民主主義: 2006年5月アーカイブ

2006年05月04日(木)
萬晩報主宰 伴 武澄
 きのうは憲法記念日だった。後輩と昼飯を食べながら語った。
「おう、憲法記念日って外国にあるかな」
「聞いたことないっす」
「そうだろう。普通は独立記念日だとか建国記念日はあっても憲法発布を記念するなど噴飯物だ」
「憲法記念日っていつ誰が決めたのでしょうか」
「それは分からない。アメリカに付和雷同した輩が決めたに違いない」

 Wikipediaで調べてみると、「国民の祝日の一つ。1947年5月3日に日本国憲法が施行したのを記念して、1948年公布・施行の祝日法によっ て制定された。1946年の憲法改正の議会審議がもう少し早ければ、2月11日の紀元節(現・建国記念の日)が憲法記念日となる案も存在していた。公布日 の11月3日は、日本国憲法が平和と文化を重視していることから文化の日になっている。この日に生まれた子供には、「憲司」や「憲子」といったように、名 前に「憲」の字を入れることがある」とある。ばかばかしいにもほどがある。

 アメリカからいただいた日本国憲法をいくら占領下とはいえ、その施行日を国民の祝日にするなどという発想はどうもいただけない。

 日本には明治22年、すでに帝国憲法を制定している。アメリカがやって来て初めて憲法なるものに接したのではない。内容はともあれ、日本国憲法は明治憲法の改正条項に基づいて「改正」されたにすぎない。

 憲法記念日を明治憲法の発布の日とするならばいざ知らず、「改正日」を記念とした昭和二十年代の日本人を軽蔑したい。突然、そんな思いがもたげてきた。

 日本国憲法は明治憲法の改正条項に則り、改正された。問題は中身だ。一番の問題は9条ではない。「国民は・・・」で始まる多くの条項だ。日本国憲法は一度だって国民の審判を経ていないにも関わらず、「国民・・・」の条項が多すぎるのだ。

 当時の吉田内閣は国民の一人かもしれない。国民主権をうたった内容で、あたかも国民が決めた憲法のような体裁をとっていることが問題なのだ。筆者はそのころ生まれていないが、わが父母の世代は一度も国民投票を行っていない。

 ということはわが日本国憲法は根本のところで「うそ」があるのだ。明治憲法は欽定憲法の名のごとく、天皇陛下が制定したものだが、その明治憲法下で改正された日本国憲法は、法的にいえばまさしく天皇が制定した憲法なのだ。

 天皇が制定したにもかかわらず、「国民・・・」がという条項はどうも合点がいかない。いま、自民党は憲法改正のための国民投票法の導入を目指しているが、憲法改正の前にあるのは、現在の日本国憲法の是非を遅まきながら国民投票にかけることなのではないかと思う。

 仮に、日本国憲法が国民投票で否決されるとどうなるのだろうか。法的には明治憲法が直ちに復活することになる。

 筆者は日本国憲法の内容を否定するものではない。国民主権は当然で、天皇は象徴でいいと考えている。しかし、物事には手続きがある。日本国がちゃんとした手続きを経た国家でありたいと思っているだけである。

 国民主権の国家を国民が決めたこともないのにさらに憲法記念日ってないでしょ。
 みなさんどう考えますか。

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