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2008年05月06日(火)
Nakano Associates 中野 有
  東西の冷戦は、社会主義が破れ、資本主義が勝利した。しかし、時を経て、今や勝利したはずのアメリカが、イラク戦争で国威を低下させ、サブプライムローン を発端に世界の金融市場を混乱に陥らせている。一方、エネルギー資源の恩恵を受けるロシア、世界の工場を演じる中国、ハイテクの潜在を伝播するインドなど の勢力が拡張し、世界の勢力図が大きく変動している。冷戦終焉からわずか20年近くでこのような社会主義の下克上を誰が予測したであろうか。今後、世界の 潮流は、如何なる方向に向かうのであろうか。

 21世紀の理想的な経済・社会システムは、資本主義でも社会主義でもない第三の道、すなわち資本主義と社会主義の優れたシステムが統合された形態だと考 えられる。そこで今から半世紀近く前に、資本主義と社会主義の限界を予測した人物にクローズアップしてみたい。

 資本主義のプリンシプルと社会主義的インターナショナルの思想キューバミサイル危機を導火線とする核戦争への一発即発の時期、ケネディー大統領とキュー バ革命の英雄であるゲバラ工業相の思想と行動を読み解くと興味深い世相が蘇ってくる。

 ケネディーは純粋な資本主義を遂行したというよりは、途上国の経済開発支援を目的に米国の若者を途上国に派遣する平和部隊を創設し、また南北問題の解決 のために国際開発銀行の設立に関わった。ケネディーの政策には共産主義封じ込めという視点があったが、明らかに資本主義の遊び、換言すると資本主義のプリ ンシプルを貫く社会主義的なインターナショナルな思想があった。

 アルゼンチン生まれのゲバラは、医学部の学生として南米を旅し庶民の暮らしに接し資本主義の影と社会主義の光を学ぶのである。まるで、ケネディーの平和 部隊を連想させる。そして、キューバにてカストロと出会い、キューバ革命に貢献し、キューバ国立銀行総裁や工業大臣の経験を経て、次第にソビエトの社会主 義体制に疑問を抱くのである。ソビエトは、キューバを農業中心のソビエトの属国とみなしていた。それに反発するゲバラは、キューバ独自の工業開発の技術を 通じ国力を強化する経済戦略を提唱した。

 運命的な役割を演じた二

 ゲバラがソビエトに疑念を抱いたのは米国の国益につながった。また、ケネディーは、南米の社会主義勢力を抑止するために巨額な経済支援を行った。このケ ネディーの行為は、イデオロギーの点で相違はあっても、ゲバラが提唱する工業開発や技術移転に貢献したのである。

純粋な資本主義や軍事ばかりに重点をおかず、経済協力や国際主義を標榜したケネディーと、ソビエトの社会主義に反発し第三世界の工業発展と国際主義を探求したゲバラの行動は、21世紀の今日に求められる資本主義と社会主義のハイブレッドであると考えられる。

 ワシントンの書店の伝記コーナーの棚を最も賑わしているのがケネディーとゲバラである。ケネディーは当然としても驚くほどにゲバラ人気が起こっている。 ゲバラは、大臣の地位でありながら日曜日は、労働の尊い汗を流した。また、来日した際には、秘密裏に夜行で原爆の悲惨さを視るために広島を訪れている。こ んな感性にあふれるリーダーに今日巡り合うことができるだろうか。

 ケネディーは暗殺の半年ぐらい前からキューバとの融和政策と核実験の禁止を訴えた。ケネディー暗殺の真相に関わるファイルは、30年後に公開される予定 だが、CIAの関与がちらついている。ゲバラはゲリラ活動の最中にボリビアでCIAの関与で殺された。ケネディーとゲバラ、イ表層的なデオロギーは違って も相互補完的に運命的な役割を演じた二人は、21世紀の今日のポスト冷戦の第三の道を予言していたのでないだろうか。

 http://mews.halfmoon.jp/nakano/
 中野さんにメール nakanoassociate@yahoo.co.jp
2008年05月02日(金)
Nakano Associates 中野 有
  昨今の情報社会の変革の速度は、ドッグイヤに例えられ、7倍の速度で進展している。昔の7年が1年に短縮され世の中が動いている。人間の平均寿命が劇的に 伸びているので、現在の90歳の老人が昔の60歳代前半の老人に等しい。恐らく年齢に0・7を掛けたらいい位に、年をとる速度は落ちているようだ。

 情報化時代の速度(7倍)と人間の完成の速度(7割)のギャップは拡大している。100年前に人間の平均寿命がこれ程、急激に変化すると予測した人はいないだろうし、また情報の速度に人間の予測がついていけない現象が生まれているように考えられる。


 予測は往々にして外れるものである。しかし、昨今の予測は見事にはずれることが多い。例えば、大統領選挙の年は、米国経済は安定するとか、北京オリン ピックまでは、世界の経済は拡大するとの考えが主流であった。しかし、見事にこの予測が外れ、米国発のサブプライムローン問題が予想以上に世界経済に悪影 響を与えている。

 一方、ワシントンに5年住み、実体経済から感じ取ったことは、日本円の過小評価、日本のバブル経済並みの不動産の過大評価、そして貯蓄に興味がなく投資ばかりしている米国民の姿であった。

 こんな話も聞いた。昨夏サブプライム・ローン問題が深刻化する前に、米国の投資機関のエコノミストが、米国南部でゴルフをしている時に、キャディーか ら、ローンで買った住宅をいつ売ればいいかとの質問を受けた。エコノミストがキャディーに経済事情を説明している内に、このキャディーが、いくつかの州で 5つの住宅物件を、一度も見ることなく購入したことを聞き、エコノミストは、遅かれ早かれ世界の金融市場の混乱が発生すると読んだという。

 このように実体経済を通じ、経済の負の部分を感じ取ることができるが、国家ファンド等の金融資本主義の動向やグローバル化、新興市場の勃興の世界市場の正の部分を分析すると、ついつい希望的観測が悲観論を退けてしまうものである。

 経済は心理的な生き物であるとすると、大衆が景気楽観論を唱え異常な投機を行った時には、既に景気のピークが終わっており、その急落は、家計貯蓄率ゼロに近い米国では、すざまじい速度で進む。

 経済の変動が予測を超える速度で進んでいる状況においては、景気を上下変動で見ると、必ず底をついた景気は、V字型に急激に戻ると考えられる。予測で重 要なのは、変動が起こる時のタイミングをどのように読むかである。その読み方とは、主流となっている予測の逆を予測したほうが当たる確率が高いように思 う。ドッグイヤーと言われる7倍の速度でグローバル情報化社会が変化している時代においては、異端児的な見方も時には必要であろう。
(竹村健一氏の月刊誌「世相」5月号に掲載)

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2008年02月01日(金)
Uganda Moyo通信員 伴 正海
  ウガンダの新聞で面白い記事を見た。それは子供たち(6~11歳前後)に対して「神さま」という題で絵を描かせたコンクールの表彰の記事であった。見開き 一杯に載せられた8枚の絵があった。2枚はアラビア風の鬚を生やした男性の絵、1枚は王冠をかぶった女性の絵、2枚は一つ目おばけのような絵、そして8歳 の子が書いたのは紙が4区域に区切られてそれぞれが異なる色で塗りつぶされた絵であった。

 はじめの5枚はどれも天に存在するような書かれ方で後光が射しているものであった。しかし、残りの2枚の絵というのは自然の景色を描いた絵であったの だ。山、川、木、雲、星、太陽(ウガンダに海は無い)といったものが、時にはそれに目口などの表情まで含んだ形で描かれていたのであった。

 そう、これだけ自然が豊かなウガンダで自然に対する畏敬というものが育まれないはずはないのだ。であるとすれば、アジア諸国(日本を含めて)と同じよう に人々には多神教的な精神が根付いているはずである。キリスト教やイスラム教などといった一神教が彼らの心の奥底まで染みついていることもないであろう。 以前からなぜこの自然豊かな国に一神教なのかという疑問を持っていたわたしからすれば、この記事はその証明となったのである。

 一言にアフリカ諸国とは言ってもそこには無数の部族が存在し、無数の文化が存在する。しかし、核となる「文明」というものが存在しない。サミュエル・ハ ンチントンが著書「文明の衝突」において指摘した。現在、ウガンダの隣国ケニアにおいて大統領選挙後の混乱が続いているが、これも部族間の争いによるもの である。ウガンダもこのケニアの混乱は他人事ではない。ウガンダも大小15以上の部族が存在している国であるからだ。

 しかし、その「国」という概念がここの人たちに染みついているかはあやしいところである。たしかに、ウガンダではムセベニ政権以来国内は落ち着き、懸案 だった北部における内戦についても和平交渉がしっかりと進んでいる。そうなると、ウガンダという国の領土内に住む各部族たちは「ようやく戦いが終わって平 和になった」と実感する。

この実感することが大事なのだ。例えば戦国時代日本の群雄割拠時代、農民たちは領主がその土地を平和に保つからこそ領主に年貢を納め、その国にいるという ことを実感したのだ。現代で言えば政府が警察力などによって犯罪を抑えるなどの恩恵を受けているからその国民はその国民となるわけだ。ウガンダもその状況 に近付いてきていると言えば、当たらずと雖も遠からずなのだ。

 ところがそのウガンダ国内にも多くの部族が混在しており下手したらケニアのようになりかねないという。要するにわたしが言いたいのは、もしかしたらウガ ンダでの安定というのは本当は表面的な薄っぺらいもので、その民主主義という上から被せられた大きなベールの下にはケニアのような民族的な対立がいつでも それを破り去りうるのではないかということだ。

 かつてのコラムや自身のブログで述べたように、わたしはこういった途上国、特にアフリカ諸国において成長を急ぐべきではないと考えている。それは、先進 国からやってきてUNHCRという国際組織が関わるNGOに身をおいて地元民や難民と呼ばれる人を見たとき、自分たちのしていることが本当に彼らのために なっているのかという懐疑的な思いにとらわれてしまったからである。

 彼らは確かにそこで生を授かって生きており、その生き方考え方は欧米のそれとは根本からして異なるのだ。上記の新聞記事からも分かるように、自然豊かな ウガンダでも人々の心の中には多神教的な精神が存在し、それは多くの神の存在を認める、それすなわち寛容という精神を育んでくれるのだ。

 年末年始にタンザニアのザンジバルというインド洋に浮かぶリゾートの島に訪れた。その島は昔からアラブ諸国と交易があり、「イスラムの島」とも呼ばれて いるほど島民の大部分がイスラム教なのだ。しかしそのザンジバルにおいてもイスラム教徒たちは自然の神々というものも同時に敬っており、土着の宗教観とい うものを持ち続けているのだとザンジバルに20年近く住んで現地でバンガローを営む三浦さんという日本人女性に教えていただいた。

 このような国々において、古く18世紀あたりから続いてきたヨーロッパの歴史で生まれた国という概念が同じような歴史を持たない(というか当時はヨーロッパ列強によって世界の舞台からはじかれていた)アフリカ諸国ですぐに根付くはずもないのである。

 たしかにアフリカにも多くの王国などが存在した。しかし、ハンチントンの言うような「文明」を核とした集団はエチオピア以外に目立って存在しておらず、 そのエチオピアの文明も衰退してしまった。要するに、地域における大国とその周辺国というようなアジアなどにおいてすらも見られたような状況がなくーだか らこそアジアは戦後アフリカに先駆けて発展したということも言えるのであってーそういう積み重ねがない状態では現在の世界における「国」というものを作る のはかなりの困難を要するのでそれには時間がかかっても仕方がないのである

 ただ、アフリカ諸国にとって不幸なことにアフリカ諸国というかアフリカ全土が過去においてアジアなどが経験したような段階を踏んで進むということがほぼ不可能であり、さらには技術などが彼らの現状に対して進み過ぎているというアンバランスな状態にあるということだ。

 こうなっては恐らく、アフリカ大陸は現状の国というかたまりをとりあえずはリーダーたちが率いてその統治方法は過去のものから自分たちに最適であろうも のを選択し、それがゆっくりと時間をかけて染み込んでいき、じきにそれが彼らの独自性を持つ、というのを待つのが将来的にもよいのではないだろうか。

 もちろん、だからといって先進諸国はそれを完全に放置するわけにはいかない。そのための支援というものは必要となるだろう。その支援というのも過去のコ ラムに書いたように支援のための支援であってはならず、自立のための支援となるべきなのだ。そしてその支援もおそらく各国の国益というものを念頭において 行なわれるであろうが、アフリカから様々なものを搾取する国益よりもその国が将来健全なパートナーとなってくれる国益のほうがより有益ではないだろうか。 そういう姿勢で諸国がお互いの主張を認め合って譲歩しあってアフリカ大陸を支えていけば、その進展は前途明るいものになるのではないかと考える。

 伴 正海にメールは mailto:umi0625@yorozubp.com
2008年01月30日(水)
Uganda Moyo通信員 伴 正海
  コラムやブログなどで「伴さんは文系向きなのでは」「どういう経緯でウガンダにいるのか」などと言った筆者自身について尋ねられることが度々あった。最初 は自分を語るなんてという思いでいたのだが、この地にすっかり慣れ親しんできた頃から自分について考えるようになってきた。そして母親より送ってもらった 遠藤周作の「深い河」をこの地で読みなおし、著者の高校時代を支えてくれたこの遠藤周作の作品からさらに深く「自分」というものを考えるに至った。

 これを契機とし、筆者について過去や考え方について書いてみたいと思う。

 物心付いた時から父方の祖父を「先生」と読んでいた。普通の人が持つような「おじいちゃん」という親しみは恐らく持っておらず、唯ひたすらに「先生」を 尊敬していた。そういう育てられ方をしたのかもしれない。当然「将来なりたい職業は?」と聞かれると先生と同じく「弁護士と外交官」と答える小学生になっ ていた。

 一時期、「人生ゲーム」という盤ゲームのやり過ぎか、弁護士と同じく稼ぎの良かった医師という職業にも憧れたが、血が怖くてやめてしまった。そのまま中 学、高校と進み、それでもまだ「弁護士と外交官」、「もちろん大学は東大」と考えていた。

 また、中学1年生の時にNHKのドキュメント番組でタイの貧しい大家族が月6000円で生活しているということを知った。当時の自分の小遣いは周りから すれば破格の6000円という金額であった。奇しくもこの「6000円」というぴったり同じ金額が頭から離れず、「ぼくが使っているこのお小遣いでタイで は大家族が生活できるのか。」と何とも言いようのない違和感が自分の中に煙のように立ち込めて離れず、その自分たちと途上国との差というものを意識し始め るようになった。

 さらには「先生が青年海外協力隊を作った」という事実も自分にとっては途上国に目を向けずにはいられないことであった。そしていつしか、発展途上国のために何かをするんだという想いが強くなっていった。

 その後、高校2年生の時に先生が亡くなった。世田谷の自宅におり、夜7時か8時頃に高知の祖母から電話で危篤を知らされた。何を思ったか、何を考えたか は覚えていない。ただリビングから2階の自分の部屋へと向かい、急いで荷物をまとめ、バス会社に連絡をして高松行きのバスを確保、母親や弟たちを置いて家 を出て行った。

 この時ほど電車の乗り換え時間が鬱陶しく煩わしく思ったことはなかった。ホームを走り、階段を走り、エスカレーターを走り、途中鞄を通行人にぶつけて文 句を言われながらもそれを全て後ろに置き去りにして走った。バスは出発時刻を過ぎていたが待っていてくれた。それに飛び乗り、眠ってしまった。

 次の日の早朝、高松に着き、朝一の電車で高知に向かった。高知駅からタクシーに乗り、病院の名前を告げると運転手に「新しいお医者さんかい?」と尋ねら れた。今思うとこれも予言のようなものだったのかもしれない。さらにこの運転手が先生の名前を知っていたことも先生への尊敬が一層増されることとなった。

 病室に駆け込むと京都勤務だった父親が一足先に到着しており、その前にはチューブにつながれた先生の身体が横たわっていた。父親がその耳元で「正海です よ、正海が来てくれましたよ。」と話しかけると、その瞼を重そうにゆっくりと開けて先生の目がぼくを認識し、「おー」とだけ言ってぼくの手をとってくれ た。その顔は笑顔だった。ただ、それが最期だった。

 あとはひたすら心電図がフラットになるのを待つばかり。次の日の最期の時も、叩いてさすって痛みを感じさせればまた眼を開いてくれるかもしれない。そう 思ってその身体を刺激し続けたが、父親に制されて素直にその手を止めた。心のどこかでは分かっていたのかもしれない。この時、目の前にいながらにして何も できなかった自分への無力感から、医師という職業を意識し始めるようになった。

 それからというもの、何故か自分は「自己の存在」ということを考え続けるようになっていた。デカルトなどを読んだりもしたが、「思考する自分のみが確実 に存在する」とする考え方は納得できるものの自分には物足りないものであった。そしてある日、シャワーを浴びている時にふと気が付いた。

「人間と言うのは関係性の中に生きており、自己はその中で存在しうるものなのではないか。」

 そこからは芋づる式に考えが広がっていった。自己というものは他者によって存在を認められ、また他者を認めることで存在させると考えたのだ。そうなると その他者との結び付きが強ければ強いほど自己の存在は盤石なものになるのだ。

 そう考えた時、医師という職業が多くの患者との結びつきによって、しかも生命というものを取り扱って関わる時、その存在というのはかなり強固なものにな るのではないだろうかと思った。 「自己満足」という言葉があるが、自分はそれを「他者によってその存在を認めてもらうことで得る自分の存在に対する満 足」であると考えている。

 また、途上国に対して何かをしようと思った時にいくつかの段階があるとも考えた。まずは募金などの国内にいてできる最小限の活動。そしてその募金などを 主体的に行なう活動。さらには実際に現地でその資金を使って行なう活動である。その中で、実際現地に行った時に目の前で病人怪我人がいたとして、自分には 何も出来ないことが嫌だった。そのことも医師を後押しする考え方であった。いずれにせよ、その根底には「途上国のために」という思いがあった。

 さらには遠藤周作という作家にも出会った。高校3年生の現代文の授業で「沈黙」の一節を扱いクラスで議論していた時、ふとこの作品を全部読んでみたく なった。授業のおかげでかなり深い理解を持ったまま読み始めたのですんなりと読み進めることができた。

 そしてそれ以来遠藤周作の作品を読み続けるようになり、「日本人とは何か」「神とは何か」というテーマに興味が湧いてきた。それら作品の中で遠藤周作は 日本人にとって(アジア人もかもしれないが)神というのはキリスト教のような合理的にしっかりと出来上がったものではなく、人々の心の中に存在する多様な ものではないかというようなことを書いている。

 このことは上記したような自己の存在に話がつながるのである。すなわち、自己の存在を認めてくれる他者の中にこの神も含まれているのだ。高校時代、日本 で自殺が多い理由についての話を聞いたことがあり、日本人には「家族」「職場や学校」「地域社会」という3つの柱がその存在を支えてくれていたが、「地域 社会」はほぼ崩壊し、「職場や学校」でいじめや仕事の失敗などで不安定になると残るは「家族」のみとなる。

 ただその時に「家族」すら自分を支えてくれていないと「自分」という存在の置き場所が分からなくなって自殺に走るのだという。しかしながら欧米ではその 他に「神」という大きな柱、おそらくいつまでも見捨てない柱があるのだ。それは自分が信じてさえいればいつまでもそこにいてくれるものである。なんとも全 てがうまく合致していることか。

 これらのような考えによって自分の存在というものがより明確になり、自分の存在というものがかなり強固なものであるという認識ができ、その中で医師として途上国に関われることの利の大きさを意識するようになった。

 無事一浪で医学部に入ることができ、将来は途上国で働くぞと決めていたものの色々と勉強を進めるにつれて視野も広がってきた。最近では公衆衛生という分 野に興味を持ち、保健衛生医療のフィールドで途上国に対して何かを行おうとWHO(世界保健機関)なども将来の候補に入りつつある。

 その将来のため、一度はアフリカ現地での医療活動というものと共に現地生活というものを経験しておきたくウガンダにやってきた。医師になってから行った 方が良いのではないかという意見も数多くいただいたが、医師になって行くということは現地では即戦力であり、現地の生活に慣れようと奮闘したりしている暇 はおそらく無いのだ。

 現にこのNGOでも遠くの地方から来ているスタッフはおそらく自分以上に慣れてはいないのではないかと思わせるところもある。父親に「学生という身分を 最大限に活用するよう」言われたことも一因かもしれないが、とりあえず学生のうちにこういうことは経験しておいたほうがいざ医師になって来てみて「何かが 違う」と悔やんでも時既に遅しとなってしまうと考えた。

 そして実際にここに来てみて、来る前の考え方とは同じではなくなったのだ。今はそれをまだ整理しきれずにおり、これからもっともっと考えを蓄積してから 総括したほうがいいと思っている。むしろこの機会が始まりなのだと考えるようになっている。

 長くなったが、簡単に今までの経緯と今の自分に影響を与えてきたものを少しではあるがご紹介させていただいた。

 伴 正海にメールは mailto:umi0625@yorozubp.com
2008年01月19日(土)
萬晩報主宰 伴 武澄
  キャロル・オフ『チョコレートの真実』(英治出版)を読んだ。チョコレートの原料のカカオ豆の主産地はガーナだとずっと思ってきた。日本に輸入されるカカ オの場合は正解なのだが、70年代からコートジボワールが最大の生産国に変わり、いまでは世界生産の35%を占める。かつてガーナがトップだったころはア フリカが価格支配力を持っていたが、悲しいことに今ではカーギルなど世界の食糧メジャーが支配する。

 カカオだけでない。綿花や砂糖など多くの商品作物の生産は暗い過去を引きずって来た。奴隷制である。アフリカの奴隷が長くその生産を支えてきた。19世 紀に欧米諸国が奴隷制廃止を決めてからも、中国人クーリーなど奴隷制に近い労働実態が続いた。

 戦後、アジア、アフリカ諸国が相次いで独立を達成し、人身売買を含めて奴隷制は地球上から姿を消したものだと思っていた。この本は1990年代にコート ジボワールに復活した奴隷労働を告発する。しかも相手は少年や子どもだった。

 西アフリカの優等生といわれたコートジボワールの1980年代後半からの経済破たんはカカオ豆の暴落から始まった。この国では長くカカオ生産農民に対し て価格変動に合わせて所得補てんをしてきたが、経済破たんで乗り込んできた世銀・IMFは資金協力と引き換えに「構造調整計画」を強要した。補てん制度は 真っ先に廃止の対象となった。

 途上国といえども経済破たんは当該国の責任である。立て直しに必要なのはまず緊縮財政である。無駄は省かなければならない。国民もその節約に堪えなけれ ばならない。それでなくとも十分でない教育や健康の分野はさらに後退を余儀なくされた。

 併せて求められたのが"自由貿易"の名のもとの市場開放である。カカオに依存してきた同国の貿易は輸出金額の大幅の減少が続く一方で、今度は安いアメリ カ産穀物がどっと輸入され、貿易収支はスパイラル状に悪化した。西アフリカの戦乱という要素がこれに加わり、同国は構造調整ところではなくなっている。

 コートジボワールのカカオ生産はもともとマリなど近隣諸国からの移民労働に支えられてきたが、価格低迷で賃金すら支払えなくなり、農場の放棄も始まった。そんな中で復活したのが子どもの人身売買だったというのだ。

 本の中で告発されている監禁や折檻などを伴う奴隷労働の実態が正確なのかは分からない。これまで実態報道を試みた何人ものジャーナリストがコートジボワールで消えていることだけは確かなようだ。

 筆者のキャロル・オフは、アステカ帝国の「神々の食べ物」(学名テオプロマ・カカオ)がスペインによってヨーロッパにもたらされ、チョコレートとして嗜 好品となった歴史を説きおこす。その背景にはスペインによる征服と奴隷労働があったことをあらためて指摘。100年後にその労働形態が復活していることを 告発する。

 奴隷状態で働くマリの少年や子どもたちはチョコレートを見たことも食べたこともない。世界の子どもたちが大好きなチョコレートの原料となるカカオ豆はそ んな子どもたちによって生産されていることをもっと知るべきだと強調している。どこかの新聞の書評で成毛誠氏が書いていた。「カカオの学名を変えるべきか もしれない。『悪魔の食べ物』こどがチョコレートにふさわしい」と。

 この本を読み終えた夜、テレビで「ホテル・ルワンダ」を放映していた。民族対立の悲劇をテーマにした映画であるが、政情不安定は何から始まるか分からな い。ケニヤでも昨年末から民族対立による暴動が頻発している。今アフリカで何が起きているのか。日本人はもっと関心を持たなくてはならない。
2007年03月12日(月)
Nakano Associates シンクタンカー 中野 有
  外交、安全保障の分析は、現状分析に終始したものがほとんどである。しかし、国際社会が期待しているのは、現状分析のみならず、歴史の潮流を掴み現状を分 析し、未来に向けた明確な平和のためのビジョンである。膠着した現状を打開し、当事国、地域のみならず、外交交渉に関わるすべての国が恩恵を享受できる新 構想でなければ、国際社会のコンセンサスは得られないと考察される。

 ワシントンにある民主党系のシンクタンク、Center for American Progressで開催された"The history and future of nuclear weapons"というセミナーに出席した。講演者のジョセフ・シリンシオン氏の構想は、イランの核問題に関し現状分析を超えた将来へのシナリオが明確に 示されている意味において、新鮮な視点を感じ取ることができた。この構想からイラン問題への解決に向けたヒントが読み取れるので、セミナーの概要を踏まえ イラン情勢を考察したく思う。

 ブッシュ政権は過去6年間、一貫してイランの核開発に立ち向かってきた。しかし、ブッシュ政権のイランとの直接交渉を回避してきた戦略が、結果的には、 イランの核保有への野心を高揚させているのみならず、イランの核開発を推進させる構図になっている。イランの核疑惑施設への軍事攻撃も現実味を帯びている 状況の中、バグダッドで米国がイラン、シリアと同席し、国連常任理事国、EUの参加のもとでイラク国際会議が開催された。作業部会も行なわれることになり 建設的な会議だったとの報道がなされている。

 ブッシュ政権の最近の外交政策は、北朝鮮やイランへの対話路線に変化している。その背景には、チェイニー副大統領の側近のスキャンダルなどでチェイニー 副大統領の求心力が低下したこと、それに伴いライス国務長官の実利的な関与政策と、それを支えるゲーツ国防長官の柔軟な軍事政策が勢力を高めてきたとの観 測がなされている。

 ブッシュ政権の支持率は30%、そして残す任期20ヶ月で、どのような有効な米国の外交政策の選択肢があるのであろうか。イランの核問題に関する米国の 外交政策として、次の5つのシナリオが考えられる。現状維持、軍事関与なしで政権を変える、イランの核施設への軍事攻撃、大局的交渉(grand bargain)、封じ込め建設的関与戦略(contain and engagement strategy)である。

 この5つのいずれの選択肢でも、イランの核への野心を挫くことができる保証はないが、最も説得力があるのは封じ込め建設的関与戦略であると考えられる

 第一、現状維持 ベトナム戦争や現在のイラク戦争の教訓から、米国が分断された状況の 中での現状維持政策は、不安定要因を増し、好まざる結果を招くと考えられる。ブッシュ政権は、イランへの直接交渉を回避し、国連安保理を通じた交渉に委ね てきた。この政策では、イランの核開発と核開発の断念との費用対効果を転換させることは期待できない。

 第二、体制変換 イランの反体制派や改革主義者に協力し、イラン内部への干渉を強化す ることで保守強硬派の勢力を緩和させる。イランは急激な人口増加により、若年層の割合が高く、民主主義や実利主義への潜在性は高い。しかし、仮に強硬派、 実利主義派、改革派の対立の中、現体制の変換が達成されても、イランが核兵器の野心を放棄する保証はない。加えて、米国の干渉は、裏目に出て反米勢力が増 す可能性もある。

 第三、イランの核施設への攻撃 ペルシャ湾に配置された空母からの軍事攻撃が仮に成功 しても、その影響並びにその後の対策は未知数である。イラン空軍の攻撃を受けることはないが、イラクにおいイランが支援するシーア派の地上軍による米軍へ の攻撃、イランの国際テロ組織を通じた報復が予測される。イランの核施設が破壊されても、イランのエンジニアが持つ専門技術は継承される。軍事的攻撃が逆 効果となり、イランの核開発を加速される可能性もある。ホルムズ海峡の封鎖などで、石油価格が一時的に100ドルを越えることも考えられ世界経済に与える 影響は深刻である。

 第四、大局的交渉(grand bargain) 大局的交渉は、New American Foundation(ワシントンのリベラルなシンクタンク)のフュリン・レベット氏により提唱されている。核問題に関する外交的解決のためには、ワシン トンとテヘランの効果的な和解を前提とする米国・イラン関係の再構築が重要である。具体的には、米国によるイランへの安全保障の保証を前提にイランが核開 発を放棄するとの交渉である。
 
 米国のイランへの経済制裁の解除、イランとの外交樹立、イランの世界貿易機構への加盟、海外投資の振興などが必要となる。イランは、核開発の放棄のみな らずテロ組織への支援を辞め、人権問題などを解決する必要がある。現在、ブッシュ大統領とアフマディネジャド大統領が、このような極端なイメージチェンジ を行なうとは考えられない。

 政治的意志が働き大局的交渉戦略が実現されるまでには、相当な時間が必要である。1972年にニクソン大統領とキッシンジャー国務長官が、中国と秘密裏 に技術移転や核不拡散を含む交渉を行なった。交渉は成功したように見えるが、1992年まで中国は核不拡散条約(NPT)に加盟しなかったことからも大局 的交渉のマイナス面はある。

 第五、封じ込め建設的関与戦略(contain and engage) 膠着状態を 打開するためには、強制だけではだめで、また刺激策だけではイランの行動に決定的な影響を及ぼすことはできない。大局的交渉と比較し、封じ込め建設的関与 政策は、国際社会との協調による効果的な封じ込め政策と、経済、政治、安全保障の刺激策としての建設的関与を交錯させた交渉を進めることにある。

 イランの核問題の交渉において、4つの方法がある。
 1. イランの核開発を永久に中止させる。
 2. 厳密な監視の下で、イラン国内の一部の核濃縮を認める。
 3. イランが参加する多国間の核濃縮施設を作る。
 4. 国際的監視の下でイランへ核燃料を供給する。

 特に、IAEAの管轄で、核燃料の貯蔵銀行を作る。核燃料の平和利用は、二酸化炭素排出量を制御する意味で地球環境にプラスに作用するエネルギーであ る。厳格な国際的監視の下で核燃料の効果的な使用により、石油、天然ガスの化石燃料の依存度を低下させることが可能となる。世界第二の資産家であるウォー レン・バフェット氏は、核燃料の貯蔵銀行の構築に約50億円の寄付を行なった。米国は、この分野への支援を拡大する予定である。

 イランは石油精製施設の老朽化もあり、国内使用のガソリンの30%を輸入している。イランの石油輸出が減少傾向にあり、2015年にはゼロになるとの予測もある。その意味でも、交渉の切り札として、国際監視の下での核燃料の供給は効果的だと考えられる。

 封じ込め建設的関与政策を成功させるためには、EU,ロシア、中国並びに国際社会のWin-Winの妥協点を見出すと同時に、イランが納得する和解への 具体的なシナリオが必要となる。イランの核問題を外交的交渉で成功させることにより、核のドミノ現象を回避できると同時に新たなエネルギーの安全保障を構 築することが可能となる。イランへの核疑惑施設への攻撃を回避するためにも封じ込め建設的関与政策の実践が期待される。

 中野さんにメール nakanoassociate@yahoo.co.jp

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