静代理事長らと取材に行ってきました。
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この計画の総工費は4600億円。そのうち、ダム本体の建設費は7%の620億円に過ぎません。残りの93%は、国道145号線のバイパス計画であり、JR吾妻線の付け替え工事、その他周辺工事なのです。

国道145号の移設計画のうち、すでに約7.5km(約69%)で工事が始まっていますが、完成したのは約600m(約6%)に過ぎません。一部の用地は買収も完了していません。

 続きを読む http://alternaeditor.seesaa.net/article/132651778.html
 民主党政権誕生から一カ月。霞ヶ関をめぐる風景は様変わりなのだという。まず週2回の事務次官会議が なくなった。事務次官会議は翌日の閣議にかける案件を決める会議で、会議が終わると事務次官は自分の省庁に帰って会見を行った。昼飯後の会見で記事になる ような発言があったためしはない。筆者が官庁取材を最後にしたのが1995年だから古い話になる。

 選挙中に民主党が「政権をとったら事務次官会議を廃止する」と言い出し、大きな話題となった。「そんなものやめれるはずがない」というのが大方の見方で、官僚たちも「なくなることなど想定外」だった。
 民主党が政権をとって本当に事務次官会議がなくなり、不都合なことはなにもないことが分かった。では事務次官 会議ってなんだったのかという検証が必要だが、どこからもそんな議論は出てこない。先日、元官僚の話を聞く機会があり、現役記者時代に不思議に思いながら も「そんなものか」とやし過ごしてきた自らの体験を反省させられた。。

 事務次官会議は月曜日と木曜日に開催し。昼飯を食べた後、閣議に上げる案件をそれぞれの事務次官が読み上げるだけで実は何もしていない。マスコミは閣議 が空洞化していると報道してきたが、実は事務次官会議もずっと昔から空洞化した会議だったのだ。案件は会議前にすでに調整済みだから次官は何もしなくてよ かったのだ。

 それでは事務次官会議は何のためにあったのか。縦割り行政の中でお互いの領域を侵していないか調整するのが目的で、いわば「縄張り争いの調整機関」だったといっていい。役人の頭を交錯するのは「領域を守りたい」とか「他省庁の領域を犯したい」とかそんなことになる。

 省庁間の縄張り争いで問題は「裁定者」が存在しないことである。本来は大臣の仕事なのだが、自民党時代、大臣が省庁間の争いに乗り出したという話は聞いたことはなかった。

 縄張り争いでの最大の官僚の武器は「事務次官会議で手を上がるぞ」と言って相手を脅すことだった。官僚同士の暗闘の象徴が事務次官会議だったのである。
 地下鉄の地下鉄の吊り広告に「TASPOがなければ7月1日から自販機でたばこは買えません」という日本たばこ協会の広告が出ていた。

 ちょっと待て。証明書がなければ買えないようなものを自動販売機で売っていいのだろうか。そんな危険なものならば、店舗で対面販売が必要でしょう!
 25日の北國新聞によると、6月1日の石川県のTaspoの運用開始を前に、「愛煙家「タスポ」取得13%弱、小売店の自販機3割未対応 足並みそろわぬまま始動?」ということになっている。

 北陸財務局は7月からタスポ未対応の自販機でたばこを販売した場合に行政処分を科す方針なのだそうだ。行政処分の内容がどうなるのか分からないが、町のたばこ屋さんが次々と行政処分される事態になれば、おもしろい。

 日本の国民はガマンが強すぎた。ここらで行政の言いなりにならない気骨を示して欲しい。たばこ屋は全国で28万件あると知ったことがある。10年も前に調べたから相当減っているかもしれない。それぞれに財務省から販売免許を与えられた業者である。

 郵便局が2万5000、小中学校が4万というから大変な数である。自販機のタスポ対応改造費が13万円とされるから、改造費だけでざっと360億円である。

 タスポは日本たばこ協会が発行する。カード発行は無料だが、膨大な費用は誰が負担するのか。直接的にはもちろんタバコメーカーである。だが、いずれタバ コメーカーが「値上げ」という形で愛煙家に負担を求めてくるに違いない。未成年の喫煙防止を名目にしたタスポ導入でだれがもうかるのか一目瞭然であろう。

 北國新聞によれば、北陸たばこ販売協同組合連合会によると、石川県内のタスポ申し込み数は4月末で約3万枚で、推定喫煙人口約23万9000人の12・ 6%にとどまるという。一方、自販機は、たばこメーカーが販売店に貸与している自販機はほぼすべてに読み取り機が取り付けられたが、販売店が所有する自販 機は3―4割しか対応していない。
2000年03月24日(金)萬晩報主宰 伴 武澄


 山王パークタワーという溜池に2月オープンしたビルを訪問した。NTTドコモ本社が移転し、三菱信託銀行の本店もある。建設中の新首相官邸に隣接しているため、警備上いろいろな工夫がされているという注目のビルである。

 ビルの外壁のコンクリの柱が外側に幅をもたせてあったり、斜めから見たときに曇りガラスになる特殊な窓の構造になっていて、官邸を直接見下ろせないよう工夫がされているということだったが、どうも真っ赤なウソであることが分かった。

 特殊な曇りガラスは確かにあったが、160センチほどの高さまで、それから上は普通のガラスになってい る。ちょっと背の高い人や普通の背丈の人でも台の上に上がれば曇りガラスの効果はない。それこそ官邸は丸見えなのである。ゴルゴ13ばりの射撃手ならば、 窓越しに官邸にいる要人を狙うことは不可能でない。

 ●財政危機でも止まらない建設

 日本の危機管理のお粗末さがここでも垣間見られたのだが、筆者はまるっきり違うことを考えていた。

「官邸が隣のビルから丸見えであろうとそんなことはどうでもいい。日本は首都移転を議論している最中に、首相官邸を新築しているのだ」

 山王パークタワーから見下ろす新首相官邸の建設現場をみながら、そんなことを思い起こしていた。

 調べてみると新官邸建設費は本館だけで435億円である。遅くとも再来年のいまごろに本館は完成する見通しである。

 いま日本は金融機関の不良債権問題と景気の長期低迷、それに財政の危機に立たされている。その一方で首相 官邸を新築するのだそうだ。1998年度の第3次補正予算で278億円もの建設費用が計上され、去年6月から新首相官邸の建設が着工しているのだ。確か第 3次補正は景気対策である。

 4年前に、首相官邸の新築計画が浮上したときに「なんでこの時期に」と記事を書いたことがある。阪神大震災の直後で首相官邸の機能強化がさけばれていた時期でもあった。実は災害時を想定した官邸機能は多摩地区ですでに機能しているのだ。

 官邸の新築の閣議了解はいまを遡る13年前だが、実質的に始動したのは村山政権のときである。橋本内閣のときにゴーサインが出て、小渕内閣が実際の予算をつけて建設が始まったのだ。この間、だれも首都機能移転との矛盾を指摘してこなかった。

 ●新官邸は10年の使用が前提?

 そのとき、取材に応じた官僚の言葉が忘れられない。言葉尻は正確には覚えていないが、後輩記者は以下のように報告したのだった。

「新しい官邸は新首都移転までの暫定的なもので、10年程度の使用を前提に設計を進めている」

「ほぅ、この国はプレハブ官邸を建てようとしているのか」。建て替えの最大に理由は官邸の老朽化だったはずである。黒を白と言いくるめるのがうまい官僚の言いそうな文言だった。

 去年12月、2000年度予算を編成していたとき、国会等移転審議会が首都機能の移転先を決められずに3 地域を並列して答申したことは記憶に新しい。移転先を諮問された審議会が移転先を決められないのならば、審議会の意味をなさない。委員たちはただちに辞職 すべきだったがそんな議論も起きなかった。

 自分の目が黒いうちに首都移転が実現するなどと考えている人は霞ヶ関周辺にはいない。マスコミもどだい無理な話だと思っている。思わせぶりな記事は、真面目に誘致に取り組んだ自治体の職員を踊らせただけでに終わるのだろう。罪な話だ。

 ちなみに一般に「首都機能移転」と考えられている首都移転論議の、政府の正式な名称は「国会等移転」である。実は誰も「首都移転」といったことはない。あくまで「首都機能」であり、移転を議論しているのは「国会等」となのだ。

 国会等移転審議会は1年以上も前、新しい国会議事堂や低層の建物群を田園風景に配置した「新首都」の最終 的なイメージ図を盛り込んだパンフレットを作成し、ホームページに公開した。だが、審議会での議論をつぶさに読んでみると、このような新首都が出来上がる のは30年も先の話なのだそうだ。

 そういえばマレーシアの新行政都市プトラジャヤの建設は通貨危機の間も休まず続けられ、新首相官邸は去年6月すでに引っ越しを終えているそうだ。


1998年03月12日(木)
共同通信社経済部 伴武澄


 ここ数年、金利について考えてきた。1980年代後半、アメリカが国際収支と財政の双子の赤字に悩んでいたころ、米政府が財政赤字の穴埋めに発行する国債利率が13%などという時代があった。大蔵省の金融専門家に「なんでそんなに高いののか」聞いた。

 「需給関係が悪いんだよ。国債発行額が大きくなって引き受け手がいない。人気がないから金利を上げる。悪循環でどんどん金利が上がった」という説明を受けた。だから財政赤字が増えると金利は自動的に上がるものだと信じていた。

 1990年代になってバブルが崩壊、日本は構造的な不況期に入った。すでに7年間である。下の表をみてほしい。年間70兆円前後の年間予算に加えて66 兆円もの景気対策を実施してきた。80年代、先進国の中で最も良好だった日本の財政は10年足らずで最悪の財政状況に陥っている。GDPに対する国債発行 残高や年間予算に占める国債依存度は最も高くなった。アメリカで国債増発が金利上昇要因になったのなら、日本でも金利が上がっても不思議ではない。景気対 策で日銀がいくら公定歩合を下げても、これだけ国債を増発すれば、金利が上がるのが経済の道理である。

1992年8月 総合経済対策10兆7000億円  公共用地先行取得を含む
  公共投資8兆6000億円
1993年4月新総合経済対策 13兆2000億円  公共投資10兆6200億円、
  中小企業対策1兆9100億円
1993年9月緊急経済対策06兆2000億円  中小企業対策1兆9100億円、
  94項目の規制緩和
1994年2月総合経済対策15兆2500億円  公共投資7兆2000億円、
  減税5兆8500億円
1995年4月緊急・円高経済対策  07兆0000億円  阪神復興3兆8000億円、
  緊急防災対策1兆3000億円
1995年9月経済対策14兆2200億円  公共投資12兆8100億円
合計
66兆5700億円
しかし、90年代の日本では、金利はいっこうに上がる気配がない。またしても疑問に突き当たり同僚の金融担当記者に聞いた。

 「こんなに国債を増発してなんで金利が上がらないのか」

 「1980年代のアメリカと違うところは、需給関係だ。銀行は優良な融資先がない。預金はあるのだが、運用先がない。だからみんな国債を買っている。政府がいくら国債を増発しても金利が上がらないのはそうした特殊事情があるからだ」

 非常に分かりやすい説明だったが、どうも合点がいかない。預金を集めて企業の設備投資や運転資金として供給するのが金融機関の社会的役割と教えられてきた。その銀行がお金を貸さないでせっせと国の借金の肩代わりをしている姿はやはりおかしい。

 金利が上がらない理由も分かったようで分からない。国債発行は入札制である。金融機関が買いたい価格で入札し、大蔵省は一番有利な価格を提示した銀行に売り渡す。アメリカでは誰も入札しなかった時期があったが、日本で国債が売れ残ったという話はあまり聞かない。

 萬晩報は公共事業と同様、国債の入札での談合が行われているのではないかとの疑いを持っている。大蔵省は国債を消化しなければならない。特に大量発行が 続いた90年代には金利を上げないで発行する必要があった。金融機関の資金はより高い利回りを求めるのが経済原則だが、数々の不祥事をもみ消してもらった 恩義がある手前、大蔵省が提示するままの金利で唯諾々と国債を買ってきたに違いない。

 だからビッグバンが始まると、国債消化は非常な困難に突き当たると考えてきた。外為法が解禁となる4月以降は相当量の預金が海外に流れる。金融機関に金 が集まらなくなると銀行はこれまでのように大蔵省のいうがままに国債を購入することができなくなる。そうなると売れ残る。それでも大蔵省が売りたければ利 回りを上げざるを得ない。

 ここから先が重要だ。国債金利が預金金利を大幅に上回ることになれば、国民が貯蓄として国債を購入し出すだろう。この場合、国債は消化できて大蔵省はい いだろうが、お金が引き出される金融機関はたまったものではない。預金の引き出しは経営の根幹を揺るがす。そうなると金融機関はお金を集めるために金利を 上げざるを得なくなる。

 いずれにせよ、金利は上がらざるを得ない。経済アナリストは数年前まで「日本は円高だから低金利でいいんだ。実質金利はむしろアメリカよりも高い」と訳 知り顔だった。とまれ円安が始まってもう3年になる。金利のマーケットメカニズムを無視した報いは不良債権問題より大きいはずだ。なにしろ1200兆円の 国民の金融資産が5、6%で回っていれば毎年60-70兆円の金利が生まれていたはずなのだ。金融安定化のための公的資金30兆円の2倍である。 60-70兆円の金利は毎年ですぞ。

1998年03月06日(金)
共同通信社経済部 伴武澄


 業界紙だからうちは書けないんです

 流通クラブ担当だった1994年10月初め、食品業界紙の知り合いの女性記者から電話がかかった。相談したいことがあるというので、翌日、同僚記者と近くの喫茶店に出かけた。

 「ひどいんです。国税庁は未成年飲酒防止を名目に、お酒に価格破壊に水を掛けようとしているのですよ。この報告書をみて下さい」

 差し出された分厚い報告書には中央酒類審議会・新産業行政部会の名が記され、「アルコール飲料の販売の在り方」と題されていた。当時、酒のディスカウン トショップが日本全国に広がって「酒を定価で買う」長年の習慣が崩れつつあり、業界は既得権益の崩壊に危機感を高めていた。

 「週明けに発表になるんですけど、批判的な立場から書いてもらえませんか。うちは業界紙だからあまり批判めいた記事は書けないんです」。彼女の目は真剣 だった。ぱらぱらめくると確かに「未成年の飲酒防止策」がたくさん並んでいた。「対面販売」「自販機の撤廃」「前払いカード自販機の開発」「容器への注意 喚起表示の義務化」など酒を自由に買えないよう策がめぐらされていた。

 圧巻は「安く大量に手軽に販売すればよいとする在り方は問題が多い」とし、価格破壊を進めていたディスカウントショップやスーパー店頭での「分別陳列」と「レジの分別」を求めた点だった。明らかに新興勢力への嫌がらせである。

 彼女が経済部記者であるわれわれにこの報告書を持ってきたのにはもうひとつの理由があった。国税庁記者クラブは社会部記者が中心になっている記者クラブ で、ふだんは企業の脱税事犯を追う立場にある。社会部記者は常々社会正義を追う使命に立たされているため、「未成年飲酒防止」などの枕詞がつけば、どうし ても「正しい規制」ではないかと考えがちだなのだ。彼女としては「規制緩和に逆行」といった見出しが欲しかったのだ。

 当時、多くの経済部記者は、規制でがんじがらめの日本経済に危機感を抱いていた。再生には価格破壊を含めあらゆる規制を撤廃する必要があるとの認識で一 致していた。われわれも社会的規制で価格破壊の流れを逆行させてはいけないと判断した。この記事は筆者らの独自ダネとして翌朝、多くの地方紙の一面を飾っ た。

 背後に業界団体と族議員、国税庁のトライアングル

 「アルコール飲料の販売の在り方」という名の報告書をまとめた背後には、酒類販売店の業界組織やそこを支持基盤とする自民党族議員の影があった。幸い、 審議会報告はまとまったものの、酒の自販機が街からなくなる事態にはなっていないが、業界組織と族議員そして安定的な酒税収入を確保したい国税庁との「癒 着の三角構造」が仕掛けた策だった。

 「未成年への酒類販売防止」という誰もが反対できない社会的規制を持ち出して、酒類販売店の既得権を守ろうとする姿勢はあまりにも卑劣だと考えた。彼女 の考えもそうだった。「レジを分別せよ」という項目は明らかにスーパーにコストアップを要求したに等しく、「容器への注意喚起表示の義務づけ」は輸入ビー ルに対する嫌がらせだった。

 この社会的規制がうやむやになった理由は、担当が変わったせいもあり追及していない。大蔵省が管轄している業界は金融、証券、保険のほか、酒類とたば こ、塩がある。酒類もたばこも税収は大きい。製品値上げと税率アップを交互に繰り返し、製品に占める税率を一定に保ってきた。両方とも従量制だから安売り しても税収は減らない構造になっているが、製品価格のアップがあって始めて税率をアップできる。ディスカウントショップのおかげで当分の間、酒税は上げら れないということだ。 

1998年02月28日(土)
共同通信社経済部 伴武澄


 2月16日付レポート 「『ご説明』-議員やマスコミを籠絡する官僚の手口」を読んだ感想やご批判を多くいただいた。多くの読者に共通した意見もあると思われるので、匿名で掲載させていただいた。

1998年02月18日(水)
共同通信社経済部 伴武澄


 以下と以上の議論を知っているか

 これは、最近まで大蔵省の事務次官を務めていた小川是氏が課長だったころの会話である。

 「君は以下と以上の議論を知っているかね」
 夜回り先での会話である。住宅問題を議論していた。
 「知りません。何ですか。それ」
 「つまり、戦後の日本の住宅が貧困な理由なんだが、私がまだ駆け出しの事務官だったころ主計局であった論議だ。住宅金融公庫をつくって国民の住宅取得に安い金利の資金を提供しようということになった。そのとき、融資対象を45平方メートル以下にするか、以上にするかで議論があった。私は以下にしたら貧相な家ばかりになると以上に賛成したんですが、金持ち優遇になるとかで以下になった経緯があるんです。現実も発想も貧しかったんですね」

 45平方メートルは当時の一般的な公団住宅の2DKの広さである。日本はいったん規格や基準が決まると基本路線をなかなか変られない。住宅金融公庫のこ の融資基準も30年来、ほとんどいじくられていない。融資対象物件の上限価格だけは天井知らずに上がった。日本は有数の金持ち国である。国土が狭いから多 少は地価が高くても仕方ない。しかし、狭すぎる。いま首都圏で販売される新築マンションの平均的居住空間は60-70平方メートルである。子供が一人の家 庭ならまだしらず、二人、三人ともなれば窮屈だ。恥ずかしくて人も呼べない。

 そんな空間に35年間ものローンを組むのである。昭和40年代に東京都内で建設されたマンションはそんなに狭くない。少なくとも一回りは広い。役人の発 想が貧困だから国民に対する住宅政策まで貧困になる。実は多くの公務員住宅も狭かった。ほとんどが公団規格だからである。狭い公務員住宅に住んでいた公務 員が「われわれでさえ、こんなところに甘んじているのだから」と以下の発想になったに違いない。またちなみに小川氏は世田谷に、外国人を呼んでも恥ずかしくない一戸建てに住んでいた。「以上の発想」が出てきたのはそういうことである

 足軽長屋に見た公団2DKのプロトタイプ

 新潟県新発田市へ行くと新発田城址に近くに「足軽長屋」が残っていて観光地の一つになっている。つい最近までどこの城下町にもあった長屋だそうだが、老 朽化してみんななくなった。新発田市だけは頑丈だったのか現在に残ったから観光地になった。歴史的遺物ではなく、ここでもつい15年ほど前まで庶民が住ん でいたそうだ。案内を頼んだタクシー運転手が「僕が生まれて住んでいたところ」とガイドしてくれた。少なくとも明治になって100年以上たっているから相 当に古い。

 中をのぞくと、6畳の土間があって、奥に6畳の囲炉裏の間、居間は6畳と4.5畳。一間半の押し入れがついている。つまり6畳間を四つくっつけただけの造りである。「これはまさに究極の2DKだ」とひらめいた。囲炉裏の間はダイニングキッチンそのものだ。煮炊きしながら食べる場でもある。個別に風呂とトイ レを付けた分だけ少々面積が広い。平屋で木造の足軽長屋を鉄筋コンクリート建ての5階にして現代に再現すると公団住宅となる。公団の2DKを設計した人はこんな長屋に住んでいたに違いないと直感した。

 それがどうしたといわれるかもしれない。おっとどっこい。江戸時代の足軽だった人には申し訳ないが、お金持ち国の住宅の基準がいつまでも足軽長屋でいいはずがない。

1998年02月16日(月)
共同通信社経済部 伴武澄


 官僚からかかる突然の電話

 突然、郵政省の某課長補佐から電話がかかってきた。郵政省など担当をしたことはない。面識があろうはずがない。「日本の携帯電話市場についてご説明した い」というのだ。ある雑誌に「世界の携帯電話市場は欧州規格のGSMが席巻している。GSMは欧州、アジアとアフリカのほとんどの国でローミングできるの に、日本のNTT方式は国外に出たとたん使えない」と書いたことがお気に召さなかったようだ。署名入りだったから電話番号を調べてきたようだ。

 来ていただいても自説は曲げないことを何回も電話口で説明したが、相手は「とにかく一回伺いたい」と言う。あまりのしつこさに「じゃあ。1時間だけ話を 聞きましょう」と会う日時を決めた。「近くだから出向きます」といっても相手は固辞して、どうしても自分が出向くという。翌日、汚い共同通信の一室でその 課長補佐と会った。

 正直言って、東大出身の官僚からわざわざ電話をもらうのは悪い気はしない。相手を持ち上げて、いつのまにか自分の土俵に相手を取り込む。これこそが官僚 の人心掌握術なのだ。彼は自分で筆者の名前を見つけたのではない。上司が雑誌で見つけて、彼に「説明」に行くように命じた。ご説明は2時間にわたっても終 わらなかったが、取材予定が入っていたので切り上げてもらった。課長補佐は「近々また来ます」と言って帰ったが、筆者が大阪に転勤してしまった。そして、 課長補佐が置いていった膨大な資料はのどから手が出るほどおいしいものだった。

 確実にインプットされる大蔵の論理

 かなり昔の話だが、消費税導入前夜、参院議員だった野末陳平氏を議員会館に訪ねた。先客がいたため待っていると、大蔵省の薄井税制二課長が出てきた。顔 見知りの記者と場違いのところで出会ったことに一瞬うろたえた様子をみせたが「やあ、どうも」といって去った。野末さんに「お知り合いなんですか」と聞く と「あの人のご説明には閉口している。ようく来るんだ」とまんざらでもなさそうだった。野末陳平氏は二院クラブに属していて税金に関してはかなりの専門家 だった。

 当時、駆け出しの大蔵担当だった筆者は「なるほど。こういう仕組みになっているのか」とひらめいた。大蔵省だけではない。官僚が新しい政策を導入しよう とするときは、局を挙げて課長補佐クラス以上が毎日「ご説明」に奔走する。自民党の幹部はもちろんだ。野党からはてはマスコミまで説明する範囲は想像を超 える。知らない相手であろうが躊躇しない。新聞記者の夜討ち朝駆けと同じである。

 自民党の最高幹部は別として、大蔵官僚がわざわざ自分のところに出向いて「ご説明させていただきたい」と電話がかかってきたら、それこそ悪い気がしない し、断れるものではない。警察や検察の事情聴取は強圧的に相手を呼びつけるから拒否できないが、官僚は自ら出向くという手法を取り、相手のプライドをくす ぐる。こういうときの官僚は実に腰が低い。

 初対面でも心を開いているよう相手に感じさせる術も心得ている。もちろん与党議員と野党議員とでは打ち明ける内容に濃淡がある。しかし、「官僚の論理」 はこうした「ご説明」を経て、相手の脳裏に確実にインプットされる。日本の行政は法律を読んだだけでは分からない。政省令や各種通達に精通した人たちだけ のものとなっている。官僚の「ご説明」を聞くと「なるほどそういうことになっているのか」とその分野の玄人になった気分にもさせられる。一度「ご説明」を 受けた人は政府統計など貴重な資料を定期的に手にすることができるし、気軽に電話での質問も可能になる。政策に通じていない国会議員やマスコミには絶大な るメリットをもたらす。コンピューター用語でいえば、彼らは官僚フォーマットが終わったことになる。


1998年1月19日(月)
共同通信社経済部 伴武澄

 昨年12月のある深夜のことである。朝日新聞が社会面で「中島義雄氏が京セラ入社」を報じていることが分かり、共同通信社もそのニュースを追いかけた。中島氏といえば、元大蔵相の主計局次長。金融機関からの過剰接待が問題となって辞任した人物である。いつも正論居士として発言してきた稲盛和夫氏の京セラが 「どうして」「なぜだ」。デスクとしての義憤があった。「京セラよおまえもか」という思いが頭をよぎった。

 一般の新聞読者には分からないことだろうが、大手マスコミは翌日の「早版」朝刊を深夜の街角で交換する習慣がある。東京都内や大阪市内には「最終版」と いう紙面が配達される。各紙が特ダネで勝負するのはこの「最終版」であり、早い時間にニュースの掲載を打ち切り印刷された「早版」交換で各社は落とした ニュースがないかチェックするのだ。

 「中島義雄氏が京セラ入社」のニュースはいわば、朝日新聞の独自ダネであった。翌々日、京セラの伊藤社長は要望のあったメディアに対して、釈明インター ビューを受け入れた。取材した記者は夕方興奮した声で「中島が同席したんですよ」と伝えてきた。なんら動じることなく、過去を恥じるようでもなかった。実 に堂々とした様子に記者の方が圧倒されたという。

 伊藤社長は「一般の途中入社の募集に中島氏が応じてきた。過去の経歴や個人の力量を考えて採用した。過ちを悔いるものを受け入れて悪いはずがない」というような内容の発言をした。

 町のチンピラが、長い刑期を終えて過去を悔いたのとは訳が違う。捜査当局の判断次第では刑事被告人になっていたかもしれない人物である。大蔵省の大幹部 だったからこそ、刑事訴追を免れたのは明白である。中島氏が「過去を悔いた」といっても「刑に服した」わけではない。「償い」は終わっていない。

 筆者も1987-88年の間、大蔵省の記者クラブである「財政研究会」に属したこともある。当時、中島氏は主計局の厚生・労働担当主計官だった。向かい の部屋に運輸担当の主計官として田谷氏がいた。この二人はつっけんどんで愛想のない大蔵官僚のなかで新聞記者の人気者だった。いつでも気さくにわれわれの 取材に応じてくれた。田谷氏は自民党が整備新幹線の建設再開を決めたことに対して「昭和の三バカ大査定」と評してマスコミの寵児となった。

 金融機関から過剰接待を受けていたのはこの二人だけではない。ほとんどの官僚の日常生活に接待飲食とゴルフが溶け込んでいた。たまたま名前が浮かんだの は、度が過ぎていたのかもしれなし、運が悪かったのかもしてない。だからといって、京セラが中島氏を中途採用する理由にはならない。

 リクルートの未公開株の譲渡で労働省の事務次官らが逮捕された事件が起きたとき、ある大蔵官僚が「あいつらは脇が甘いんだ。接待慣れしていないんでない か」と言っていたのを思い出す。通産省では「課長にもなって夜の予定が入っていないようでは将来はないな」と豪語する課長もいた。月曜日の午前中、建設省で取材していた時に大手ゼネコン風の人が入ってきて「きのうはどうも」と大声を上げていた光景に出くわしたこともある。

 高度成長時、民間企業に接待費があふれ返っていた。安月給だった官僚がそのおこぼれに預かってなにが悪いという時代もあった。しかし時代は変わったのである。

 われわれ新聞記者の特性は「忘れやすい」ということである。国民も同様だ。昨夜、神戸に出かけて大震災3周年の記念行事に出席して「4年前に国民の目が この阪神・淡路地区に釘付けにされた」ことを思い出した。ゲストの加山雄三氏が「実はいてもたってもいられなくなって家族全員を引き連れて東京駅の街頭に 立って募金活動をした。みんなそうだったでしょう」と打ち明けた。

 官僚の犯罪も風化させてはならない。18日、東京地検特捜部は野村証券にからむ外債発行をめぐる汚職事件で大蔵省OBの日本道路公団理事を逮捕した。


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