民主主義: 2005年12月アーカイブ

2005年12月28日(水)
長野県南相木村診療所長 色平(いろひら)哲郎
来年8月に迫った長野県知事選挙を前に、「白バラ会」なる市民団体が候補者5人を公募し、絞り込みの選考に入ったという。

また、連合長野も、元市長など5人を選考委員にすえて候補者を選考する準備に入った。

いずれも反田中を鮮明にしている団体だ。

もっとも、田中知事が出馬するかどうか、決めていないうちに、手の内を見せるのは、不利だと思っているのだろうか、、、

反田中の自民党や、連合長野に乗っかっている民主党は、水面下では動いているようだが、未だその正体を見せていない。

田中県政が発足して5年半。様々な改革が国に先駆けて行われてきた。この改革は、自民党の武部幹事長や公明党の神崎代表も高く評価しているのだが、なぜか、長野県内ではそれが認められていない。

ひとつには、県議会で多数派を占める反田中勢力と中立を装いながら反田中のキャンペーンを張るマスメディアが、田中県政の目指している改革の理念と真実を長野県民の視線から外しているところにある。

とまれ、「反田中」を叫ぶ県議、市町村長を含めて、多くの長野県民が、田中の理想、理念は理解できるとしている。
にも関わらず、単にその手法が理解できないこと、或いは、自分の意に沿わないことをもって反田中になっている。

つまり、田中嫌いなのだ。
田中のやることが我慢できないのだ。
田中の成果を認めたくないのだ。
そして、数を頼んで田中のやることを阻止する。
まるで、駄々っ子と同じだ。
そこには、田中に歯向かう姿はあるが、県民には向いていない。
不幸なのは、置き去りにされている県民だ。

田中は、「地方から国を変える」ことを旗印にしている。
そして、中央の政党幹部もが評価する改革をしてきた。
しかし、県議や市町村長を含めて反田中の県民は、「国に先駆けて改革を進めてはいけない」と言っているようだ。
国が改革の方向を示してからでもいい、とも言っているようだ。
逆に言えば、前県政時代のような上意下達の県政を望んでいるようだ。
或いは、自分たちの思い通りの県政を進める知事を望んでいるようだ。
つまり、手綱が御しやすい知事を望んでいるようだ。

しかし、多くの長野県民は、5年半前そうした県政を批判し、田中を選出したのではないか。
田中に前県政の垢を落とすとともに長野県の改革を託したのではないか。

田中が出馬するかどうかは分からない。しかし、改革は止まらない、、、また、いま、地方からの改革を頓挫させてはいけないのだ。

とすれば、「白バラ会」であろうが、連合長野であろうが、自民党であろうが、民主党であろうが、田中を超える者を長野県の知事候補者にしなければいけなくなるはずなのだが、、、

反田中の人たちは、御しやすい知事像と田中康夫以上に改革を進める知事とでは相い矛盾する、という自己撞着に陥っていることに気が付いているのだろうか。

(05年12月27日、一長野県民より発信いたします 転送転載歓迎 ご感想、ご指摘をお寄せくださいますよう)

 色平さんにメール mailto:DZR06160@nifty.ne.jp
2005年12月08日(木)
元中国公使 伴 正一
 三権分立も、もう実施されて一〇〇年以上になり、言葉としてはすっかり定着している。裁判所と検察庁を混同する人も少なくなってきた。

 だが一皮むくと、制度上の建前と、ホンネに当たる実務とが、こんなにかけ離れていていいのかと思うくらい疑問だらけだ。

 【国会】

 1.国会は、憲法に謳われているように国権の最高機関だろうか。早い話、天下の権と言って衆、参両院議長を思い浮かべる人がいるだろうか。

 2.国会は立法府だという。本当にそうだろうか。気をつけて見れば見るほど、国会の立法権がすっぽり空洞化しているように思えるのだが、それは私の幻覚だろうか。      
 3.内閣総理大臣の指名では、いかにも国会が内閣の上にあるかに見える。だが、これとて、二大政党体制ともなれば、昭和初期の〝大命降下〝がそうであったように、選挙結果の認証行為化する。

 4.国会議員になることが政治を志す者の登龍門であり、国会で年期を積むこ とがその大成につながることは、国民にとっても常識化している。

 だが、大成とされるのが大臣であったり、更に内閣総理大臣であったり、であるなら、立法府に対する行政府の優位は、言わず語らずのうちに浮彫りになるではないか。

 そもそも議会制度はイギリスで、有名なマグナカルタのあと、貴族僧侶が州市の代表者を加えて国事を議した(一二六五年)のがその始まりだとされている。

 ただそれは王権に取って代るものではなく、無軌道な王権の発動を抑えるため、新規課税など一定の権力行使を彼らの同意にかからしめたのであって、持っていたのは同意権、国家統治の上では脇役だったのである。

 またイギリスでは伝統的に裁判所の権威が高く、その判例法が、古くから議会立法の上にあったことは紛れもない事実である。

 名著「法の精神」でフランスの啓蒙思想家だったモンテスキューは、一八世紀のイギリスの政治制度を紹介し、国家権力が分立しているとしてこれを絶賛した。

 以来、三権分立説は広まって行って、デモクラシーには欠かせない公理のようになるのだが、そもそも発想の発端では、イギリス政治制度の実際をかなり誤認していたといわれ、この点、立法と行政の癒着に関連し、私の興味を引いてやまないのである。

 【裁判所】

 紛争が、今でも現に戦争を誘発している国際社会を見ていると、国の内の紛争が平和裡に片づいていくことの有難さ、またその縁の下の力持ちとして裁判所の果している役割の重さが、改めて実感される。

 そして裁判所が、権力やカネでどうにもならない存在として民事、刑事に亘る裁判の公正を守り続け得たのは、司法権が独立していたことに負うところ大である。

 しかし、だからといって、あたかも司法が、三分の一の比重で国家権力を分かち持っているように考えるのは誤りだ。そんな感覚で物を見ていたのでは、統治権全体の姿をバランスよく把えることは不可能になる。

 これは、日本の裁判官の廉潔さが、官僚中、群鶏の一鶴であるという私の持論と並んで、司法修習で実際判決の下起案までさせて貰っていた頃から、長い間にでき上がってきた私の司法観である。

 裁判の公正に対する国民の信頼が揺ぎないものであることは、〝治まる御代〝のシンボルとして、高い比重で把えなくてはならないが、それだけの重要性を考慮に入れても、裁判所は、国家統治全体の上では、国会と並んで左右の脇役に据えるべきだと思う。

 こうして始めて、思い違いの起こりやすいデモクラシー思想の中でも特に分かりにくい統治権の部分が、日本人にグッと分かりやすいものになる。

 最高裁判所長官の座はやはり、国民が直感で把えているように国の最高権力者、最高責任者の座ではない。

 【行政府】

 既に述べたように、そして誰もがそう思っているように、最高権力の座は内閣総理大臣である。

 また、すべての実際権力は、行政という形で、内閣の責任の下に行使されている。

 天皇がおられて影が薄くなっている観は否めないが、実権の上では、

    日本国は内閣(総理大臣)これを統治す。

と言って、それほど間違いではない。確かにその権限の大きさは、在りし日の王権を髣髴(ほうふつ)させるものがある。

 文治機構の定員だけでも、率いる官僚一九〇万。この数は、国会四千人や裁判所二万五千人とは比較を絶する数だし、それと別に総理は、武装兵力二〇万人の〝大元帥〝でもある。

 行政が、多様化した国民生活のあらゆる分野に亘ることから一政党の面目がかかる重要法案は別にして立法プロセスの主要部分は、各省庁担当部局の手で行われている。

 そのプロセスの中には、発案、起案、多くの場合の大蔵協議、連日、深夜に及ぶ法制局審査、夜討ち朝駈けも稀ではない関係議員へのアタック、状況次第では更に、その行先を追いかけての各党実力者の説得などがある。

 私自身、海外移住事業団法で〝青年将校〝呼ばわりされたことがあるが、官僚がよく「この法律はボクが作ったんだよ」と言う、その気持ちは痛いほど分かる。

 紙数も残り少なくなったので先を急ぐと、国会の立法権が、同意権(拒否権と見立ててもいい)を残して行政に移っている現実は、一層のこと、思い切って追認してはどうだろう。立法権を完全無けつな一体と考えるのをやめて

    法律の制定には国会の承認を要する

 くらいの、おとなしい条項を置くことにしてしまったらどうなのだろう。

 議員立法強化の論はよく耳にするが、まともにそれをやろうとしたら、国会自らが今の各省庁なみの専門スタッフ(国会官僚)を揃えて常置するくらいの体制整備が不可欠だ。

 そんなムダなことが、三権分立にその実あらしめる目的だけのためにどうして必要なのだ。

 三権分立が時とともに形を変えて行く。それでどこが悪いのだろう。

 伴正一遺稿集 http://www.yorozubp.com/shoichiban/
2005年12月07日(水)
元中国公使 伴 正一
  簡潔な表現では満足のいかないヨーロッパ人と、抽象概念を何階建てにも積み上げられると頭がおかしくなる日本人とが、大体はデモクラシーを共有できそうな ときに、論理構成まで同じように揃えなくてはならない理由がどこにあるのか。それぞれがすんなり分かる論旨を用いて、なくてすませるような混乱を起こさせ ないようにする方が遥かに賢明ではないか。

 いくら国民に、公民としての自覚が育ってきても、国の運営に心を向ける時間の余裕は非常に限られるから、少しでも事柄を分かり易くしておく配慮が格別重要なのだ。多々益々弁ず、百家争鳴もよしとするのは、ずっと先ならともかく、今の段階の日本ではとても頂けない。

 さきに、政治思想で日本人は欧米に半分も追いついていないかも知れないと述べたが、それは頭のよしあしではなくて、物を考えていく段取りの違いが、日本人の理解を手間取らせているのだと思う。

 この点で、私の身近にあったこんな話をつけ加えておこう。

 鎌倉時代に日本で生れ、室町の頃にあらかた消えた職(しき)という言葉があるが、これを除いて日本には、「権利」に当たる法律用語が存在しなかった。

 戦後、大学に学んで、しかも法学部の法律学科にいて、一番考えあぐんだのは、民法の分かりにくさがどこから来ているのだろう、ということだった。そして辿りついた結論は、その第一章第一節「私権ノ享有」に始まって全編が権利で綴られているからだ、ということだった。

 別の例だが、親の務め、と言えば一遍で理解できるのに、子供の権利で説き起すと説明に骨が折れる。いくら説明してもしっくり来ないのが日本人のアタマではないだろうか。

 そんな具合で、債権だとか賃借権くらいが〝やっとこさ〝の平均的日本人に、主権などという概念を持ち込むのは残酷物語というものだ。いくら頭で分かったとしてもよく納得がいくというものではないだろう。

 それに追い討ちをかけるように、〝三権分立〝があったわけだから、文明開化で勉強はしたが、面倒くさくなって、碌に噛みもしないまま呑み込んでしまったとしてもムリはない。丸暗記というヤツである。

 そんなわけで日本人には、都合のいいときは「民主主義」を振り廻しもするが、その潜在意識では十把一からげ、優れた直感力で、「どうせ建前論さ」と高をくくってきている様子が見える。

 ホンネ部での〝お上〝は厳存しているのである。

 わがままな王様が臣下のすることが一々気に入らなくてわめき散らすように、政治家という政治家をこき下しているかと思えば、業界という業界のメンタリ ティーは「泣く子と地頭には勝てぬ」である。法的根拠もない主務官庁の行政指導に唯々諾々と従っているではないか。これでどこが民主主義なのだ。威張って いるのは、建前だけ、それも日本人の今の意識で実益に関係のない部分だけだ。

 伴正一遺稿集 http://www.yorozubp.com/shoichiban/
2005年12月06日(火)
元中国公使 伴 正一
  改憲議論が盛んだ。さきに自民党が独自の新憲法草案を発表したが、議論は軍隊の保持を禁止した9条と前文のあり方にばかり向かっている。せっかくの改憲の チャンスに恵まれているのだ。本来ならば、今一度、民主主義とはなにか、統治とは何かという国家の本質に関わる問題を国民的論議の俎上に上げなくてはなら ないはずだと思っている。2005年も押し迫るこの時、しばらく憲法論議を紙上で展開したい。皮切りは亡き父が残した季刊冊子『魁け討論 春夏秋冬』「日 本新秩序6」(94年春季号)から日本の統治にかかわる部分を転載し、問題提起したい。
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 「天は人の上に人を作らず」と言ったのは福沢諭吉である。

 今の日本人ならすらすら読んで何の抵抗も感じないだろうが、少し格好をつけ過ぎてはいないか。聞こえはいいが読み方によっては、リーダーシップ、更には国家権力の存在そのものを否定するようにもとられかねない。

 このことばに耳慣れている普通の日本人は「そんなバカな」と思うだろうが、それでいて結構、この言葉の暗示にかかっているフシがあるから恐ろしいのだ。

 デモクラシーを民主主義と訳したことも、同じような暗示を与えた。民が主(あるじ)だというなら、主の上に権力があったらおかしいからである。同じことが「主権在民」についても言える。

 そんな言葉の遊戯とかかわりなく、どんなデモクラシーの国にも、国家権力は厳然としてある。

 国民が選んだ大統領や首相の権力は強大で、立憲君主のそれにひけを取らない。

 権力の行使を分掌する役人の数だって、王制でなくなったという理由だけで減るわけのものではない。

 税務署はどっちの場合だって、恐いものである。

 それはそうだろう。もともと国家というものは権力機構だと、定義からしてなっている。

 そしてデモクラシー思想もまた、当然のことながら国の統治に権力の不可欠なことを公理として認め、それを基軸に思想が展開されているのである。

 だが恐ろしいのは、この肝腎かなめのところで、さきほど言ったような暗示にかかることである。この暗示から抜け切らないでいると、デモクラシーそのものが別のものに見え、変な観念論が割り込んできて建設的なディベートが〝電波障碍〝を受ける。

 問題は日本の戦後デモクラシーに、この致命的な症状なきや、だ。

 大正デモクラシーという言葉がある。皇室を憚(はばか)ってのことだろうか、大正民主主義とは言わなかった。

 今になってみると、デモクラシーをこんな式にそのまま使っておいた方が賢明ではなかったかという気がしてくる。

 そうしておいて、当時の日本では微妙なところだったと思うが、デモクラシー制度の下で、君主に代って国家権力を行使するのは〝有権者何千万人〝ではなくて、何千万が選ぶ民選首長であることを明確にしてさえおけば、思い違いも混乱も起こりようがなかった。

 どうしても訳語が欲しければ、「民本主義」で鳴らした吉野作造に断わって、吉野が違った意味で使ったこの言葉をデモクラシーの訳語に貰い受けておけばよかった。

 こういう思想上の膳立てがもしできていたら、占領軍がやってきてデモクラシーが鼓吹されたとき、日本人は、国の営みの公理を見失わないで、政治の現実と噛み合った思想内容でデモクラシーを理解したであろう。

 この所論には、それこそデモクラシーを誤り伝えるものだという反論もあろう。

 その通りかも知れない。デモクラシーの原義を私が、勝手に仕立て直そうとしているのだと言われれば、それを認めてもいい。

 だがその場合でも私は、こう考える。

 デモクラシー思想を、西洋人が組み上げた論理構成のまま採り入れるのか、理由づけみたいなところは日本人の頭に入りやすいように仕立て直し、大体の趣旨 は同じでも、思想としては別物に仕上った、日本生れのデモクラシーにして制度化するかは、日本人の好みで決めればいいことだ。

 国を経営していく上での根幹的な制度を作るに当たって、直輸入を正当とする理由はない。

 あれだけ儒教を尊崇しながらも、易世革命の部分を先祖たちは採らなかった。それでどこが悪かっただろうか。

 放伐を正しいものとする理論構成が日本では不必要だったし、天命という思想上のキー・ワードも、個人が奮起するときの、気持ちの整理用に格下げされてしまった。

 そういうことでいいのではないか。

 伴正一遺稿集 http://www.yorozubp.com/shoichiban/
2005年12月01日(木)
Nakano Associates代表 中野 有
  ワシントンのナショナルプレスクラブで開催されたメディアのシンポジウムに参加した。ニューヨークタイムズ、CNN、地方のメディアの話はなかなか面白 かった。発表者が、「メディアは、3つしか伝えない。それは、真実、うわさ、うそである」と表現した。この当たり前の言葉をきっかけにメディアを考察する 必要があると感じた。

 報道がどこまで真実を伝えるかは疑問である。その時代背景、国益の観点、イデオロギー、宗教、経済パワー等、メディアに接するそれぞれの立場や視点の相違により真実が変化してくる。真実は一つであっても、真実は曖昧になる。

 メディアが意識的に真実にオブラートを包むことも出来る。米軍がバグダッドに侵攻した時、イラク人がサダム・フセインの銅像を引きおろすシーンを覚えて いる読者も多いと思われる。シンポジウムでFOXとCNNのビデオを見せながら専門家がそのシーンを解説した。FOXテレビはクローズアップで熱狂するイ ラク国民を描いた。そのシーンを見る限りイラク国民が米軍の侵攻と共に勝利に酔いしれているように伝わってくる。一方、CNNは全く同じシーンをロング ショットで映した。そこにはがらがらの広場の中に何十人の熱狂するイラク人がいるだけであった。ロングショットでこのシーンを見ない限り視聴者は、真実を 見失ってしまう。

 これは一例であるが技術の進歩により映像を操作することは可能なのである。一昔前には「写真はうそをつかない」と言われたが、現在では合成写真で写真はいくらでもうそを伝えることができるのである。

 真実を知るベストの方法は、この眼で現場を観察することである。メディアは、それぞれのメディアの眼で現場を観察する。そこには主観が入って当たり前で ある。保守的、進歩的、比較的バランスのとれたメディアが存在している中、多角的視点に立脚し、偏らない見方、即ち本質を観察する「こつ」を考察すること が重要である。

 その「コツ」とは。第一に、同じ報道でも4つの理由が存在する。メディアが発表する理由は、発表された理由である。その他に現実的理由、本質的理由、道 義的理由がある。外交・安全保障の視点では、現実的理由は、その時々の状況により変化する国民の一般的な考えである。本質的理由とは、国の中枢や戦略家が 練ったビジョンである。道義的理由とは、人類が共通する道徳観である。国の中枢がメディアを利用することがある。それは本質的理由をベールに包み込むため に発表された理由などを通じ煙に巻く戦略である。イラク戦を振り返ってみた場合、米軍によるイラク侵攻の発表された理由は、「イラクの大量破壊兵器の保 有」であるので、これは米国の中東の民主化、市場経済化、石油の利権等の本質的理由を隠すための口実であったと考えられる。

 第2は、物質的、精神的に真実を追究するかの見方。西洋的な視点では、弱肉強食のハードパワーで性悪説に則り、軍事的、経済的に真実を追究しようとする 行為。東洋的には、精神面を通じた真実を探求する見方。物質的、精神的にバランスがとれた見方により真実を追究することが大切である。これは、「協調の理 想」としてのメディアであろう。

 第3は、マスコミが無視するところに真実が存在する。また多くの人々が一方に偏っている時に別の方向に真実があることもある。日米のメディアでよくある ことだが、ある殺人事件が異常な程、クローズアップされ終日マスコミを賑わすことがある。その背景には、政府の中枢が真実を隠したいと意図するときに意図 的にある事件を通じ本質を隠すことも可能となる。人が本当に身の潔白や真実を伝えたいと思う時、マスコミや周辺がいくら反対しても真実を完結しようとす る。そのような一貫した姿勢の中に真実があるように思える。

 北朝鮮問題の一例をとってみた場合、日米のメディアは、10年前から一貫して北朝鮮はベールに包まれて理解できない国だと述べている。10年前と比較 し、北朝鮮との対話や交流が進み、サテライトなどの最新の技術を通じ、北朝鮮の動向を把握することが可能な状況において、今だに北朝鮮をベールに包む政策 は、意図的に行われていると思われてならない。

 結論として、メディアを観察するに重要なことは、メディアの報道や分析をグローバルかつ右や左の視点に左右されることなく多角的に判断することが重要で ある。そのためには、感性を豊かに知的直観や現場主義に根ざすことが大切であると考えられる。

 中野さんにメールは mailto:tomokontomoko@msn.com

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