民主主義: 2001年6月アーカイブ

2001年06月15日(金)萬晩報主宰 伴 武澄

 小泉純一郎首相が6月14日から週刊の「小泉内閣メールマガジン」を始めた。正確には首相官邸の「めるまが」である。発行日初日に購読者数が100万人に達したのは予想通りとはいえ、すざまじい小泉人気を裏付けている。

 100万人ということは赤ん坊からお年寄りまで国民の100人に一人が購読の意思表示をしたことになる。マスコミでいえば地方紙の発行部数を軽く凌駕し、北海道新聞や中日新聞、西日本新聞の発行部数の領域に入ったということである。  小誌「萬晩報」の3年半の軌跡になぞれば、小泉首相は一夜にして巨大な個人メディアを手にしたに等しい。

 しかし、「小泉内閣メールマガジン」の創刊号の感想を問われれば「期待ほどでなかった」としかいいようがない。もちろん小泉首相自らの声がメールが届く というのがこの「めるまが」の狙いなのだが、国民を打ちのめすような強烈なメッセージはなかった。すでに改革の旗幟を鮮明にした小泉首相であるから、伝え るべきは内閣の日々の危機感のはずだというのが筆者の意見である。

 内容的には「24時間公人」という首相自らのメッセージは当たり前すぎるあいさつだし、扇千景国土交通省の「ほんねとーく」は羽田空港の深夜・早朝国際 チャーター便就航の自慢話。塩川正十郎財務相の「政治家・小泉純一郎のこと」も代議士・小泉純一郎誕生の「秘話」というほどの物語ではない。

 筆者も含めて多くの読者は魑魅魍魎の自民党の中にあって苦悩する小泉内閣の実態を知りたいのだろうと思う。また日本のもろもろの制度がどうしてここまでねじ曲がってしまったのか、官邸自ら解明してほしいという欲求があるはずだ。

 もうひとつは継続する志である。24時間公人となった小泉首相が本気でめるまがを通じて国民との対話を図りたいという意志があるならば、1週間に数時間 は「めるまがタイム」を公務の時間としてもうけるべきであろうし、そうでなければこのめるまがは総理と国民との単なる「お茶飲み話」に終わり、長続きはし ないだろう。

 第2号以降は「政策論」「信念論」の展開が待たれるゆえんである。

 ●勇気ある竹中経財相の景気判断

 竹中平藏経済財政相が14日発表した6月の月例経済報告で景気の現状について「悪化しつつある」と断じた。従来のお役人的発想ならば「停滞しつつある」 という程度に表現したのだろうと思う。今回の判断は小泉内閣の標榜する「分かりやすい政治」を実現した断面のひとつとして評価したい。

 政府の景気判断は本来、経済界が投資や生産の判断材料とするものでお役人の作文で終わってはならないものである。責任を取らない判断なら民間のシンクタンクだってできる。政府の判断はそれほど重いものなのである。

 景気の現状認識が難しいことは分かっている。だが旧経企庁のお役人たちはその「主たる業務」である景気判断について責任逃れをしてきた。旧経企庁の景気 判断はいつだって修辞学に徹していたし、景気のピークや底についても、過去に遡って「○○年▼▼月が底だった」とか学者のような判断でお茶を濁してきた。

「悪化」の後は「最悪」ぐらいしかない。もっともっと悪くなったら景気判断の表現がなくなるという意見もあろう。景気は水ものであるから「底」と思ってい たのが単なる「さらなる底」への通過点であることもありうる。そんな難しい景気判断について、竹中経財相は勇気を持って「悪化」と断じたのだから画期的だ といわざるをえない。

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