民主主義の最近のブログ記事

tonnyblair.jpg 日経新聞の私の履歴書、1月はイギリスのトニー・ブレアが書いている。楽しみに読んでいるがあと数日で終わる。イギリス人ではマーガレット・サッチャーがそのむかし書いているから、二人目だろう。
 
 1月11日のテーマは「官邸主導」。かつての保守党から政権を奪取したイギリスの労働党もまた、政権担当直後から官僚との関係が最大の課題となったらしい。3年前の日本の民主党と同じだった。徹底的に違うのは、労働党がうまく官僚をハンドリングしたのに対して、鳩山さんの民主党は「対峙」してしまったことだ。逆に3人目の野田さんはかつての自民党同様、官僚に完全に取り込まれてしまっている。

 どこからこの違いが始まるのだろうか。ヒントは11日の履歴書にあった。短い文章に多くのヒントがある。実際にうまくできるかどうかは、単に手法だけではない。信頼関係が最も重要なのである。ブレアの場合、最初の出会いがよかったようである。また、日本でも国家戦略局の役割の「法的根拠」が問題となり、機能不全となった。イギリスの官僚は対応が著しく違った。政治任用の新たな「公務員」に法的根拠がなくても「妥協」して、その指示に従ったというのだ。

 議会制民素主義は、すべて法律にのっとり行われるべきなのだが、法律策定に時間がかかり、間に合わない場合が少なくない。その重要性を斟酌できる官僚がいるかどうかで政権運営は大きく左右される。

 ではじっくりとトニー・ブレアの私の履歴書を読み直してほしい。

「それで、どうします?」。首相官邸に入った私に、ロビン・バトラー官房長官は、首相の椅子を指し示し、私が腰をおろすとこう続けた。「私達は労働党のマニフェスト(政権公約)をすっかり読みました。そしてあなたのためにマニフェストに沿って働く準備ができています。
 バトラーは経験豊富で、サッチャー首相とも仕事をしてきた。私は最初の瞬間から彼が専門家で助けになる人物であることがわかった。改革の中に納得のいかないものがあっても、推進に力を貸してくれた。彼は英官僚制度の最良の伝統を体言し、公平かつ知的で国に対して献身的だった。
 しかし、伝統を重んじることには強みとともに弱みもある。これは大部分の高級官僚に通じることだ。私は外交官出身のジョナサン・パウエルを主席補佐官として官邸スタッフのトップに据えたが、バトラーはそれを本当は認めたくないことがわかった。
 政治任用として特別顧問に任命した主席報道官アリスター・キャンベルも同様だ。英国は政府のトップレベルまでキャリア官僚が務め、特別顧問は珍しかった。政治任用が何千人もいる米国とは違う。私の政権では外部登用の顧問を70人にまで増やした。
 彼らは専門知識を持っており、官僚と交流して鍛えられればうまく活用できる。多くの官僚が顧問とうまく仕事をしただけではなく、真の友情も数多く生まれた。
 キャンベルやパウエルが官僚に指示を与える権限があるかどうかについて、バトラーとパウエルの間でひともんちゃくあったが、最終的には妥協した。
 ブレア政権は正式は閣議より限られた側近と執務室のソファで政策を決める「ソファ政治」だと批判されたが、それは大げさだった。
 国家を効率的に機能させる能力は、20世紀半ばに必要とされたものとは違う。それは実行とプロジェクト管理を扱う民間部門のものに似ている。近代政治のペースは速く、メディアも徹底追及するので、政策の意志決定、戦略の策定は圧倒的な速さで進めなければならない。
 官僚がつくった政策文書を、首相が議長を務める閣議で討議し決めるという従来の方法では、急速に変化する世界、政治環境に対応できない。
 官僚制度の問題は、物事を妨害することではなく惰性で続けることだ。官僚は既得権益に屈服し、現状維持化、物事を管理するのに一番安全な方法に逃げ込む傾向があった。
 官僚組織はうまく指揮すれば強力な機構になる。官僚達は知的で勤勉で公共への奉仕に献身している。ただ、大きな課題に対し小さな思考しかできず、組織が跳躍を求められるときに、少しずつしか動かなかった。
 ブレア政権は改革の多くを官邸主導で進めるため、政権の中枢部の機能を強化した。近代政治においては、何事もトップから動かさなければ大きな事は達成できない。各省は政府方針を知り何をすべきかがわかる。
 首相は大企業の最高経営責任者(CEO)や会長のようになった。政策方針を固め、それに役所が従っているかを見極める裏づけデータを入手し、結果を測定しなければならない。
DSC_0623700.jpg10月21日、雨天の中を高知から山を越えて旧土佐山村西川を訪ねた。自由民権時代の新聞記者、和田三郎の旧宅がある。市内からたった15キロしかないが まさに山村である。そこに自由民権結社「山嶽社」があった。土佐山村は多くの民権家を輩出したことで知られる。もともとは和田波治、千秋父子が始めた寺子 屋だった。門下生のの高橋簡吉、長野源吉らが「夜学会」を興し、明治15年、海南自由党が成立したころ、民権結社「山嶽社」に発展し。明治22年2月26 日に「山嶽倶楽部」と改めた。

  『土佐自由民権運動日録』や『土佐山村史』などによると、土佐山郷西川の桧山で「巻狩大懇親会」という催しが開かれ、県下の壮士約2000人がこの山 村に集まったというのだから驚きだ。7日後、今度は香美郡赤岡の海浜で、「旧海南自由党魚漁大懇親会」も開かれ、中江兆民らも参加している。海、山で自由 民権の大絵巻を繰り広げたのであるから痛快だ。

 高知の「立志社」は、2隊に分かれて山越えで野宿しながら会場へ到着したという。高張提灯や旗を掲げ、銃や槍、薙刀(なぎなた)、野太刀などを携え、ま た毛布や食料などを背負った集団が山を越える姿は異様に違いない。現在でも15キロの山道を2000人のデモ隊が越えるという光景は想像できない。

DSC_0617700.jpg なるほど植木枝盛が「自由は土佐の山間より発する」と言った意味が少し分かり始めた。 和田三郎(1872-1926)になぜ興味を持ったかというと、『萱野長知研究』に萱野の朋友として度々登場するからである。祖父や父の薫陶を受けたもの の、自由民権運動には遅れて出てきた人物で、アジア大陸で自由民権の流れをつくり、日本に逆輸入しようと考えた点では多くのアジア主義者と共通項を持つ。

 明治治5年6月22日生まれ。明治学院を卒業、,郷里高知県の土陽新聞の記者となる。明治39年、中国同盟会の発足を支援するため宮崎滔天(とうて ん)、平山周らと「革命評論」を創刊、大正4年、中華民国通信社を興して新聞「支那と日本」、「民報」を相次いで発刊、孫文らの中国革命運動を支援した。 宇田友猪(ともい)とともに板垣退助監修の「自由党史」を編修、43年刊行。大正15年11月1日死去。55歳。

 29日の民主党の代表選挙で野田佳彦氏が代表に選ばれた。前原誠司氏はもっと党内の支持があるものだと思っていたから筆者にとっては意外な結果だった。

 代表選をずっと中継でみていて思わずメモをとったのは、野田氏が当選した後に述べた挨拶だった。冒頭に「もうノーサイドにしましょう」「政治は坂道の雪だるまを押し上げる作業」「坂の上に押し上げて政権交代をしてよかったと思えるようにしたい」。

 民主党という政党がここまで追い詰められていたのかという印象が強かった。

 海江田万里氏が選ばれたら、民主党は終わりだと思っていたから、ベターな選択だと思う。以前に書いたように野田氏は完璧に財務官僚に取り込まれている が、逆に考えれば財務官僚の支援を得られるということで「安定感」はあるのかもしれない。また民主党を一本化するという点では民主党にとって一番いい選択 だったはずだ。
 しかし野田さんがいかに人格者であっても突破力は期待できない。脱官僚という民主党のマニフェストからすれば違和感のある選択肢だった。

 いまの日本経済の問題は、民が雇用や賃金の面で苦境に陥っているのに、官は大してリストラもなく、天下りのための予算を臆面もなく計上しているというこ となのである。経産省の古賀茂明『日本中枢の崩壊』(講談社)によれば、日本が現在抱える問題の多くが霞ヶ関に起因するということになる。

 そもそも「政治主導」などいう言葉はあってはならない。民主主義国家では本来当たり前の話なのだ。「官僚主導」となっていることがおかしい政治情勢なの だとのだ。古賀氏によれば、民主党は政権を奪取した時点からすでに官僚に取り込まれていたという。仙石由人氏に期待したが古賀氏が関与した公務員制度改革 は民主党になって、さらに骨抜きを許してしまった。

 筆者自身、記者の現場から離れてしまってあまり偉そうなことはいえないが、なるほど官僚の巧みさはそれほどのものなのかと思わされた。改革派の現役官僚が言うのだからうそはないはずだ。

 暑い夏が終わりかけているが、政治の世界ではこれからが本番である。8月29日とされる民主党の代表選挙がある。8月23日、ついに前原誠司氏が出馬を表明し、次期首相への流れは一気に前原氏に傾いたと考えている。

 前原氏は民主党の最も民主党らしい部分を持っている政治家だと思っている。国交相に就任したとたん八ツ場ダムの建設中止を打ち出し国民の喝采を浴び、羽田空港の国際化を推進したことを思い出してほしい。

 野田佳彦財務相は最悪である。人格の問題ではない。財務省を勤めたことが問題なのである。というより財務官僚にフォーマットされた人物がこの国を良くし たためしがないからである。竹下登はもとより、橋本竜太郎氏、ともに消費税導入、増税に関わった。財務省官僚の意のままに増税路線を走った。
 まず3・11以降、復興問題にからんですぐに話題になったのは「財源」である。自民党時代を含めて、これほど 野放図に国債を発行してきた政府が、たかだか20兆円ぐらいの復興資金を賄うのに「増税」が必要だとは思えない。復興のために他の政策を一時的に犠牲にす ることぐらい大したことではない。財政再建はもちろん賛成なのだが、この次期、復興資金のための増税論は「火事場泥棒」にしか見えない。

 企業が苦境に陥った時、経営者がまず求めるのは賃金の圧縮や人員整理である。国家が苦境に陥っている今まず求められるのは公務員の賃金圧縮やリストラで ある。そもそも民主党も総選挙の公約として公務員の賃金カットを打ち出したのではなかったか。 それから、党内融和をいうならば、民主党が政権を奪取する 前から同党を揺るがし続けたのは小沢一郎という存在ではなかったのか。小沢氏の党員資格停止措置の見直し論もさかんであるが。政治資金問題で民主党執行部 が決断したのは、小沢氏が2011年1月に強制起訴されたことを受け、「裁判確定まで無期限の党員資格停止処分」という処分ではなかったか。党内最大派閥 の小沢氏の支持を受けるための「見直し論」であるのは誰の目にも明らかである。

 今の時点で「党員資格停止の見直し」に言及する人物が国民の支持を得られるとは思えない。

 それから海江田万里氏である。原発問題ですでに責任を取るといっていた経産相が総理を目指すというのはどういうことなのか理解できない。閣僚が「責任」 をとって辞任するということは、辞任後は少なくとも一定期間は「責任ある地位」に就かないということではないのだろうか。


  民主党代表選は14日午後、臨時党大会で党所属国会議員による投票を実施し、サポーター票、地方議員票を合わせた開票の結果、菅直人首相が小沢一郎前幹事 長を大差で破り、再選された。菅首相はあいさつでがいつになく引き締まった厳しい表情だった。「代表選挙後はお約束通りノーサイドだ」と笑顔もなく語っ た。まだ政権維持が決まっただけで、政権安定まで多くの試練が待ち構えていることを自覚しているのだろう。

         菅直人  小沢一郎
国会議員票   412     400
地方議員票    60      40
党員サポタ票  249      51
開票結果     721     491
 菅首相は「ノーサイド」と語ったが、焦点の今後の内閣・党人事では難しい選択を迫られることは必至だ。まず小 沢さんの処遇だが、内閣どころか党人事の対象になるはずもない。「政治とお金」の問題が蒸し返されるからあり得ない選択となる。それでは山岡氏だとか輿石 氏はどうか。これも有権者が最も嫌う人種ではないだろうか。そうなると小沢派の処遇といったところで菅首相はこれまでの路線である「脱小沢」を続けざるを 得ない。

 脱小沢の人事となれば、小沢派は黙っていまい。問題はそこから始まるのだと思う。人事は電光石火で行わなければ党運営は行き詰まる。菅首相は明日以降などといわず、一国も早く人事を発表して中央突破を図るべきだ。(伴 武澄)
 8月26日、小沢一郎氏が来月の民主党代表選への出馬を表明した。テレビのニュース速報を見ていて耳を疑った。党内でどんな争いがあったのか分からないが、筆者は小沢氏の立候補はないと高をくくっていた。

 小沢氏の立候補は民主党の分裂、そして連立による自民党の政権復帰を連想させる。そこでほくそ笑むのは霞が関官僚である。16年前のそんな情景を一瞬思い浮かべた有権者も少なくないと思う。

 日本のこの20年の無為無策はもちろん自民党の責任だと思っているが、改革に対して徹底的に抵抗してきた霞が関官僚の存在はとてつもなく大きい。小泉純 一郎元首相が目指し、民主党が継承した政策の大きな柱は「脱官僚」だったのだと今でも信じている。メガトン級の官僚の厚い壁を突破しなければこの国の未来 はない。

 幕末の坂本竜馬もまた幕藩体制からの脱却なくして日本はないと考え、犬猿の仲だった薩摩と長州を一つにした。NHKの「龍馬伝」でも今週末は薩長連合が テーマとなっている。奇しくも先週、4-6月期のGDPが中国に抜かれたというニュースが世界を駆け巡った。アジアにおける日本の役割が大きく変質した瞬 間だった。民主党が政権をとって1年、そんな歴史的分水嶺を感じていた矢先に日本を元の木阿弥に戻そうとしている政治的決断が行われたことにやり場のない 深い思いに沈んでいる。

 いま菅だ、小沢だと争っている場合でないのに!

 国を憂う親しい友人と電話で話したことである。菅直人首相に胆力があれば、解散総選挙に踏み切るしかない。小泉氏が5年前、郵政解散を断行したように菅 首相が解散総選挙を行えば、もう一度、民主党に風が吹くかも知れないのだ。いま日本を救うのは民主党分裂をなんとか回避することである。政権を握って2、 3回、予算編成を行えば霞が関官僚の体質を変えることができるはずだ。有権者はそこまでのがまんが必要である。

 細川護熙内閣がたった1年で瓦解して、自民党・官僚政権に戻った轍を二度と踏んではならない。
 一国を束ねる首相には時には強い意思を国民に示す義務がある。それは民主党代表選ではない。今一度、菅直人なのか小沢一郎なのか国民に問う決断である。たった1年前ではあるが、有権者は自民党に「ノー」を突きつけたのではなかったのか。

 菅直人首相に直ちに解散総選挙の決断を求める次第である。(伴 武澄)

「国家戦略局」菅首相が断念 実権ない知恵袋組織に縮小【朝日新聞7月16日朝刊1面トップ】
 http://www.asahi.com/politics/update/0715/TKY201007150574.html

 民主党が国家戦略局を「知恵袋組織に縮小」する方針らしい。朝日新聞はねじれ国会も結果、法的権限をもたすための法案通過が不可能と判断したと報道した。

 国家戦略局と事業仕分け会議は、民主党が掲げた看板政策だった。官から民へというスローガンを実施に移すための重要施策だったはずで、予算編成と外交を それぞれ財務省、外務省から取り上げ政治主導で行うという政策に多くの国民が賛成したはずだ。これを放棄するというのであれば、それこそ民主党は単なるバ ラマキ政党に転落することになる。


 細川護熙内閣のときも「官から民」がテーマだった。多くの国民は政官財のトライアングルを突き崩すことを期待 したが1年ももたなかった。始まりはやはり消費税の税率アップだった。当時の大蔵省に丸め込まれた細川首相が唐突に税率アップの検討を発表した。細川首相 もまた、佐川急便からの政治資金問題を抱えていた。

 似たような状況が再現されつつある。あの時は小沢さんが社会党無視に走り、結果的に社会党が連立から離脱した。今回は社民党が離脱した。当時の社会党は 第二党だったからその衝撃は大きかった。社会党と自民党が組むという想定外の連立が成立して細川内閣に続いた羽田孜内閣はレームダックとなった。そして自 民党の政権復活という最悪のシナリオが実現してしまった。

 今回もまたそうならないとも限らない。国民が望んでいるのは「官から民へ」という一点である。民主党がここを見逃しては15年の轍を踏む。当時も予算編 成を2回やれば「日本は変わる」といわれたのに、たった1回の予算編成で何もかにも元に戻ってしまった。これだけは断言しておこう。国家戦略局を断念して も事業仕分けだけは続けなければならない。これをやめてしまったら、それこそ民主党は国民から総スカンを食らうだろう。(伴 武澄)

 

 【朝日新聞記事】菅直人首相は、重要政策の司令塔を担う目的で設置した「国家戦略室」について、政策決定の実権を持たない首相の「知恵袋」的な組織に縮 小することを決めた。昨年の総選挙の民主党マニフェストに政治主導の予算編成や国家ビジョン策定を担う目玉組織として盛り込まれた国家戦略局構想は、大き く変質することになった。

 菅首相は14日夜の国家戦略室メンバーとの会合で、戦略室の役割を見直す方針を説明。これを受け国家戦略室長の平岡秀夫・内閣府副大臣は15日の記者会見で「戦略室は首相の知恵袋の役割を果たす。各省調整の役割もなくなる」と述べた。

 菅政権は2011年度の予算編成については、首相、仙谷由人官房長官、野田佳彦財務相、民主党の玄葉光一郎政調会長の4人で相談しながら基本的な方針を決めていく考えだ。政治主導で大胆な予算の組み替えが実現できるかが問われることになる。

 政権交代当初の構想では、財務省や外務省が握ってきた予算編成や外交方針決定の権限を、首相直属の「国家戦略局」に移すと想定されていた。ムダ削減を担う行政刷新会議と共に、政治主導の車の両輪との位置づけだった。

 官僚のおぜん立てに乗らずに政権の基本方針を打ち出す狙いで、鳩山政権はまず法改正の必要がない「国家戦略室」を新設。初代の国家戦略相に菅氏、後任に仙谷氏と重量級が起用された。

 しかし、昨年末の10年度予算編成では、マニフェスト実現のための財源確保に手間取り、最後は当時の小沢一郎幹事長が裁定に乗り出した。当時、国家戦略相だった菅氏は「総予算の全面的な組み替えを十分進めることが出来なかった」と、その限界を口にしていた。

 菅内閣では荒井聰氏が国家戦略相に就任。だが、民主党の参院選敗北による「ねじれ国会」で、法的な権限を持たない「戦略室」を権限のある「局」に格上げする政治主導確立法案の成立にめどが立たなくなった。このことも首相の判断を後押しした模様だ。

 首相は、英国で首相に政策を提言したり情報提供したりする「ポリシーユニット」と呼ばれる組織が日本にも必要だとの思いが強く、そうした役割を国家戦略室に任せる考えだと見られる。(鯨岡仁、岩尾真宏)

 2010年6月14日、産経新聞朝刊1面トップに「全国郵便局長側 国民新に8億円」の見出しが躍っ た。筆者は小泉純一郎内閣が郵政民営化を果たしたときに拍手を送った国民の一人である。郵便局が公営であることに反対しているのではない。まず郵便貯金が 国民の何の了解もなく、そのまま財政投融資の財源となっていることに危機感があった。次いで問題としたかったのは日本道路公団と同様にグループ企業による 随意契約によって郵貯資金が郵政OBらに還流している点だった。もう一つ、公務員であるはずの郵政局長らが別組織をつくって堂々と政治活動をしている実態 についてどうしても合点がいかなかった。
 国民新党は郵政民営化の是非を問うた2005年の総選挙で自民党から離脱して創設された政党だが、現在衆院3 人、参院6人、計9人しか国会銀のいない小世帯。そこに郵便局長らがつくる政治団体「郵政政策研究会」などが3年間に8億円もの資金を流していたというの だから尋常でない。

 よほどの利益還流が約束されないかぎり、そんな小政党に巨額の政治資金を供与するはずがない。「民営化によって地域の郵便局が相次いで廃局になってい る」などという話に誘導されてはならない。国営だった時代でも郵便局の新設・廃止は日常茶飯事だったのである。(伴 武澄)

 -------------------------以下は産経新聞記事-----------------------------

 郵政改革法案の可決を目指す国民新党側に、全国の郵便局長らが過去3年間で総額8億1973万円を資金提供していたことが13日、産経新聞の調べで分 かった。「全国郵便局長会」(旧「全国特定郵便局長会」)の会員やOB、家族らでつくる政治団体「郵政政策研究会」がパーティー券購入や寄付を行い、郵便 局長らは国民新党の職域支部「国民新党憲友会」にも納金していた。国会議員9人の小政党に特定の団体側から8億円もの資金が流れていた事実に、識者からは 「露骨な利益誘導」とする批判の声も出ている。(調査報道班) 国民新党は郵政解散直後の平成17年8月に設立。18〜20年の政治資金収支報告書による と、郵政研はこの間、全国の郵便局長らから個人献金計約7億5738万円を受領。党の衆参両院議員の現職や元職、候補者ら計12人の政治団体にパーティー 券購入や寄付で、計2億5500万円を支出した。

 国民新党への寄付と、国民新党側が年1回開催する政治資金パーティー「国民新党総決起大会」でも、郵政研は計2350万円を支出しており、国民新党側への支出は3年間で総額2億7850万円に上る。

 国民新党側は、全国に12ある郵政研の地方組織「郵政研地方本部」からも3年間で計5750万円を受領した。

 また国民新党の職域支部「国民新党憲友会」は、郵便局長やOB、家族ら約21万3900人が党員登録し、3年間に党費として約6億1559万円、個人献 金として9992万円を集めていた。このうち2億3178万円は郵政研側に環流。憲友会の代表は、日本郵政を監督する総務省の長谷川憲正政務官が務める。

 巨額の資金に基づく利益誘導の有無について、国民新党と郵政研はともに「まったくない。法的にも問題はない」としている。

 独協大法科大学院の右崎正博教授(憲法学)の話「特定の勢力から巨額の資金提供を受け、その勢力の望む政策を実行するのは、露骨な利益誘導といわざるを 得ない。小政党の国民新党は、大政党と比べて資金量も大きく劣ることから、郵便局長会側の資金への依存度は相対的に高く、より露骨だ。郵便局長が中心と なった職域団体の代表が総務政務官というのも、公平性に疑問がある」
  8月30日の総選挙で民主党が308議席を獲得してから10日目。16日まで政権はまだ自民党にあるから、河村官房長官は毎日、官邸での記者会見で民主党 の政策を批判している。鳩山由紀夫代表が講演での「25%二酸化炭素削減」発言である。すでに野に下ったはずの政権のスポークスマンにマスコミ各社が与党 となる民主党の政策について質問している姿はどうもふに落ちない。

 アメリカの大統領制は11月に大統領選があって新大統領就任は1月の末だから、2カ月近くの移行期間がある。ブッシュ政権からオバマ政権に移行する間に ホワイトハウス報道官がまだ始まってもいないオバマ次期大統領のマニフェストについて批判するような光景はあっただろうか。

 面白いのは、今日9日の紙面である。鳩山代表の「25%二酸化炭素削減」について共同通信は「温室ガス25%削減に歓迎相次ぐ 国際社会、米中への影響 に関心」という見出しで国際社会が鳩山発言を好意的に見ていることを紹介している。一方、読売新聞2面に「25% 反発相次ぐ」という横見出しで、二階堂 経産相、河村官房長官と産業界の意見を紹介している。

 総選挙の投開票後ずっと、メディアの報道ぶりを観察してきた。政権は革命的に変わるというのに、大手メディアはいまだ55年体制の中にいる。パソコンの 世界でいえば、フォーマットが済んでいない状態だ。行間に「文字化け」が続いているような気がする。読売新聞がこのまま自民フォーマットのまま発行を続け るのは勝手だが、筆者を含めた公称1000万部の読者はたまらない。(伴 武澄)

  2日の主要紙のアンケートで鳩山由紀夫首相への期待度は朝日新聞が74%と最も高かった。共同通信と読売新聞が71%で並んだ。4年前の小泉純一郎首相並 みの人気である。あまり期待度が高いと、その後の失望につながりかねない。とにかく予算の組み方から自前の方法でやるというのだから、もくろみ通りにいか ないことも少なくないはずだ。

 ただこの鳩山政権で特徴的にいえることは、マニフェストで4年間に実行すべき課題が網羅されているということである。国民にたたき込まれた数多くの公約は必ず実現される運命にあるからやりやすいといえばやりやすいのかも知れない。

 ただ日本国の政治が長年使い込まれた自民・官僚の数々のソフトを民主・脱官僚型にフォーマットする必要がある。フォーマットが出来ないのであれば、有権 者はただちに民主離れを起こすはずであるが、今回の場合、アップロードしたばかりの初めて使う基本ソフトであるから、普通に操作できるようになるには相当 時間がかかりそうだ。
 30日の総選挙で民主党が大勝した。明けて翌31日、職場に出て真っ先に話題になったのは、衆院議員 の任期の問題だった。衆院が解散された時点で、衆院議員は全員失職しているはずである。首班指名のための特別国会は9月16日に開かれることになったのだ が、当選した人たちはそれまでは議員ではないのか。

 ウィキペディアの「国会議員」の項目では「任期は4年であるが、解散の場合には期間満了前に任期は終了する。衆議院議員の任期は総選挙の期日から起算す るが、任期満了による総選挙が衆議院議員の任期満了の日前に行われたときは前任者の任期満了の日の翌日から起算する」とあった。

 職場では、「当選証書をもらう日」とか「特別国会招集日」とかという説があったが、そうなのだ。今回は解散総選挙だから、任期は31日からということになる。

 開票で当選決定が日付を超えて1日未明となったとしても31日が起算日となるのだ。

 なぜ、こだわるのかというと、仮に今回の衆院議員が任期満了で次の総選挙を迎える場合、「任期4年」の起算日が不可欠となるからなのだ。

 結論的に言えば、衆院で民主党が過半数となっても、内閣は次期政権が誕生するまで現行内閣が執務することになる。万が一戦争が起きたら、現内閣が臨時国会を召集して"参戦"を決めることになるのだろうと思う。(伴 武澄)
 法相の諮問機関・法制審議会の民法成年年齢部会(部会長=鎌田薫・早稲田大教授)は29日、明治以 来、20歳と定められてきた民法上の成年年齢を18歳に引き下げることが適当とする最終報告書をまとめた。選挙権を持つ年齢も18歳に引き下げられること が前提。引き下げで生じる恐れがある消費者被害への対策の充実などを条件とし、法改正の時期の判断は国会に委ねた。

 実は9年前から選挙権を18歳に引き下げるべきだと活動してきたNPOがある。特定非営利活動法人Rights(菅源太郎代表理事)である。7年前に Rghtsが主催したシンポジウムに参加したことがあり、その時、主要国で参政権がまだ20歳以上なのは日本だけだということを知らされ、萬晩報に「気が 付いてみれば選挙権20歳は日本だけ」というコラムを書いた。

 http://www.yorozubp.com/0211/021120.htm
 シンポジウムで驚いたのはオーストラリアからの青年の発言だった。同国で参政権が18歳に引き下げられたのは ベトナム戦争時で、その理由として「ベトナム戦争のため徴兵が始まり、参政権もないのに徴兵するのはおかしい」という議論が起きた結果だったと話してい た。アメリカでも同じことが起きていたそうだ。

 当時、日本では市町村合併の議論が盛んで、その是非を住民投票にかける市町村も少なくなかった。住民投票条例を決める際に、投票権を18歳にまで引き下 げる自治体もあり、長野県平谷村議会では中学生にまで拡大すると決議した。2001年にはアメリカのペンシルベニア州で18歳の町長が誕生したという話題 もあった。

 日本では1925年に普通選挙法が施行されたが、参政権は男性だけだった。女性にも拡大し年齢が20歳以上となったのは戦後まもなくのことである。それ以降、日本では「成年」の概念についてほとんど議論らしきものがなかった。60年間知的怠慢が続いていたことになる。

 選挙権18歳の国 アメリカ、イギリス、ドイツ、フランス、イタリア、カナダ、中国、その他ヨーロッパ
 選挙権20歳の国 日本、韓国、台湾
 選挙権17歳の国 北朝鮮
 選挙権16歳の国 ブラジル、キューバ

 今回、法制審の報告が突然出てきたという印象をもつ人もあるかもしれないが、2007年5月に成立した「日本国憲法の改正手続に関する法律」(通称:国 民投票法)は来年5月18日から施行される。その国民投票法附則3条で「年齢満18年以上満20年未満の者が国政選挙に参加することができること等となる よう...必要な措置を講ずる」と規定しており、参政権に関してはすでに18歳は織り込み済みなのである。(伴武澄)
 死に体、麻生太郎内閣の行方はサラリーマンの夜の酒席の格好の肴なのだと思う。

 6月5日、自民党は最後の頼みの静岡県知事選でも敗北してしまった。麻生首相として一番屈辱的なのはこのまま麻生降ろしの声がさらに高まって退陣を余儀なくされることであろう。

 ではどうすればいいか。一番ダメージの少ない選択肢は何なのだろう。それは直ちに総辞職して、民主党に政権を禅譲するということである。これをお勧めする最大の理由は当の民主党にとって想定外の行動だからである。

 世の中、麻生首相が退陣しても自民党が次の人を担ぎ、総選挙は次期首相が行うものと信じているはずである。民主党、まして鳩山由紀夫氏の頭の中に「自らが解散を行う」となどという選択肢があろうはずがない。

 民主党が政権を掌握すれば、自民と民主の立場が逆転する。まず第一に、会期末を控えて自ら解散に打って出るか、満期まで待って総選挙を行うか自分で判断 せざるを得なくなる。第二に、8月末には来年度予算概算要求が締め切られる。シーリングも自ら行わなければならなくなる。あいまいな財源論は与党となった 民主党にはもはや許されない。公約としてきた公務員制度改革が初年度から挫折する可能性だってある。まさか自民党が組んだ予算をそのまま通すなどはしない と思うが、霞が関を侮ってはいけない。

 つまり政権を担当したその日から守勢に回らざるをえなくなるということなのである。

 内閣総辞職に閣僚の一部が反対したらどうなるか。閣僚全員が辞表を提出しなければならない? そうではない。過去に辞表を提出しなかった例もないわけで はない。首相の辞意は総辞職と同意義なのだそうだ。どうせ解散はできないのだし、総辞職に追い込まれるぐらいなら、民主党を困らせる辞め方をお考えになっ たらいい。

 断っておくが、筆者は自民党支持でも民主党支持でもない。政権交代ができる政治制度を望む一人の市民である。(伴 武澄)
 17日午後6時すぎ、中川昭一財務相が辞意した。満身創痍である。仮にG7の記者会見で醜態を演じたのが風邪 薬のせいだったとしても、しどろもどろになった映像が世界中で放映されたのとは事実。その一点だけで身を引くだけの失態であろう。往生際の悪さばかりが目 立つ辞任劇だった。
 後任には与謝野馨経済財政担当相が兼務することになったが、三つも大臣を兼任できるのか、職場で話題になっ た。私見では「解散が近い」ということではないだろうかと思ってしまう。麻生政権の支持率は10%台。小泉純一郎元首相に突き放され、公明党からも完全に 見放された。これ以上の減点ははないだろうと思っていたら、この様である。

 さて日本丸はこれからどうなるのだろうか。2008年10-12月の国内総生産(GDP)は前期比マイナス12・7%(年率換算)と先進国の中でも最悪 の数値が発表されたばかり。輸出の壊滅的な減少によって輸出企業はヒトのリストラ策を相次いで発表している。失われた10年からようやく脱却しかかった経 済は9・15ショックで再び奈落の底に突き落とされた格好。

 深刻なのは日本が直面しているのが経済危機だけではないことだ。政治への不信感が幾重にも折り重なっている。たとえ民主党が政権をとったとしても、有権 者からみれば自民党の自滅にしか映らない。アメリカのオバマ大統領のようにチェンジが訪れるとは思えない。日本の地盤沈下はいよいよ厳しい時代に突入す る。(伴 武澄)
REMARKS OF PRESIDENT BARACK OBAMA
Inaugural Address
Tuesday, January 20, 2009
Washington, D.C.

My fellow citizens:

I stand here today humbled by the task before us, grateful for the trust you have bestowed, mindful of the sacrifices borne by our ancestors. I thank President Bush for his service to our nation, as well as the generosity and cooperation he has shown throughout this transition.

Forty-four Americans have now taken the presidential oath. The words have been spoken during rising tides of prosperity and the still waters of peace. Yet, every so often the oath is taken amidst gathering clouds and raging storms. At these moments, America has carried on not simply because of the skill or vision of those in high office, but because We the People have remained faithful to the ideals of our forbearers, and true to our founding documents.
So it has been. So it must be with this generation of Americans.

That we are in the midst of crisis is now well understood. Our nation is at war, against a far-reaching network of violence and hatred. Our economy is badly weakened, a consequence of greed and irresponsibility on the part of some, but also our collective failure to make hard choices and prepare the nation for a new age. Homes have been lost; jobs shed; businesses shuttered. Our health care is too costly; our schools fail too many; and each day brings further evidence that the ways we use energy strengthen our adversaries and threaten our planet.

These are the indicators of crisis, subject to data and statistics. Less measurable but no less profound is a sapping of confidence across our land - a nagging fear that America's decline is inevitable, and that the next generation must lower its sights.

Today I say to you that the challenges we face are real. They are serious and they are many. They will not be met easily or in a short span of time. But know this, America - they will be met.

On this day, we gather because we have chosen hope over fear, unity of purpose over conflict and discord.

On this day, we come to proclaim an end to the petty grievances and false promises, the recriminations and worn out dogmas, that for far too long have strangled our politics.

We remain a young nation, but in the words of Scripture, the time has come to set aside childish things. The time has come to reaffirm our enduring spirit; to choose our better history; to carry forward that precious gift, that noble idea, passed on from generation to generation: the God-given promise that all are equal, all are free, and all deserve a chance to pursue their full measure of happiness.

In reaffirming the greatness of our nation, we understand that greatness is never a given. It must be earned. Our journey has never been one of short-cuts or settling for less. It has not been the path for the faint-hearted - for those who prefer leisure over work, or seek only the pleasures of riches and fame. Rather, it has been the risk-takers, the doers, the makers of things - some celebrated but more often men and women obscure in their labor, who have carried us up the long, rugged path towards prosperity and freedom.

For us, they packed up their few worldly possessions and traveled across oceans in search of a new life.

For us, they toiled in sweatshops and settled the West; endured the lash of the whip and plowed the hard earth.

For us, they fought and died, in places like Concord and Gettysburg; Normandy and Khe Sahn.

Time and again these men and women struggled and sacrificed and worked till their hands were raw so that we might live a better life. They saw America as bigger than the sum of our individual ambitions; greater than all the differences of birth or wealth or faction.

This is the journey we continue today. We remain the most prosperous, powerful nation on Earth. Our workers are no less productive than when this crisis began. Our minds are no less inventive, our goods and services no less needed than they were last week or last month or last year. Our capacity remains undiminished. But our time of standing pat, of protecting narrow interests and putting off unpleasant decisions - that time has surely passed. Starting today, we must pick ourselves up, dust ourselves off, and begin again the work of remaking America.

For everywhere we look, there is work to be done. The state of the economy calls for action, bold and swift, and we will act - not only to create new jobs, but to lay a new foundation for growth. We will build the roads and bridges, the electric grids and digital lines that feed our commerce and bind us together. We will restore science to its rightful place, and wield technology's wonders to raise health care's quality and lower its cost. We will harness the sun and the winds and the soil to fuel our cars and run our factories. And we will transform our schools and colleges and universities to meet the demands of a new age. All this we can do. And all this we will do.

Now, there are some who question the scale of our ambitions - who suggest that our system cannot tolerate too many big plans. Their memories are short. For they have forgotten what this country has already done; what free men and women can achieve when imagination is joined to common purpose, and necessity to courage.

What the cynics fail to understand is that the ground has shifted beneath them - that the stale political arguments that have consumed us for so long no longer apply. The question we ask today is not whether our government is too big or too small, but whether it works - whether it helps families find jobs at a decent wage, care they can afford, a retirement that is dignified. Where the answer is yes, we intend to move forward. Where the answer is no, programs will end. And those of us who manage the public's dollars will be held to account - to spend wisely, reform bad habits, and do our business in the light of day - because only then can we restore the vital trust between a people and their government.

Nor is the question before us whether the market is a force for good or ill. Its power to generate wealth and expand freedom is unmatched, but this crisis has reminded us that without a watchful eye, the market can spin out of control - and that a nation cannot prosper long when it favors only the prosperous. The success of our economy has always depended not just on the size of our Gross Domestic Product, but on the reach of our prosperity; on our ability to extend opportunity to every willing heart - not out of charity, but because it is the surest route to our common good.

As for our common defense, we reject as false the choice between our safety and our ideals. Our Founding Fathers, faced with perils we can scarcely imagine, drafted a charter to assure the rule of law and the rights of man, a charter expanded by the blood of generations. Those ideals still light the world, and we will not give them up for expedience's sake. And so to all other peoples and governments who are watching today, from the grandest capitals to the small village where my father was born: know that America is a friend of each nation and every man, woman, and child who seeks a future of peace and dignity, and that we are ready to lead once more.

Recall that earlier generations faced down fascism and communism not just with missiles and tanks, but with sturdy alliances and enduring convictions. They understood that our power alone cannot protect us, nor does it entitle us to do as we please. Instead, they knew that our power grows through its prudent use; our security emanates from the justness of our cause, the force of our example, the tempering qualities of humility and restraint.

We are the keepers of this legacy. Guided by these principles once more, we can meet those new threats that demand even greater effort - even greater cooperation and understanding between nations. We will begin to responsibly leave Iraq to its people, and forge a hard-earned peace in Afghanistan. With old friends and former foes, we will work tirelessly to lessen the nuclear threat, and roll back the specter of a warming planet. We will not apologize for our way of life, nor will we waver in its defense, and for those who seek to advance their aims by inducing terror and slaughtering innocents, we say to you now that our spirit is stronger and cannot be broken; you cannot outlast us, and we will defeat you.

For we know that our patchwork heritage is a strength, not a weakness. We are a nation of Christians and Muslims, Jews and Hindus - and non-believers. We are shaped by every language and culture, drawn from every end of this Earth; and because we have tasted the bitter swill of civil war and segregation, and emerged from that dark chapter stronger and more united, we cannot help but believe that the old hatreds shall someday pass; that the lines of tribe shall soon dissolve; that as the world grows smaller, our common humanity shall reveal itself; and that America must play its role in ushering in a new era of peace.

To the Muslim world, we seek a new way forward, based on mutual interest and mutual respect. To those leaders around the globe who seek to sow conflict, or blame their society's ills on the West - know that your people will judge you on what you can build, not what you destroy. To those who cling to power through corruption and deceit and the silencing of dissent, know that you are on the wrong side of history; but that we will extend a hand if you are willing to unclench your fist.

To the people of poor nations, we pledge to work alongside you to make your farms flourish and let clean waters flow; to nourish starved bodies and feed hungry minds. And to those nations like ours that enjoy relative plenty, we say we can no longer afford indifference to suffering outside our borders; nor can we consume the world's resources without regard to effect. For the world has changed, and we must change with it.

As we consider the road that unfolds before us, we remember with humble gratitude those brave Americans who, at this very hour, patrol far-off deserts and distant mountains. They have something to tell us today, just as the fallen heroes who lie in Arlington whisper through the ages. We honor them not only because they are guardians of our liberty, but because they embody the spirit of service; a willingness to find meaning in something greater than themselves. And yet, at this moment - a moment that will define a generation - it is precisely this spirit that must inhabit us all.

For as much as government can do and must do, it is ultimately the faith and determination of the American people upon which this nation relies. It is the kindness to take in a stranger when the levees break, the selflessness of workers who would rather cut their hours than see a friend lose their job which sees us through our darkest hours. It is the firefighter's courage to storm a stairway filled with smoke, but also a parent's willingness to nurture a child, that finally decides our fate.

Our challenges may be new. The instruments with which we meet them may be new. But those values upon which our success depends - hard work and honesty, courage and fair play, tolerance and curiosity, loyalty and patriotism - these things are old. These things are true. They have been the quiet force of progress throughout our history. What is demanded then is a return to these truths. What is required of us now is a new era of responsibility - a recognition, on the part of every American, that we have duties to ourselves, our nation, and the world, duties that we do not grudgingly accept but rather seize gladly, firm in the knowledge that there is nothing so satisfying to the spirit, so defining of our character, than giving our all to a difficult task.

This is the price and the promise of citizenship.

This is the source of our confidence - the knowledge that God calls on us to shape an uncertain destiny.

This is the meaning of our liberty and our creed - why men and women and children of every race and every faith can join in celebration across this magnificent mall, and why a man whose father less than sixty years ago might not have been served at a local restaurant can now stand before you to take a most sacred oath.

So let us mark this day with remembrance, of who we are and how far we have traveled. In the year of America's birth, in the coldest of months, a small band of patriots huddled by dying campfires on the shores of an icy river. The capital was abandoned. The enemy was advancing. The snow was stained with blood. At a moment when the outcome of our revolution was most in doubt, the father of our nation ordered these words be read to the people:

"Let it be told to the future world...that in the depth of winter, when nothing but hope and virtue could survive...that the city and the country, alarmed at one common danger, came forth to meet [it]."

America. In the face of our common dangers, in this winter of our hardship, let us remember these timeless words. With hope and virtue, let us brave once more the icy currents, and endure what storms may come. Let it be said by our children's children that when we were tested we refused to let this journey end, that we did not turn back nor did we falter; and with eyes fixed on the horizon and God's grace upon us, we carried forth that great gift of freedom and delivered it safely to future generations.

2009年01月10日(土)
ドイツ在住ジャーナリスト 美濃口 坦
 イラク戦争がはじまった直後の2003年だから、かなり前のことになる。私は萬晩法に「国際刑事裁判所と政治家の老後の過ごし方」を書いた。
 http://www.yorozubp.com/0303/030325.htm
 
 当時書いた第一の理由は、ブッシュ米大統領(現)とブレア英首相(当時)が嘘をつきまくってイラク攻撃をはじめたこと。第二の理由は、当時オランダの ハーグに設置された国際刑事裁判所(ICC)がその活動を開始したこと。第三の理由は、東京裁判も(ニュールンベルク裁判と同じように)国際社会での刑法 運用の発展に大きな貢献をしたのに、日本が国際刑事裁判所設置のためのローマ条約(1998年)に調印していなかったことで、私には残念に思われた。(さ いわい、2007年から日本も加盟しているだけでなく裁判官まで派遣している。)

 「国際刑事裁判所と政治家の老後の過ごし方」のなかで、私は、ピノチェト元チリ大統領(故人)やシャロン・イスラエル首相(当時)の例を挙げて国家犯罪 が免罪される時代は終わりつつあり、「ローマ条約加盟国(当時七十カ国、現在百カ国)は、現役時代よからぬことをして訴えられた政治家を条約上引き渡さな ければいけない」ので、ブッシュ大統領やブレア前首相が定年後外国旅行もできなくなると悪態をつく。でもそう書きながらも、誰からも本気にされない気がし た。でも当時私が書いたことは、見当違いでなかったようだ。

 ■「純粋な犯罪」と「本当に悪い政治」
 
 2007年10月27日パリであったことである。「フォーリン・ポリシー・マガジン」誌が朝食会を主催した。出席中のラムズフェルド前国防長官は、突然 現れた米大使館員に伴われて慌ただしく立ち去り、その後フランス国土から消えてしまった。前日、欧米の人権諸団体が、バグダッドのアブグレイブ刑務所や グァンタナモ米軍基地で拷問を命じたとしてこの米政治家を告発していたからである。

 告発した人権団体の一つであるCCR(憲法センター)は発表した声明のなかで「拷問に関係した役人や政治家に対して裁判がはじまるまで私たちはあきらめ ない。今こそ、このことがわかるはずだ。ラムズフェルドは地球上逃げ場所がないことを理解するべきである。拷問は人類の敵だから」とのべた。当時の新聞に よると、似たような告訴はフランスだけでなく、ドイツ、スペイン、スイス、スウェーデンなどの国でもだされていた。

 これは一年前のことだが、米大統領選でオバマが勝利して以来、ラムズフェルドをかこむ内外の環境はきびしくなるいっぽうである。ドイツのように対米関係 悪化を怖れるあまり、人権団体からの告発を受理しなかった国々も、これからは態度を変えると思われる。また2008年12月11日に米上院軍事委員会の調 査報告がでたが、アブグレイブ刑務所やグァンタナモ米軍基地などの拷問や虐待が監視員個人の暴走でなく、ラムズフェルド国防長官をはじめ上に立つ人々に責 任があったとしている。

 ブッシュ政権の不法行為に対する刑事訴追については2、3カ月前までは人権団体関係者や法律の専門家のあいだで議論されるだけだった。例えば9月22日 に100人の法律の専門家がこの問題のためにマサチューセッツ・ロースクールによって主催されたシンポジウムに参加している。ところが、バラク・オバマが 第44代米大統領に就任する2009年1月20日が近づくにつれて主要なメディアも少しずつとりあげるようになった。

 2008年4月14日付けのフィラデルフィア・デーリーニューズによると、オバマ候補(当時)は「大統領に選ばれたなら法務長官に自分の前任者の行為を 調べさせるが、そのとき、『純粋な犯罪』と『本当に悪い政治』を区別することが重要だ」と語った。しかしすぐに「共和党の政治家から党派的な魔女狩りと思 われることは避けるべきだ」とトーンをやわらげる。

 オバマ政権が直面する最大の問題は、周知のように、経済問題であり、これが最優先で、そのために共和党の協力も必要である。またロバート・ゲーツ国防長 官が留任したことで、新政権がこの問題で積極的にならない予感がする。しかしながら米国も三権分立で司法が独立しているはずで、今後どのように展開するか は予測できないところがある。

 ここでオバマがいう「純粋な犯罪」か「本当に悪い政治」かの区別こそ、国家犯罪の訴追もしくは免責にかかわる根本問題である。ブッシュ政権の行為が「本 当に悪い政治」に過ぎないなら、被害が甚大であっても、政治的無能にとどまり、刑法やそれに類したルールの適用から免除される。現在、政治概念を拡大解釈 して、政治家のしたことはおしなべて政治行為とみなす論調がめだつ。そうであるのは、「党派的魔女狩り」になり、国民の亀裂をうむ危険を本能的に怖れるか らだ。このような亀裂がのぞましくないことは、第一次大戦後のドイツ、また第二次大戦後の日本がしめす通りである。

 拷問も虐待も盗聴も人権侵害であり、「純粋な犯罪」として問題にしやすい。訴えられたラムズフェルドや、前CIA長官、アルバート・ゴンザレス前司法長 官なども、同時多発テロで国家非常事態になり米国民の安全を守るためにやったといえば、納得してくれる人も少なくない。彼らが有罪になっても、米国全体と して「正義を回復した」ことを世界にむかってアピールできる。こう考えると、この種の国家犯罪の訴追実現はそれほど難しいことでないかもしれない。

 ■大統領は人殺し

 でもこんな人権侵害で訴追するより、もっと厄介で面倒なことに挑戦しようとする人がいる。それはヴィンセント・ブリオシ元検察官(74歳)で、「ジョー ジ・ブッシュは人殺し、それも、何千人も殺したというのに、このままで行くと、彼は罪を問われることもない。だのに誰も何もしない。米国民がそんなことを 許していいのか」と憤慨し、米国・国内法の殺人罪でブッシュを告発できると確信する。
 http://www.prosecutionofbush.com/

 私はドイツで暮らしているせいか、彼の名前を聞いてもピンと来なかったが、米国では有名な検察官だった人で、現役時代にはカリフォルニア州で活動してい たという。彼が手がけたとは知れなかったが、昔1960年代末、映画監督ロマン・ポランスキーの妻・女優のシャロン・テートをはじめ総数7人がカルト・グ ループによって惨殺される事件があった。直接手を下さなかった教祖のチャールズ・マンソンがブリオシ検事の努力で有罪判決をうける。彼は、現役時代に手が けた105件の重罪のうち104件で有罪判決を得た有能な検察官であるだけでなく、筆も立ち著書も多い。シャロン・テート事件についての本「ヘルター・ス ケルター」はベストセラーになり映画化された。

 ブリオシ元検察官が今回お縄をかけようとする相手は、周知のように、とてつもない大物である。麻薬中毒の売春婦の息子として生まれ、ヒッピーの女性をマ インド・コントロールして7人の殺人を実行させたマンソン教祖とは対照的に、ブッシュのほうは、第44代米大統領、育ちもよく、マインド・コントロールの 相手の数だけでも(、一頃は大多数の米国民がイラク戦争を賛成していたことを考えると、)億単位にのぼり、殺人罪の犠牲となった米国兵士の数は四千名以上 にのぼる。
  
 米国で殺人者を起訴できるのは、州司法長官か、イラクで戦死した兵士の居住地区の検察官で、前者は50人だけだが、後者の数は2千人以上にもなる。もは や現役でないブリオシ元検察官ができることは、本を書いて、その中でどのように起訴できるかの筋書きをしるし、共鳴してくれる州司法長官か検察官かが出て 来るのを待つしかない。「ブッシュを殺人罪で起訴する」はこのような目的から生まれ、米国では2008年5月に、ドイツでは翻訳が同年秋に出版された。

 どこの国でも殺人罪というと、物欲、性欲とかいった動機と憎悪や悪意から意図的に実行された人殺しを考えてしまう。ブッシュがイラクへ行き、例えば物欲 から、自ら手を下して、米軍兵士を殺したのではないので、殺人罪で裁判にかけることなど不可能に思われる。ところが、ブリオシ元検察官によると米国ではそ れを可能にする刑法的運用原則があるという。

 ブッシュが直接手を下していないことについては、犯罪の謀議(計画+相談)に参加した者(=共同謀議者)は責任が問われるという法的原則があり、これが 適用されるという。こうしてブッシュ・チェルニー正副大統領やその他の閣僚は共同謀議に参加したので米兵殺害から免責されない。

 次に重要な原則は、「悪意のない第三者」という考え方である。共同謀議者が意図的に一連の事件をひきおこして、「悪意のない第三者」にある行為を実行す るきっかけをあたえ、その結果、人が殺される。共同謀議者がそのようになることを承知している場合、殺人罪を犯したことになる。

 この原則を適用すると、ブッシュ、チェルニーなどの共同謀議者は、当時(イラクが米国民に直接脅威になるという虚偽の事実を主張して、)米軍をイラクに 侵入させた。これらが「意図的にひきおこす一連の事件」で、これがきっかけになって、「悪意のない第三者」のイラク人が、侵入米軍兵士に発砲したり爆弾を 投げたりするようになった。イラク人のそのような反応も、共同謀議者にあらかじめよくわかっていたので、この「悪意のない第三者」を適用することができ る。

 ブッシュやチェルニーの共同謀議者は、自分たちが米軍兵士に憎悪を感じていなかったし、また殺されることものぞまなかったと弁解するかもしれない。これ らの情緒的側面は通常の殺人罪が成立するために大きな役割を演じるが、「悪意のない第三者」が適用されると、重要でなくなるという。判決を左右するのは、 「意図的にひきおこす一連の事件」、すなわち米軍のイラク侵入が兵士殺害の原因になっている点である。殺される本人が同意しても殺人は殺人であるので、似 た理由から、議会も戦争に賛成したといっても、言い訳にならない。

 ブリオシ元検事の本を読んでいると、ブッシュは4千人に及ぶ自国兵士の殺人の咎で有罪判決をくらいそうである。それも、ヨーロッパと異なり、死刑が廃止されていない米国で、、、ひょっとしたら、靴が飛んで来るといった生やさしい話ではすまなくなる日が来るかもしれない。

 ■平和に対する罪

 ここまでブリオシ元検察官の論理につきあった人にすぐわかるように、殺人罪が成立するための最大要件は、イラクに米軍を侵入させたことが正当防衛のため の戦争でなかった点にある。自衛のための戦争であったなら、米国民の安全を脅かすイラク人は「悪意のない第三者」にならず、殺人罪も成立しない。

 だからこそ、ブッシュ以下の共同謀議者は、イラクが大量破壊兵器を所有しているとか、またそれらがテロ組織アルカーイダの手に移るとか、「虚偽の事実」 を挙げて、イラクが米国民に直接脅威になると主張した。ブリオシ元検察官は本の中でこの嘘の記述に多数の頁を割いている。例えば、自国の情報機関から提出 された報告書にイラクが米国にとって直接脅威にならないと明記されていた。ところが、共同謀議者は、議会などに配布される普及版でこの重要部分を削除させ た。これはかなり露骨なやり口ではないのだろうか。

 ブリオシ元検察官はブッシュを殺人罪で挙げようとしているが、間接的には、米国が自衛のための戦争をしたか、それとも侵略戦争をしたかが、裁かれること になる。これは、第二次大戦後にあった日独国際軍事法廷の「平和に対する罪」が裏口から米国内の法廷に入り込むことである。そんなことが「永世戦勝国」に 起こるとしたら、日本で生まれ、ドイツで暮らす私には、特に感慨深いことになる。また侵略戦争の罪は「人道に対する罪」などくらべて政治的なものから切り 離すことが難しい。そのためにこの罪は国際刑事裁判所の管轄からはずされた。この点を考えると、このカリフォルニア州元検察官の無手勝流に驚くしかない。

 問題は、法理論でなく、この無手勝流が読者に発想の転換を強いるのに対して、人々の意識のほうがそこまで行っていない点にある。奇妙なのは、私たちのほ うから、国政をつかさどる人々の「政治行為」に対して刑法を適用することに遠慮してしまうことである。だからこそ、ブリオシ元検察官のこの本がよく売れて いるのにもかかわらず、米主要メディアの書評でほとんど無視された。著者はこの事情を予想し、「起訴論拠」の章の冒頭で、二つの法諺を掲げる。一つめは、 国王は免責されるという意味の「国王は不法行為を犯すことができない」であり、二つめは「何人も法に服さなければいけない」である。
 
 この件については、国際会議で条約が仰々しく締結されたり、批准されたりする必要もない。どこか、米国の村や町で、ブリオシ元検察官の本に共鳴して自分 も何かできると確信する検察官が現れてくれたらいいのである。そうしたら、著者がのぞむように、戦争を決断する政治家の「法的リスク」がこれからは少しは 高くなるはずである。

 美濃口さんにメール Tan.Minoguchi@munich.netsurf.de
 4日午後、日比谷公園の「年越し派遣村」を訪ねた。驚いたのはボランティア募集のコーナーが長蛇の列になっていたことと募金のところにも列が出来ていたことである。住民以外の人の方が多いという印象だった。

 主催者はいまの日本人の心をしっかりと捕らえているなと感じた。日比谷公園は東京都の管轄だから勝手にテントを張ることは許されない。東京都の許可を得 ているはず。しかも厚生労働省から見下ろせるその下の公園に多くのテントを張ったから、霞が関の役人も無視できない。なかなか"巧妙な作戦"なのである。
 後日の報道によれば、500人の派遣村住民に対して、協力したボランティアは延べ1700人、募金は2300万円に及んだというのだから日本も捨てたものではない。

 ちょうど緊急集会会が開催されていて、500人の村民のうち260人までの収容先が決まったことが報告されていた。壇上には野党各党のリーダーを含めて 20人ほどの国会議員も結集していた。問題は自民党の議員が一人もいないことだった。空気を読めないとはまさにこのことだ。大手メディアが連日、大きく報 道している場に一人もいない。

 あーこれで自民党は総選挙で完敗する。そんな予感がした。

 民主党の菅直人氏はあいさつで「2兆円の給付金を使えば、100万人の失業者に1年にわたり毎月17万円を支払える」と述べ、政府は方針を撤回するべき だと主張した。鈴木宗男氏は「明日(5日)からの通常国会でまず職を失った人たちに住むところと食べるものを確保するべきだとする国会決議を出しましょ う。超党派で」と述べて喝采を浴びた。

 集会を聞いてから二時間ほど日比谷公園内をぶらぶらして考えさせられることが多かった。生産活動の委縮によって派遣労働者の首切りが列島を覆っている。 10年前、経団連会長だった奥田碩氏は「社員の首を切るなら経営者が先に自らの首を切るべきだ」と言っていたことを思い出した。

 今回、目立つのはトヨタとキヤノンの派遣切りである。経団連の御手洗会長はキヤノンの会長でもある。企業活動だから何でもありではない。少なくとも10 年前に経団連の会長はそうはしなかった。日本には日本のやり方があると主張した。奥田発言で実はアメリカの格付け機関はトヨタの格付けを落とした経緯も あった。

 総務省の坂本哲志政務官は5日、派遣村の住人に対して「本当にまじめに働く人たちなのか」と発言した。なんとも悲しい人である。

 麻生首相はこの「派遣村事件」をきっかけに政策転換ができたはずである。「やっぱりこの金はみんなに配るのではなく、必要としている人たちのために使う必要があると判断した」といえば、国民は喝采したに違いない。麻生首相は格好のチャンスを逃したのだ。

 小泉さんが首相に就任して2カ月、ハンセン病の高裁判決が出て、国が敗れた。小泉首相は機敏に「上告せず」の判断を示した。政治家はこうでなければならないと思った。小泉さんの高い支持率はその時から生まれたことを思い出した。(伴 武澄)
  ブッシュ大統領が12月14日、イラクでの記者会見で靴を投げ付けられるという珍事があった。二回も投げ付けられたが、ブッシュ大統領はたくみに"攻撃" をかわした。暗殺された大統領は少なくないが、靴を投げ付けられた大統領は前代未聞、これからもめったに見られない光景だろう。映像ニュースを転載した ユーチューブは大賑わいである。

 23日の共同通信電は、その靴を製造していたトルコのメーカーに注文が殺到し、従業員を100人も増強したと伝えている。この不況時に従業員を増やしているのはこの靴メーカーだけだろう。
 注文は"事件"の直後、イラクから入り始め、年間で1万5000足しか売れなかったものが、37万足もの注文 となっており、この会社は靴の名前を「ブッシュ・シューズ」と改めたそうだ。アメリカからも1万9000足の注文があるというから、これからもっともっと 売れるのだろう。

 ブッシュ大統領は不屈(くつ)の精神でイラク戦争の正当性を強調したかったのだろうが、屈(くつ)辱のシーンは全世界に放映された。大統領はこのまま鬱 屈(くつ)した気分で政権終(シュー)末を迎えることになる。一幕のシーンをみた世界の人々は「クックッ」と笑いを抑えることができなかったそうだ。

 米国内でもブッシュの威信は落ちており、米国のヒストリー・ニュース・ネットワークが4月1日公表した歴史家109人にするネット投票では98%が「失 敗した大統領」と認定し、61%が「史上最悪の大統領」と酷評した。ブッシュ靴事件は直後から、インターネットを駆け巡り、数多くのゲームやビデオ・マッ シュアップをも生み出している。後世の人々はブッシュ大統領を「靴」というキーワードで思い出すことになるかもしれない。
---------------------

 【カイロ23日共同】イラク人記者が首都バグダッドでブッシュ米大統領に投げ付けた靴のメーカーに注文が殺到し、トルコ西部イスタンブールにある同社は注文に対応するため従業員100人を臨時で雇うことになった。フランス公共ラジオが22日伝えた。

 靴メーカーの担当者によると、「事件」が起きてから22日までに計37万足の注文が舞い込んだ。これまで、投げ付けられた靴のモデルは年間1万5000足しか売れていなかったという。同モデルは「ブッシュ・シューズ」と改名された。

 靴は工場から出荷時の価格が1足27ドル(約2400円)。

 注文は当初イラクからが大半だったが、その後、ほかの中東諸国をはじめ、世界各国から集まるようになった。米国からも1万9000足の注文があった。

 中東のアラブ諸国では、同記者の靴投げを「英雄的な行為」と支持する声が広がっている。

BushPuppies

user-pic
0

 ブッシュ大統領がイラクでの記者会見で靴を投げ付けられるという珍事があった。二回も投げ付けられたが、ブッシュ大統領はたくみに"攻撃"をかわした。

 ブッシュ大統領は不屈(くつ)の精神でイラク戦争の正当性を強調したかったのだろうが、屈(くつ)辱のシーンは全世界に放映された。大統領はこのまま鬱 屈(くつ)した気分で政権終(シュー)末を迎えることになる。一幕のシーンをみた世界の人々は「クックッ」と笑いを抑えることができなかったそうだ。
 8日の読売新聞と毎日新聞がともに21%、朝日新聞は22%、共同通信は25%。麻生内閣に対する支持率である。そもそも麻生さんに託されたのは「解散総選挙」ではなかったのか。

 福田前首相が9月突然に政権を投げ出した。その是非はもはや問うまい。「解散総選挙に打って出る勇気がないから、麻生さんにお願いしたい」というような意味合いで麻生政権が誕生したのは誰もが覚えている。
 誰もが、首班指名の後の早い時期に解散総選挙が行われるものだと信じていた。想定が狂ったのは、リーマン・ブ ラザーズの倒産だった。AIUが政府管理下となり、アメリカの大手金融機関が相次いで経営危機に陥った。金融危機はさらに実体経済に飛び火し、「100年 に一度の経済危機」へと連鎖反応した。

 麻生首相の心中では日本の経済対策と解散総選挙との間で揺れたに違いない。心が揺れている間にどちらも先延ばしにしてしまった。たぶん「恐かった」のだろう。麻生政権への支持率の急低下の背景には麻生さんの「優柔不断さ」への不満があるはずだ。

 麻生さんの場合、「男前」(美男ということではない)を売りに総理総裁となっただけに、言行不一致の落差が逆に目立ち、国民の落胆につながったのだと考えている。

 経済対策ではタイミングが一番重要であることは麻生さん自身が一番よく知っているはずだ。その経済対策が今国会でできないのなら、ぜめてもう一つの選択 肢である「解散」に踏み切るべきであろう。解散は首相の専権事項であるから、誰に相談することもない。小泉首相は大方の反対を押し切って郵政民営化を問う 解散総選挙に打って出た。その結果、絶大なる支持を得た。

 もはや遅きに失したかもしれない。このまま求心力を失えば、身内から見限られ「政権放棄」を余儀なくされるかもしれない。そんな惨めの終末を迎えようとしているのですか。

 衆院300議席は小泉さんの郵政民営化路線への「賛成票」であり、自民党が再び300議席を確保できるとは誰も考えていない。幸い、小沢さんの民主党だって、支持率が高いわけではない。麻生か小沢かという選択肢の中で多少、優位に立っているにすぎない。

 政治はばくちです。麻生さん、男なら年内解散しかないですよ。(伴 武澄)

このアーカイブについて

このページには、過去に書かれたブログ記事のうち民主主義カテゴリに属しているものが含まれています。

前のカテゴリは構造問題です。

次のカテゴリはです。

最近のコンテンツはインデックスページで見られます。過去に書かれたものはアーカイブのページで見られます。

月別 アーカイブ

ウェブページ